第582話 港湾都市と奢り
久しぶりなこともあって、カピタンとは冒険者組合の中で随分話し込んでしまった。
そういえば、と思いだした俺はカピタンに言う。
「……随分時間をとってしまって今更だけど、報告をした方がいいよな?」
「あぁ……まぁ。冒険者組合はいつでも開いてるからいつしたっていいんだが、やっぱりあまり遅くなると目利きも少なくなるからな。早めにした方が確かにいいだろう。とりあえず、行ってくる。しばらく待っていてくれ……あぁ、そうだ。酒場で飲んでてくれても良いぞ? 今夜、雇ってる船乗りと一緒に飲む予定でな。紹介がてらお前も来てくれるとありがたい。場所は……」
そう言ってきたので、俺が、
「ならニーズたちも紹介した方がいいよな……呼んできても良いか?」
そう言うと、カピタンは確かに、と頷いて、
「じゃあ、酒場で待ち合わせってことで良いか。そのニーズ達と……あとディエゴって呪物屋も良ければ誘ってくれ。弟子が世話になったんだ。酒くらい奢らないとな」
「分かった……じゃあ、また後で」
そして、俺は冒険者組合を出る。
外に出るとすっかり日は落ちて、暗くなっていた。
ただ、マルトよりもずっと多く街灯の光があるし、家屋の窓からも光が漏れ出ていて、街自体の活気がなくなったようには感じられない。
実際、人通りもそれほど少なくなっている、という感じではない。
歩いている人の性質は昼間とは大分変わっていて、料理の材料や日用品などを探し求めるご婦人方、というよりは依頼から帰ってきた冒険者や夜の街に繰り出そうとする仕事終わりの男達、それにそんな彼らを相手に商売をする者たち、という構成だ。
若干、柄は悪くなっているだろうから若い娘に出歩くのを勧められるような時間帯ではないが、ニーズたちにしろディエゴにしろそういうわけではないので全く問題はないだろう。 むしろ人に絡むタイプの人間だからな……というとディエゴに失礼か。
「……ディエゴ、それにニーズたちも……いるか?」
ディエゴの店に戻ってきて、店先からそう声をかけると、不思議そうな顔をしたディエゴがさっそく顔を出した。
「……ん? レントか。来るのは明日だって話じゃなかったか?」
「その予定だったんだが……」
そしてカピタンに無事に会うことが出来、色々話した結果と、それからこれから酒はどうかという話をした。
するとディエゴは、
「ほう、ただ酒が飲めるというのなら否やはないな。ニーズたちも同様だろう。ちょっと待て。今呼んでくる……」
そう言って店の奥、居住スペースに入っていく。
声をかけておきながら、病み上がりというか、内臓にまでダメージを負っていたニーズに酒なんて大丈夫なのかな、と思わないでもなかったが、見る限り彼の傷はほぼ完治していたし問題ないだろう。
もし何かあったら、それこそ聖気をありったけ使って治してやってもいいしな……。
幸い、今日はもう依頼に出ると言うこともないわけだし、全部使ってしまっても問題ない。
ぐっすりと睡眠をとることは難しいこの体だが、通常の人間が夜眠って朝起きる、くらいに時間をとれば聖気は普通に全快するのだから。
「来たぞ」
ディエゴがそう言って改めて顔を出すと、その背後から三人の冒険者……ニーズ達が着いてきていた。
「レントの旦那! 酒を奢ってくれるって本当ですかい!?」
調子よさそうにそう言ったのは小柄で小太りな体型の男、ルカスだ。
俺は彼に言う。
「厳密に言うと、俺の師匠が奢ってくれるって話だ。だが、ただ酒を飲むだけじゃない。明日から……になるかどうかはまだはっきりしてないが、お前達には迷宮で働いてもらうことになる。《海神の娘達の迷宮》だ。そこに行くためには船が必要だが、俺の師匠が船と船乗りを雇っていてな。そこに同乗させてもらう形になるから、その船乗りとの顔合わせも兼ねてる。あんまり失礼なことがないように気をつけてくれ」
実際、飲み過ぎてあまりにも失礼なことをして、へそを曲げられて契約解除、なんてことになったらカピタンにも申し訳が立たない。
そうなったらそれこそ俺が空を飛んでカピタンを背中に背負って毎日送り迎えするくらいのことをしなければならなくなるだろう。
だからこその少し厳しめな注意だった。
これにルカスは、
「も、もちろんでさぁ! そんな……失礼なことなんて……なぁ?」
自分の仲間二人を振り返りつつ、そう言った。
これに長身の男、ガヘッドが、
「レント殿に襲いかかった俺たちが言えたことではないと思うが……。レント殿にニーズとルカスが何かやらかしそうなら俺が止めることをお約束する」
と言ってきたので、
「出来るのか?」
と俺は尋ねる。
別にこれはガヘッドの言葉を信用していないから、というわけではなく、見る限りニーズたち三人の冒険者としての実力は大体同じくらいで、ニーズとルカスが暴れ出したらガヘッド一人では厳しいのではないか、と思っての言葉だった。
この疑問について答えたのは意外にもニーズだった。
「……レントさんよ。あんたはどうだか分からねぇが、俺やルカス程度の人間が泥酔するほど酒飲んだらそれこそまともに動けねぇよ。ガヘッドはいけない口じゃねぇが、酒の席じゃ俺とルカスを見るためにいつもほろ酔いくらいで抑えてくれる。その状況じゃ、俺とルカスはすぐに組み敷かれて終わりさ」
これにはなるほど、と思った俺だった。
俺もどちらかと言えば酒の席では泥酔するほど飲まずに、なんとなく全体を見て、何か揉め事の気配を感じたら止めるために動こうとするタイプだからガヘッドの感覚は理解できる。
よく一緒に飲むロレーヌも極めて酒には強いので、何かあれば同様に動くタイプだ。
マルトの酒場だと、泥酔して暴れ出すような者は大抵が銅級下位か鉄級冒険者であるので、俺でも対応できる。
それ以上になってくると力尽くで、というのは難しいけれど、どんな人間でも弱みというものはあるものだ。
加えて、人前で酷く泥酔して失態を見せるようなタイプには絶対にそういうものがあるので、まぁ、うまく説得して鎮めたりすることもあった。
ニーズ達にはそういうことは必要なさそうなので、良かったと思う。
俺はガヘッドに、
「そういうことなら、よろしく頼むぞ」
そう言うと、その言葉に何かを感じ取ったのか、ガヘッドは背筋を伸ばして、
「……承った」
と、非常に重要な役割を押しつけられたかのような悲壮な表情で頷いたのだった。