第571話 港湾都市と息
「ってことは……ディエゴは鑑定神の神官なのか?」
俺が尋ねると、ディエゴは、
「そんな大層なもんじゃない……というか、半ば破門された身だ。さっきも言ったが、俺は呪物の鑑定をよくするからな……」
言われて、鑑定神に仕える神官達の呪物に対する態度を思い出す。
「あぁ……鑑定神に仕える神官達は、皆、呪物に対しては厳しいんだったな。でもディエゴはそれの鑑定をよくすると……」
「そういうことだ。神殿にいたときからずっとそうだったから、最後には追い出されてしまった。まぁ、鑑定についてはよく学んだからな。呪物だろうがなんだろうが、ものに罪はない」
鑑定については誰だってやっていることで、それこそ冒険者組合にも鑑定士はいるし、商人にだって当然いる。
ただ、この世で最も鑑定に長けているのは鑑定神に仕える神官達だと言われ、彼らの鑑定技術を多くの者が学びに鑑定神の神殿を訪ねる。
ディエゴもその口だった、というわけだ。
ただし、学ぶためには鑑定神に仕える神職になる必要があり、そうでなければ技術は教えてもらえない。
ある意味当然の話ではあり、ディエゴもそうしたようだが、呪物の鑑定を頻繁にしてしまったが故に破門されてしまったと……。
どんなものでも鑑定してくれる、というのなら俺のような冒険者にとってはありがたいことこの上ないのだが、鑑定神に仕える神官達からすればまた別の感覚があるのだろう。
「それで良かったのか?」
鑑定を学ぶために神職にまでなったのだ。
ずっとそれを続けていたかったのでは無いか、と思っての質問だったがこれにディエゴは首を縦に振った。
「別に構わんさ。元々、このルカリスで雑貨屋をやるために身につけたかった技術だ。ある程度身についたら帰ってくるつもりだった。思った以上に楽しくて、向こうに長居してしまったが……ちょうど良かったのさ」
「どうしてそんなにこの街に拘るんだ?」
鑑定神の神官になったほどの鑑定士である。
もっと大きな街や店に行っても引っ張りだこのはずで、こんな小さな店を道楽でやる必要は無いような気がする。
まぁ、父の跡を継いだ、というのがあるから、理由があるとしたらそこだろうが。
ディエゴはやはり、言う。
「親父の住んだ街だからな……それに」
「それに?」
俺が首を傾げると、何かを答えかけたディエゴだが、最後には首を横に振り、
「……いや」
と口を噤んだ。
何か話し出すかと思って少し待ったが、その先はないらしい。
それから、ディエゴは不自然に話を変えて、
「そういえば、レント。お前……こいつらを鍛え直すって話だが、どうするつもりだ?」
そう言った。
勿論、ソファで気絶している三人の冒険者を見ながらの言葉だ。
俺はディエゴに言う。
「あぁ……とりあえず、起きたら少し事情を聞いて……」
「それから?」
「それから、俺の仕事を少し手伝ってもらう。そのついでに他のことも教える、ってつもりだ」
「お前の仕事?」
「あぁ。海霊草って知ってるか?」
俺が唐突に出した単語に、ディエゴは少し考えるが流石に雑貨屋をやっている上に鑑定士だけあって、植物にも詳しいようだ。
「深海に生えてる薬草の一種だろ? あれは確か……魚人がたまに採ってくるが、ルカリスでもせいぜい数年に一度くらいしか見ないな。あぁ……そういえば、《海神の娘達の迷宮》でもたまにとれるって話だが……」
「よく知ってるな」
「お前、俺をなんだと思ってる? 修行を積んだ鑑定士様だぞ」
「自分で様をつけてたら世話がない気がするが、確かにな」
「で、その海霊草がどうした?」
「あぁ……ちょっと知り合いに頼まれて、数を揃えなきゃならないんだ。でもさっきディエゴが言ったとおり普通に流通しているものじゃないし、となると自分で取りに行くしかないだろ?」
「それでお前が、か……」
「本当は知り合いがすでに探してるんだけど、時間がかかってるみたいでな……探す手は多い方がいいだろう?」
「その手伝いにあいつらを? 使い物になるのか?」
訝しげに気絶している冒険者たちを見る。
まぁ、ディエゴの気持ちは分かる。
いきなり薬草探しを手伝え、と言ってもそう簡単なことじゃないからな。
だが、一種類だけなら事前に叩き込めばなんとかなるだろう。
一番最後の確認だけ俺がしっかりやれば間違えることもないしな。
「問題ない……とまでは言えないかも知れないが、少しくらいは役に立つだろうさ」
「まぁ、邪魔になるほどの戦闘能力もなかったしな。しかし、そういうことならお前《海神の娘達の迷宮》に潜るつもりか?」
「あぁ、そういうことになるな。海の底にあるんだろう? 楽しみなんだが……具体的にどうやっていくのか知らなくてさ。知ってるか?」
大体の概要くらいはマルトにいても情報が入ってくるが、詳しい攻略方法となると大抵現地に入らないと入ってこない。
それが迷宮というものだ。
これはマルトが田舎だから、というよりも、そういう情報は万金に値するのでそうそう外部には流さないからだな。
金を払えば手に入れることは出来るだろうが、マルトを拠点にしているのにわざわざ他国の一都市にある迷宮の情報を得るために金を払おう、なんて気が向くことはなかったというだけだ。
ただ、今回は潜る必要があるから、カピタンと合流して情報を聞いて、それでも何か情報に不足を感じたら改めて金で買うことも含めて検討しようと思っている。
カピタンと合流してから、なのはカピタンに尋ねれば分かることなのにわざわざ金を払って買った情報と被って無駄金を使った、なんてことにならないためだ。
迅速性を重視するときはそういうのも気にしないが、夕方まで待ってれば分かることなのでそこまで急いでいない。
どうせ船が出ていなければ行けないという話だったし、俺が《海神の娘達の迷宮》に潜るのは明日以降になることは確定しているのだからこの方向で問題ない。
俺の質問にディエゴは言う。
「まぁ……《海神の娘達の迷宮》には、基本的に船で行く。そこから海に潜って、入り口まで進んで、中に入る。シンプルだな」
「……シンプルすぎないか? 息は?」
「もちろん、海中だから出来ない」
……いやいやいや。
死ねというのか。
そう言いたげな俺の顔を察したらしいディエゴが吹き出して言った。
「流石に息をするなとは言わないぞ。ちゃんと方法があるから安心しろ」