第568話 港湾都市と師の動き
「……そうだが、知っているのか?」
俺が職員に尋ねると、職員は深く頷いて答えた。
「勿論ですよ! カピタンさんはこの街に住んでいる人じゃないですけど、定期的にどこからかやってきては塩漬けになった依頼を一通り片付けていってくれますからね。それに難しい依頼なんかも避けずに挑戦してくれますし……最近、あの人がいてくれるお陰で依頼の消化率もいいんですよ」
その様子は非常に嬉しそうで、俺も少し鼻が高くなる。
やっぱり師匠が褒められていると嬉しいからな……。
「そうなのか……最近消化率がいいってことは、やっぱり今も依頼に出ているところなのか?」
カピタンがこのルカリスに来た目的はガルブから海霊草を採取してくるように頼まれたからで、それだけをこなしているという可能性もあった。
しかし、職員の話を聞く限りどうもそうではないようだ。
「はい。今回もやっぱり塩漬け依頼を優先的にいくつか取って行かれましたよ。ただ、行く場所が決まっているみたいで全部同じ場所のものでしたが……」
つまり、海霊草が採取できる場所の依頼を受けられるだけ受けたということだろう。
それ以外のところに行くつもりはないようだな。
まぁガルブも早く欲しがっていたし、そうなるのは理解できる。
「ちなみにだが、それはどこだ?」
ガルブからカピタンがどこで海霊草を探しているかは聞いているので大体想像はついているが、一応確認しておく。
これに職員は言った。
「……《海神の娘達の迷宮》ですね。今日の朝には行かれましたから、夕方過ぎまで戻られないと思います」
《海神の娘達の迷宮》、それはこのルカリスの近くに存在する迷宮の一つだ。
ガルブに聞いたとおりだな……。
当然、その場所は分かるのでそれについてはいいのだが……問題がある。
俺は職員に尋ねる。
「……確か、そこってあれだよな……海の底にあるんじゃなかったっけ?」
「おや、外の人なのによくご存じですね? その通りです。ルカリス沖の海の底に入り口がありまして、そこに向かう船は毎日朝と夕方に一度ずつしか出ないんですよ。しかも、海が荒れていたら迷宮から出ることも出来ないので……。夕方過ぎまで戻らない、とはそういう意味です」
やっぱりか。
迷宮という存在は本当に様々なところにあるものだが、《海神の娘達の迷宮》はその中でも比較的、入ることが難しいものの一つだ。
比較的、というともっと上があるのかという話だが、実際ある。
火山の火口に出入り口が確認されている迷宮も存在しているからな。
そんなところ誰がどうやって入るんだ、と突っ込みを入れたくなるところだが、人間の業と言うべきか。
入る手段もある程度確立されているらしいし、また入る人間もそれなりにいるというのだから驚きだ。
もちろん、俺はそこには行ったことがないが……神銀級を目指すならいずれは行っておくべきだろうか。
強くはなりたいし、そのためになら何だってやる覚悟ではあるが、流石に遠慮したいと思うのは仕方が無いのではないだろうか……。
ともあれ、迷宮とはそういうものなので、《海神の娘達の迷宮》はまだマシな方だ。
それでも、その中に存在しているアイテムの類が手に入りにくいのは言うまでもない。
海霊草も、そこにあるという。
本来生えている場所は海の底なのだが、かなり深い場所らしく、おいそれと人間が取りに行けるようなところではない。
方法としては、亜人の一種である魚人に頼むくらいしかないのだが、その魚人でも限られた者しか行けないような深さにあるらしく、これも中々に難しい。
そのため、迷宮に潜る、という選択肢をとることになる。
迷宮というのは面白いもので、全ての迷宮から同じものが産出するわけではない。
マルトに存在する迷宮にはそこに固有のアイテムが存在するし、他の場所も同様だ。
《海神の娘達の迷宮》は海中に存在する迷宮であるが故に、海に由来する品が多く出るという。
海霊草も同様だという話だ。
だからカピタンはそこに潜っている……。
しかし夕方か。
「……夕方過ぎに港に行けばカピタンには会えるかな?」
職員に尋ねてみると、
「そうですね。すれ違いにならなければ……でも、カピタンさんは毎日、依頼の品を納品されますので、その時間帯にここにいらした方が確実ですよ。ええと……」
それから俺の顔を見たので、
「レントだ」
「……レントさんが訪ねていらしたことはお伝えしておきますので、少しの間でしたら待っていただけるでしょうし」
「そうか。そうしてもらえると助かる。まぁ、それでもすれ違いになってしまったら……ここが俺の泊まっている宿だから、訪ねてもらえるように伝言してもらえるとありがたい」
「承知しました」
これで余程のことがなければカピタンと今日明日中に会えることが確定した。
後は夕方まで何をして過ごすかだが……それこそ街の散策でもしようかな。
そう思って俺は冒険者組合を後にする。
◆◇◆◇◆
冒険者組合を出た後、俺は宿にまっすぐは向かわず、ルカリスの街を色々と歩いた。
冒険者用の店をいくつか周り、薬草や回復水薬などを仕入れ、滞在中の武具の手入れのために鍛冶屋を回り、最後に迷宮などで食べるための保存食や生鮮食品を仕入れていった。
それらが全て終わった後、俺は満足して道を進んでいった。
最初は大通りを歩いていたが、徐々に細く暗い道へと。
しかしこれは決して宿に戻る道ではなく、むしろ正反対の方向へ向かう道だった。
本当ならまっすぐ宿に戻って、夕方まで調薬でもしていたかったのだが、背後にこれだけの気配を感じてはそういうわけにはいかないだろう。
そう、俺は自分の後ろにずっと気配を感じていた。
さほど近くにはいなかったので、振り返っても誰もいなかったが、明らかに視線がこちらに向けられていた。
殺気、というほど強いものはなかったが……あまり良い気分になるようなものでもなかった。
そしてそれの始まりは……。
「……この辺りで良いか。ほら、そろそろ出てこい。わざわざこんなジメジメしたところに来てやったんだからな」
俺がそう言うと、静かにその者たちは現れる。
統一性のない服装、使い込まれた武具。
どこにでもいて、俺にとって最も馴染みのある者たち……。
つまりそれは、冒険者だ。