第61話 新人冒険者レントと切り札になりうるもの
「そいつは……」
俺の質問に、クロープは難しい顔をして考える。
それから、
「そんなことやった奴なんて、見た事ねぇ。まぁ、世の中には出来るやつもいるのかもしれねぇが、俺は見たことないからな。何が起こるかわからん」
「……やらないほうがいいのか?」
そもそも、全部持ちという存在が珍しいのだ。
その上、その全てを戦闘で活用可能なほど鍛えている者など、どれくらいいるのか。
それに加えて、すべてを一度に武具に込めようとする者などさらに少ないだろう。
なにせ、一つの力の発動ですら結構な集中がいる。
それなのに三つの力を同時に武具に込めようとするなど、やろうとは思わないのかもしれない。
ただ、
「……まりょくと、きをどうじにはつどうさせるぎじゅつは、たしかあっただろう?」
「あぁ、魔気融合術か? あれは相当な修行がいるものらしいからな。滅多に使えるやつはいないって知ってるだろ。まぁ、その武器で使えるかと聞かれれば、おそらくは大丈夫だと思うが……そこに聖気を付加するとどうなるかは……おい、いきなりそれで使うのはやめて、こっちでまずやってみろ」
魔気融合術はそのまま魔力と気を同時に発動させ、剣に注ぎ込んだり体に纏ったりして格段に破壊力や身体能力を上げる技法だ。
少数の達人がその実用を可能としているが、消費が激しいとも制御が難しいとも聞く。
習得の仕方を間違えると爆散する可能性すらあるというのだから手を出すだけで冒険だ。
使える者が少ないのもさもありなん、と言う感じだろう。
ただ、今の俺は……首が吹っ飛んだくらいではおそらく死なないということは分かっている。
体がちぎれてもさしたる問題がないのだ。
ある意味、練習にはもってこいであった。
ちなみに、クロープが俺に差し出したのは、今日まで俺が使って来た魔力と気を耐える剣である。
それに聖気など注いだら壊れるかもしれないだろうにいいのかと思って尋ねるも、
「そんなに高いものじゃないからな。お前からもらった代金を考えれば経費でいいだろう」
と言ってくれた。
そういうわけなので、お言葉に甘えて剣を持ち替え、それから魔力と気をとりあえず注いでみる。
魔気融合術が俺に使えるかどうかの試しだった。
実際にやってみると、これがかなり厳しい。
なんというか、もう中に物が入らない箱の中に、無理やり荷物を詰め込むような感覚だ。
それでいて、箱からはみ出したら相当にまずいことが起こりそうだという感覚がする。
そのまずいこと、とはつまり、体のどこかが爆散するのだろうということは、伝え聞く先人たちの失敗から明らかだ。
とりあえず、さっさと試そうと、クロープが取り換えてくれた木の人形に急いで剣を振るった。
すると、剣が触れた瞬間に、木の人形それ自体が爆散した。
気で内部から破壊したときとは比べ物にならない効果で、俺は唖然とする。
クロープも同様で、
「……失敗したらお前の体がああなるわけだ」
と想像もしたくないことを言って来た。
しかし、間違いではないだろう。
それだけのリスクある力だ、というわけだ。
それに、疲労がひどい。日に何回も使えるような感じではなさそうだ。
さらに、
「これを見て……さらに聖気を付加したりする気か? 本当にやばいんじゃ……」
と不安そうに尋ねてくるが、もうここまで来れば毒を食らわば皿まで、だろう。
仮に失敗しても、死にはしないはずだ。
爆散するかもしれないが、そのときはもうクロープには正体がばれてるのだから、拾い集めてくっつけてもらった上で、聖気でなんとか回復を試みればいい。
可能かどうかは分からないし、そもそもクロープが不死者の俺を見て機嫌よく体を拾い集めてくれるかどうかは謎だけどな。
まぁ、それにただのギャンブル精神という訳でもなく、強力な攻撃が使えると言うのなら一度、安全な場所で試しておきたいというのが本音だ。
俺は、神銀級冒険者になりたい。どうしてもなりたいのだ。
そのためには、実力を果てしなく上げていくことが必要で、その可能性があるのならどんなことにでも挑戦したいと思っている。
たとえ、それに何かしらのリスクがあるのだとしても、だ。
「……まぁ、やるだけやってみるさ。まずそうなら、すぐにやめる……」
問題はやめたいと思ったときにやめられるかどうかだが、それは考えないようにしておこう。
とりあえず、再度、人形を代えてもらい、剣を握る。
あれが最後の一体らしい。
色々破壊して申し訳ないが、必要なことなのであきらめてもらおう。
そもそも、試し切りはオーダーの代金に含まれているとのことだし、十分に活用させてもらっていいはずだ。
剣にはまず、先ほどと同じように魔力と気を込める。
この時点できつい。
もうこれ以上、何かを付加するなんてとてもではないが、出来なさそうに思える。
だが、それでもやるのだ。
俺は聖気を同時に発動させ、そして剣に注ぐ。
徐々に浸透していくのは、感じた。
出来ないことという訳ではなさそうで、少し安心するも、
――ビキッ!
と音を立てて、剣に罅が入った。
小さなものだがこのままだと折れる。
というか、俺が注いだ力が暴走して、俺に逆流し、そして爆散しそうな雰囲気がぷんぷんした。
そのことは、かなり後方から見ているクロープにもよくわかったようで、
「お、おい! 今すぐやめるか切るかどっちかに移れ!」
と叫ばれた。
ここでやめたら何も分からずに終わってしまうだろう。
つまり、俺がとるべき選択肢は、今すぐ切る、だ。
そう思って的に向かい、剣を振り上げ、そして切った。
するりとした手ごたえである。
魔力や気の力で切った時と似ている感触だが……。
何も起こらない?
そう思っていると、的になった木が、突然ぎゅるぎゅるとらせんを描くように縮まっていく。
そして、元の大きさの十分の一ほどになって、ぽとり、と地面に落ちた。
それと同時に俺の持っていた剣の亀裂は刀身全体に葉脈のように広がり、限界に達したらしくぼろぼろと分割して壊れてしまう。
しかし、それによって剣に注いだ力が暴走したりはしなかった。
その力はすべて、木の人形にぶつけられて、発散され切っていたからだ。
その結果として残ったものは……。
拾ってみると、それはただの丸い圧縮された木の塊であった。
物凄く強い力により外部からも内部からも圧力を加えられたように、複雑に圧縮されている。
これが、先ほどの聖気と魔力、気の融合術により起こされた現象だと言うのなら、魔物や人に向けるとどんなことが起こると言うのか。
考えるだけでおそろしい気がした。
クロープも駆け寄ってきて、その丸い木の塊を見て難しい顔だ。
壊れた剣も拾い集めて見ているが、
「……ダメだな、これは。たぶん、今回お前に造った剣でも耐えられはしない。その剣で、今の技は使うな。使って魔気融合術までだ」
「しかし……それがつうようしなかったら?」
結構色々なことをやったような気がするが、今回的にしたのはすべて、木の人形でしかない。
最後のはともかく、魔気融合術で起こった結果までなら、銀級くらいの実力があれば実現することは普通にできてしまうだろう。
つまり、そこまでの力では、それほど強力な切り札にはなりえない。
そう言う意味での質問にクロープは、
「いいたいことは分かるがなぁ……使った直後、お前の剣はこうなるんだぞ?」
そう言って、たった今壊れた剣の残骸を示す。
まぁ、確かにそうだ。
一度使えば戦えなくなる技なのだ。
それを考えると問題だろう。
クロープは続ける。
「まぁ、複数、剣を持っておけば、使い捨て前提でならやれるかもしれんが、それほど高くないとはいえ、せめて魔力と気には耐えられる性能がないと厳しいんじゃないか。そうでなければ、最初の時点で壊れる可能性が高い。そしてそうなると、コストが馬鹿にならんぞ」
「それは……そうだろうな。だが……たとえば、ないふとかでは、むりなのだろうか。なげて、どうにかするとか」
それが出来れば、戦略の幅は広がりそうである。
武器が力に耐えられず、壊れる可能性が高いとしても、体から遠く離してしまえば力が暴走して俺自身が爆散する可能性も低下するだろう。
ただ、それでも使い捨てにはなるだろうが。
なにせ、一回の使用で壊れるのだから。
「どうだろうな……やってみるか?」
しかしクロープは馬鹿にせずに、とりあえず安物のナイフを持ってきてくれ、試させてくれた。
結果として、それは失敗した。
というのも、そもそも剣に気や魔力を流して維持すると言うのは手から放した時点で出来なかったからだ。
当然、聖気など注げるはずがない。
単一の力なら投擲しても敵に命中するまで維持し続けることは出来るが……まぁ、近接戦闘専用の技法だと言うことなのだろう。
結局、この試し切りでわかったことは、魔力と気と聖気を使った場合の、それぞれの武具の強化の性質。
それに、魔力と気と聖気の合一による武具の強化は、危険な上に高価な武具を犠牲にしなければ出来ないということ。
魔気融合術は消耗が激しく、日に何度も使えるような技法ではないということ。
そんなところだった。
実りは多かったような気がするが、強力な技法には大きなデメリットも同時について回るのだなと、世の中の簡単でないことを改めて知らされたような気分だ。
まぁ、そうはいっても、切り札を得られたともいえるので、悪くはなかったのだが。
ただ、余程の強敵やピンチが来ない限りは使うことはないだろう。
魔気融合術については、今日はかなり使うのが厳しかったが、あれは慣れの問題もあるような気がしたので、それを前提とすると、いずれ常用できる日も来るかもしれないから、こつこつ練習しようと思った。
それに聖気を加えた技法は……練習するたびに武器を破壊していたのではどうにもならないからな。
一応、クロープが言うには、神銀や魔鉄などの高価な金属を湯水のように使って剣を作っていいのなら、耐えられるものも作れるかもしれない、という話は聞かされたが、そんな金などどこにあるというのか。
とりあえずは、ひたすらに上を目指して、稼いでいくしかなさそうだな。
改めて、色々な現実を突きつけられた、俺だった。