第573話 冒険者ニーズ(前)
そもそものケチのつきはじめは、あれだ。
「……ニーズ。さっき変わった奴を見たぜ」
冒険者組合で楽に儲けられる簡単な依頼が出てないか依頼掲示板を見ているときにかけられたその一言だったような気がする。
俺は冒険者だが、銅級になってからさっぱり実力の上がらない雑魚に過ぎない。
訓練し続ければ違ったのかもしれないが、俺よりも年下の連中が簡単に追い抜いていくのを何度も見てきて、いつの頃からか完全にやる気を失ってしまった。
結局、冒険者なんてのは才能がある奴だけがやれる商売で、俺みたいなのはつまらない依頼をやって日銭を稼ぐしか生きる方法はない。
だが、それでもそれなりに真面目にやってきたつもりはある。
依頼を受ければちゃんと責任を持って片付けたし、失敗したときはしたときでしっかりと報告もして、依頼主に謝罪したりもしてきた。
だから中途半端に生きてる俺みたいなのでも、一応、冒険者組合は存在を許してくれているのだと思う。
……いや。
本当はどうでもいい奴だから放置していると言うことは分かっている。
俺が依頼票を持って行っても受付は目も態度も冷たい。
その目が何を言いたいのかはもう二、三年前から分かってる。
早く辞めろと、そういうことだろう。
大して依頼達成率も高くなく、腕っ節もしょぼい俺みたいなのは冒険者組合も要らない。
分かってるんだ……。
出来ることなら、本当に辞めて、故郷にでも帰りたいと思ったりすることもある。
だが、それすらも出来ない。
なぜって、そのためにはまとまった金が必要だが、それすらもないのだ。
貯めようにもその日に得た金は家賃と食費でほとんど消える。
どうすりゃいいんだと頭を抱える毎日だ。
だが、そんな俺にも友人くらいはいる。
俺と同じような立場の二人だ。
俺よりも少しばかり冒険者歴は短いが、この街で真に同僚と呼べるのはこの二人だけの気がする。
ガヘッドに、ルカス。
ガヘッドの方は細長い体型をしているからか、いつもふらふらしているように見えるが、その実、熱い男で、俺が冒険者を辞めたいと言うと、まだまだ頑張れば未来はあると語ってくれる良い奴だ。
ルカスは逆にチビでふとっちょだが、勇気があって、必要とあらばどんな危険にも飛び込んでいける男だ。
ただ、そんな二人も冒険者としての腕は俺と同じくらいで、たまにパーティーでないと受けられない仕事があるときは、三人で組んだりすることもある。
そんな関係だ。
今日話しかけてきたのはルカスの方だったが、すぐにガヘッドも近づいてきて、話に加わる。
「変わった奴? どんなだよ」
俺がそう尋ねると、ルカスは言う。
「山羊人から、見たこともない草を金貨三枚で買ってた。あれはだまされてるぜ」
「なんだ、お前でも見たことがないのか? それじゃあな……」
これでルカスはそれなりに薬草にも詳しい。
薬草の中にはときにとんでもない値段をするものがあるので、そういうものなら金貨三枚でもおかしくはないかもしれないが、ルカスが知らないのではただの雑草をだまされて買ったのだろう。
「しかし、そんなものに金貨三枚も出せるって事は……よほどの金持ちか? 羨ましい限りだが……」
ガヘッドがそんなことを言ったので、俺は鼻で笑い、
「俺たちには金貨なんて縁がねぇもんな」
そう言うと、
「ちげぇねぇ」
とガヘッドも笑った。
くだらない話だが、ここで雑談をしているときが一番心が安らぐ。
「じゃあ、そろそろ俺は依頼に出るぜ」
「あぁ……いや、ちょっと待て。あいつは……」
そこでルカスが、ふと、たった今冒険者組合に入ってきた男を見た。
男なのかどうか、見た目では分からない変わった格好をしている人物だったが、歩き方からして男だと思う。
それに、受付に話しかけた声を聞いてもやはり、男のものだった。
「あいつがどうした?」
視線を向けつつルカスに尋ねれば、ルカスは言う。
「さっき言った奴が、あいつだよ」
「あぁ、金貨三枚のか……そんなに金持ってるようには見えねぇがな」
真っ黒いローブに、仮面。
そんな風貌の男で、ローブもさほど高価なものには見えない。
仮面にしても趣味が悪いから安物だろう。
つまり、金は持ってない。
「いや……でもよ。あ、あいつ銅級なのか……? それで金貨三枚も」
男が出した冒険者証をめざとく見つけて、ルカスはそう言った。
銅級。
つまり俺たちと同じくらいだ。
それなのに、懐具合は全く違う、というところで少しいらついた。
さらに、ぼんやり見つめていると、組合職員と話が盛り上がっているようだった。
俺たちには決して向けない好意的な視線を受けている男にさらに何か嫌な気持ちが浮かぶ。 なんなんだ……。
それからしばらくして男は冒険者組合を後にしたが、俺は依頼票をとらずに、そのまま冒険者組合入り口に向かった。
「あ、おい。ニーズ。お前依頼は?」
ガヘッドがそう尋ねてきたが、
「今日は受けない」
そう答えるとピンときたようで、俺に言った。
「……まさか、さっきの男を追いかけるのか?」
「あぁ」
「何のために……?」
「……金貨三枚を簡単に出せるんだ。俺に少し恵んでくれても良いだろう」
「そういうことか……なら、俺も行くぜ。二人がかりならすぐに出すだろ。いや……ルカス、お前も来いよ。三人ならもっと余裕だぜ」
こう言ったガヘッドだが、多分俺を止めるつもりでいるんだろうということは分かっていた。
歩きながらやんわりとだ。
前も馬鹿なことをやろうとしていた俺をそうやって止めてくれた。
ルカスもそれが分かってか頷いて、
「……仕方ねぇな。分かったよ」
そう言ったので、俺たちは三人で冒険者組合を出ることになった。
そして仮面の男を見つけ、追跡を始めた。
道すがら、案の定、ガヘッドとルカスは俺を止めようとしてきた。
俺も歩く内、頭が冷静になってきた。
何をいらついて、やけになってくだらないことをやろうとしているんだという気持ちが強くなって……もう止めようかという気になったのだが、帰ろうと足を後ろに向けかけたところで、仮面の男が不自然に足を止め、
「……この辺りで良いか。ほら、そろそろ出てこい。わざわざこんなジメジメしたところに来てやったんだからな」
そう、話しかけてきた。
明らかに、俺たちに向かって言っている。
こうなると、もう、引っ込みがつかなかった。
俺たちは影から出て、男と相対する。