第580話 港湾都市と異変
「……しかし鍛えるのは良いが、俺もやらなきゃならないことがあるからな。少し待ってもらうことになるかもしれんぞ」
カピタンがそう言ってきたので、俺は頷く。
「ガルブから聞いてるよ。海霊草を探してるんだろう? 場所は、《海神の娘達の迷宮》だって話だな」
するとカピタンは驚いて、
「ガルブから聞いてるってのは分かるが、よく探してる場所まで分かるな?」
そう言った。
カピタンはそこまではガルブには話していないのだろう。
初めにルカリス冒険者組合で聞いた話によれば、通常であれば魚人に頼むのが正道、ということだったので、ガルブとしてもそちらを念頭に置いてカピタンに頼んでいたのかもしれない。
魚人に頼む、という場合でもそう簡単ではないという話だったが、カピタンやガルブにはそういった伝手があるということかな。
「冒険者組合に聞いたらすぐだったよ。カピタンは中々、冒険者としても好評らしいし、すぐに分かった。それに《海神の娘達の迷宮》は比較的有名な迷宮だからな。主要産物はなんとなくだが知ってた。まぁ、それでも俺は今日ここに来たばかりだし、それ以上の大した話は持ってないけどさ。まずはカピタンに聞いてからにした方が金の節約にもなるしな」
「……やっぱりお前はしっかり冒険者としてやってきたんだな。なんだか頼もしいぞ。俺は《海神の娘達の迷宮》で海霊草がとれる可能性があるって話を集めるだけで数日かかったってのに……」
これはカピタンに能力がないというわけではなく、そもそもカピタンの本業では無いからだろう。
俺は普段から世間話がてら、色々なところの情報をちょろちょろと仕入れている。
その中には一体いつ使えるのか分からないものも沢山あるが、こういうときにふっと思い出して役に立ったりするから馬鹿には出来ない。
カピタンも冒険者一筋でやっていれば海霊草の入手方法について、主要なものはすぐに調べがつけられただろうが、彼の本業はハトハラーの狩人だからな。
こればかりは仕方が無い。
「こういうのは、慣れだからな。森を歩くのだって、コツを知っていてもある程度の期間、実際に毎日やってみないと中々身につかないものだろ?」
「確かにな……年季の差か。こればっかりは仕方ないな。こうして外で活動することはそれほど多くない」
「それでも銅級にはなっているんだから俺からすればそもそもの才能の差を感じて仕方が無いんだが……」
「銅級にも幅があるだろう。それに、冒険者組合の試験の性格の悪さには俺も手を焼いたぞ。しかも、ほとんど力押しで乗り切っただけだ……お前は違うだろう?」
カピタンも銅級冒険者としての証を持っているわけだから、銅級昇格試験を受けているわけだ。
だからどんなものかも知っている。
毎回内容は違うが、概ね共通するのは冒険者組合の性格の悪さで、それをカピタンも味わったということだろう。
ただ、あれはあくまで銅級になれる実力を試しているに過ぎないので、実力が飛び抜けたものは力押しでなんとか出来る場合もある。
カピタンは《気》の達人であり、戦闘能力は通常の銅級試験受験者を遙かに上回っていただろうからそのようなことが出来たということだ。
しかし、当然俺にはそんなことは出来なかったわけで……。
俺は答える。
「あれを力押しで突っ切れるのはよっぽどの人間だけだよ……俺には無理さ」
「正攻法で挑む方がよっぽどのように思えるが……まぁ、向き不向きということか。ただ、銀級試験も今のお前なら問題なくなんとかなりそうだが……」
カピタンはそういうが、過大評価というものだろう。
俺は言う。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、正直まだまだ力不足を感じてるからさ。期日までに鍛えられるところは鍛えておきたい。特に、《気》についてはまだ修行が途中だっただろ? 今から付け焼き刃で何かを使用するのは却って危険だろうけど、《気》についてはあくまでも今まで積み重ねてきたものをもう少し伸ばす、くらいの感覚でやれるから身になると思ったんだ」
「なるほどな……こうなったら出来る限りさっさと海霊草の方を見つけたいものだが……魚人がいれば良かったんだがな」
そう言う、ということはやはり当初は魚人に頼むつもりだったらしい、ということが分かる。
俺は尋ねる。
「いれば良かったって、いないのか?」
「あぁ。普段……というか、以前来たときはルカリスの街でそれなりに魚人を見かけたんだが、今はさっぱりだ」
俺は初めてルカリスに来たからその辺りの感覚は分からないが、確かに見かける人種は人族の他には獣人が多かった。
魚人も全くいないというわけではなかったが、ごく稀に見かける程度でかなり珍しい、という印象が強い。
「どうしてだ? 急にどこかに移住したとか?」
人族は一所に留まる気質が強いが、それ以外の人種はそうではない気質のものが多い。
逆に人族よりも土地に拘るものもいるが……魚人はどちらかと言えば移り気な性質が強いとみられる種族だ。
ありえない話では無い。
これにカピタンは言う。
「いや、そういうわけじゃない……とも言えないか。ある意味ではそうだな。というのも、そもそも彼らの多くはルカリスに住んでいるわけじゃない。ルカリスの沖合、海の中に街を作って暮らしている。ルカリスには商品の売買とかで来ている場合が多い。まぁ、それでも働きに出て来て街に住んでいた者もそれなりにいたんだが……今は彼らも含めて、大半が海中街の方に行ってしまっているという状況だ」
「……何かあったのか?」
種族毎、大きな移動をするのには何か環境的な理由があるものだ。
この一見平和に見えるルカリスでも、何かが起こっているのかも知れない。
そう思っての質問で、これにカピタンは答える。
「あぁ……お前も《魔王》は知っているだろう?」
「もちろん。世界に四体しかいない、魔物の頂点だろう」
俺が食われた龍に並び、誰も太刀打ちできないような強大な力を持っていると言われる存在である。
ただ不思議なことにここには入っていない強力な魔物というものもいて、定義がよく分からないところもある。
たとえば《吸血鬼の王》と言われる存在は《魔王》ではない。
他にもいくつか、《魔王》と呼ぶべき力を持つだろうに、そうではない存在がいる。
理由についてはロレーヌにも聞いてみたことがあるが、彼女ですら分からないそうだ。
《魔王》というのはかなり古くから使われてきた言葉で、本来的な意味は人族には伝わっていないため、ということだった。
そんな存在である彼らが、一体どうしたというのだろうか。
カピタンは続ける。