第579話 港湾都市と冒険者
ルカリス冒険者組合は、街に到着した後に訪れたときとは大分異なり、多くの冒険者達で賑わっていた。
依頼から今頃帰ってくる冒険者が多い、というのはどこの冒険者組合も同じ、というわけだろう。
当然、全体的な空気感もマルトのそれと似たような雰囲気だが、ただ、冒険者達の格好それ自体はマルトよりも洗練されているというか……都会の人という印象を受ける。
ヤーランの王都ヴィステルヤを訪れたときにも感じた感覚だが、ルカリスの方がより顕著だ。
マルトの人間はそのまま荒くれ者って感じだったが、ルカリスの冒険者は武具の装飾なんかにも気を遣っているというか。
もちろん、機能性を害しない程度のものだが、それでも大分違うものだ。
なんと言っても港町であるし、貿易が盛んな国アリアナなのである。
田舎国家ヤーランとは余計に違うというわけだ。
つまりそんなところにおいては俺はそこそこ浮いている……かもしれないが、それこそ元々のことだ。
仮面にしろローブにしろ、それ単体では大して珍しいものじゃないが、仮面は骸骨を象ったものだし、ローブも見る者が見ればそこそこのものだと分かる。
中身については判然としないだろうが、それでも総じて何かやらかしそうな危ない奴に見える、というのはあるだろう。
だからこそ、夕方になり、依頼が終わって報告にやってきた冒険者たちは、冒険者組合併設の軽食所で受付を凝視しながら、懐からロレーヌの血を取り出してスープにかけて啜っている俺を怪しげな目でちらりと見てくる。
それでも大半は、流れ者か、とか、新しく居着いた奴か、とか新人かな、とかみたいな感じで自分を納得させて適度に無視してくれるが、たまに近づいて話しかけてくる奴もいる。
だが、見た目は非常に怪しいかも知れないが、俺はこれで十年冒険者をやってきたそこそこのベテラン……とまで言うとあれだが、今日昨日始めたみたいなものじゃない。
彼らとの付き合い方も十分に分かっているので、ある程度会話すると見た目はあれだが中身は普通の奴だな、と納得してくれる。
唯一、
「……ん? そいつはなんだ。うまそうに食ってるが、ここらじゃ見ない調味料だな」
などと聞いてくる奴がいたのが少し困ったくらいか。
ルカリスは商業の盛んなアリアナの一都市だけあって、冒険者も新しいものには目がないらしい、というのは先ほどから何人か話した冒険者達の言葉だ。
そういう者たちは、俺が手元に置いているロレーヌの血を何か新しい調味料だと思うらしい。
まぁ、一見すると液状の唐辛子か何かのようだが、それにしては色が深いし、一体何だろうという気持ちになるのはよく分かる。
俺はそんな疑問を持った者たちに口元をにやりと歪ませて言った。
「……こいつは、羊の血だよ……本当は、人間の血が良かったんだが……」
もちろん、ちょっとした冗談のつもりだ。
そしてこういう振る舞いをして引かせれば今後、あんまり関わってこなくて楽かも、という気持ちもあっての考えての行動だった。
空気が読めないわけでは無い。
少しくらい読める。
しかし、現実にはどうも、俺にはルカリスの空気という奴が分かっていなかったらしい、ということを、その台詞を言った後のルカリスの冒険者達の反応で俺は理解した。
きっともの凄く引くだろう、と思っていた彼らは、なんと意外なことに、
「……へぇ、羊の血か。固めてソーセージにした奴は食ったことがあるが、流石に生じゃな。どっか特殊な地域の出か?」
とか、
「人間の……あぁ、もしかして何かの呪いに? それで血を採らないと駄目になったか。気持ちは分かるぜ……いや、それがよ。俺もこないだ迷宮で呪物見つけたんだが、浅層の奴だから大した呪いはかかってねぇだろうって使ってみたら、手に水かきが生えてきたんだよな……ほれ、見てくれ。これでも大分引いてきたんだが、呪物屋の奴に聞いたら後三日くらいはこのまんまだとよ……お互い苦労するな」
とか、妙に理解がある台詞が返ってくるのだ。
呪物がよく流通し、商業も盛んな国の人間はものに対する感覚がマルトのそれとは大分違うようだとそれで理解した。
ただ、俺にとっては結構過ごしやすそうな土地ではある。
大っぴらに血を啜っていても誰も咎めなさそうだしな……。
いや、流石にここまで豪胆なのは冒険者だけかな?
そんな風に意外な文化に驚いていると、冒険者組合の入り口に懐かしい顔が見えたので、目の前の冒険者に、
「……すまない。待ってた人が来たみたいだ」
そう謝って立ち上がる。
冒険者は、
「おう、またな」
と、新参者の俺にかなり友好的に笑って手を振ってくれた。
これを見る限り、ニーズたちのようなタイプは珍しいのだろうか?
いや……。
まぁ、それは後で考えるか。
それよりもまずは……。
「……カピタン」
「あ? ……うぉっ!? れ、レント? お前なんだってルカリスに……」
後ろから話しかけると、カピタンは俺の顔を見ると同時に驚いてそう言った。
彼は《気》の達人であるから俺が背後から近づいてきたことはもちろん気づいていただろうが、流石にその人物が誰か、までは《気》ではっきりと分かるわけではない。
ある程度当たりがついているなら分かるだろうが、流石に今、ここに俺がいるのは予想外だったのだろう。
当然だ。
ルカリスとマルトは、マルトとハトハラーよりも距離が離れているからな。
そうそうやってくるような場所では無い。
ただ、俺たちにはその手段があるから気軽に来られているだけだ。
「色々と理由はあるんだが、カピタンに鍛え直してもらいたくてさ」
「鍛える?」
首を傾げるカピタンに、俺はこれまでの経緯を語った。
全てを聞いたカピタンはなるほど、と頷き、
「しかしお前が銀級か……冒険者稼業が順調そうで、良かった。今のお前を見てるとずっと銅級から上がれないと言ってた頃が懐かしい」
「たまたま、偶然がいくつか重なっただけで、俺の実力ってわけじゃないのがちょっと残念だけどな」
「偶然がいくつ重なろうと、駄目な奴は駄目だ。お前はそこまで積み重ねてきたものがあったから、それを活用してここまで来られたんだ。過信はしてはならないが、自分のしてきたことは正確に評価しろ」
こうやって真正面から評価された経験があまりない俺にとって、不意打ちに近い形でこう言われたことは大分胸に刺さった。
俺はカピタンに言う。
「……そうか、そうだな……ありがとう。カピタン」