第60話 新人冒険者レントと神霊の加護
もちろん、試し切りはこれだけでは終わらない。
そもそも、魔力、気、聖気のすべてに耐えうる剣を、ということでクロープに作成を頼んだのだ。
そのいずれをも試してみない限りは、試した、とは言えないというわけだ。
クロープもそれは分かっていて、今切り倒された木人形を別のものと取り換えている。
そしてそれが終わると、俺はまず、剣に魔力を込め始めた。
魔力と、気を使うのが最も標準的な剣士の戦い方だからだ。
といっても、魔力について、俺はそれほど複雑な使い方は出来ない。
色々と理論を知り、修行を積めば剣に炎などの属性を纏わせることも出来るのだが、俺はその方法は知らない。
ただ、力任せに魔力を注ぎ込むだけだ。
しかし、それだけでも十分な威力を発揮してくれるのが魔力と言う力である。
魔力が注ぎ込まれた剣は、切れ味や耐久力が増し、固いものもすんなりと切り落とせる力を与えてくれる。
俺が試しに剣を振り上げて、木の人形に振り下ろすと、先ほどのときよりもずっと簡単に切れてしまった。
ほとんど力を入れていないというのに、この切れ味は驚異的である。
剣には刃こぼれ一つなく、また人形の断面を見ると、つるつると滑らかだ。
素晴らしい、の一言だろう。
これで、迷宮の深いところにいるだろう、岩石系統の魔物とも十分にやりあえるはずだ。
次に、気である。
再度、人形が代えられる。
特にクロープと言葉を交わしたわけではないが、その辺りはもはや言わなくても分かる。
十年の付き合いなのだ。
剣に注いでいた魔力を抜き、今度は気の力を満たす。
気の力も、基本的には魔力と同じで、剣の切れ味、耐久力を増す効果があるが、その他に、気をうまく扱うことで起こせる現象がいくつかある。
俺は剣を振りかぶり、人形に振り下ろす。
そして、剣が人形の中ほどまで入り込んだ瞬間、剣に込められた気の力を解放した。
すると、人形は先ほどのように真っ二つに切れるのではなく、内部から爆散し、ばらばらになった。
これが、気の力で起こせる事象の一つであり、気に魔力よりも破壊力があるとされる所以だ。
魔力の方が使い勝手が良く、属性を纏わせたりして敵の弱点をつくことが出来る器用さがあるが、気には純粋に敵を破壊する技法がいくつもある。
これが両者の違いで、どちらも重宝される理由でもある。
俺としては、スライム系を相手にするには気が、ゴブリンや豚鬼などを相手にするには魔力が、と思っているが、この辺りは好みの問題もある。
俺がそう思っているだけだ。
最後に、聖気である。
これについては他の二つよりも特殊な力で、あまり詳細が明らかにされていないところがある。
というのも、基本的に使えるのは聖職者で、彼らは自らの力についてその詳しいところを説明したりすることが滅多にないからだ。
それに、聖気を使う剣士、というのは聖騎士などに代表される各宗教組織の顔ともされるような選良たちで、数も少なく、一般人が関わる機会はほぼない。
その技術の詳細について、知る方法などほとんどなくて当然だった。
まぁ、それでも、剣に聖気を注ぐ、というのが基本的な方法であることくらいは分かっている。
聖気は神や精霊が与える力と言われるだけあって、その使い方がなんとなくではあるが、誰かに説明されなくても分かるからだ。
ただ、昔から研究されて体系化された知識もどこかにはあるだろうが、それを知る方法は俺にはない、ということだ。
ともかく、剣に聖気を注ぐ。
普通の武器であれば、まず第一に聖気を注いで壊れないかどうかが問題になってくる。
穢れを払う力であり、存在を正常な状態に戻す力でもある。
錬金の秘術により鍛えられた刀剣は、聖気によりその魔術的結合を解かれ、もとの鉱石へと強制的に戻される力が働いてしまうというわけだ。
そうならないようにするのが腕のいい鍛冶師の仕事で、聖気に耐える武具を作るのが一流の鍛冶師にしか出来ない所以である。
クロープはその意味で間違いなく一流の腕を持っている。
俺が注いだ聖気にもびくともせずに、ただ薄ぼんやりとした光を纏っているだけだ。
俺は再度取り換えられた木の人形に向かって、それを振り上げ、そして切り付けた。
感覚としては、魔力や気を使った時よりも抵抗が少ない。
やはり、神や精霊の与える力であるだけあって、優秀な力のようだ。
しかしそれに加えておかしな効果も付属するようで……。
「……おい、なんか芽が生えてきてるぞ」
と、クロープが切り落とされた木の断面を見てそんなことを言った。
俺も近づいてみてみると、確かにそこからぴょこぴょこと新芽がいくつか伸びているのが見える。
聖気の力による回復力上昇の効果でもあったということだろうか?
よくわからない。
「……ほかのものでも、あることなのか?」
「いや、見たことはねぇな。ただ、聖気は与える存在によってその効果が結構異なったりするらしいからな……。お前は、いつ聖気を手に入れた?」
「むかし、うちすてられたほこらを、しゅうりしたときにな」
「へぇ。また随分と信心深い行動をしてるんだな?」
「べつに、ふかいいみはなかった。きまぐれだ」
実際、単純に暇だったうえに、なんとなく打ち捨てられたままにされているのが気に入らなかっただけだ。
まぁ、だからといって普通は数日通ってまで修理しよう、なんてことは誰もしないだろうが。
だからこそ打ち捨てられたままだったのだ。あの祠は。
クロープは続ける。
「まぁ、理由はいい。ともかく、その祠に祭られてた存在に聖気をもらったわけだな?」
「あぁ」
「とすると……たぶん、祭られてたのは植物系の精霊か何かだったんだろうな。だから、お前の聖気はこんな効果も持っているってわけだ。前にマルトに来た聖女は治癒神の加護を持ってたから、触っただけで軽い病気を治したりもしてた。それの植物版だろう」
確かにそれは理解できる話だった。
俺もその聖女は遠目から一瞬だけ見た記憶があるが、それだけでなんとなく体の調子が良くなったような感覚がした覚えがある。
あれは、加護を与えた存在の強大さと、その性質に基づく効果だった、というわけだろう。
そんな話を、何かの本で読んだ記憶もある。
だから、俺の場合は、植物に強い効果が……。
何かに使えそうな気はあまりしないな。
そう思っていると、クロープが、
「この芽は育てれば聖気を帯びるかもしれないな。もらってもいいか?」
そう尋ねてきた。
「べつにかまわないが……ただのきになるかもしれないぞ」
「それこそ別にいいさ。ただの趣味だ。うまくいけば聖気の宿る素材がとれるかもしれねぇし、そうでないとしても珍しいものなのは確かだしな。植物系の神や精霊の加護を与えられた存在は、最近聞かねぇし」
いつごろからか、人には植物の神や精霊はあまり加護を与えなくなったらしいとは聞く。
それがゆえに、森の民たるエルフなどとの仲も今はあまりよくない。
昔はもっと交わっていた時期もあるらしいが……。
まぁ、それはいいか。
しかし、こんなもの育てるなんて物好きなものだなと思ってクロープを見ると、すでに中庭の端の方に木人形の切れ端を持って行って、設置して機嫌良さそうにしている。
よく見ると、その他にもいくつかの鉢があって、本当に植物を育てるのが趣味らしかった。
あの顔で、その趣味か。
と言いたくなるが、機嫌良さそうなのでやめておくことにする。
それから戻って来たクロープが、俺に、
「ま、これでだいたいいいだろう。試し切りはこんなところにしておくか?」
と尋ねたので、俺は少し考える。
それから、ふと思いついたことが一つあったので、クロープに言った。
「……まりょく、き、せいき、すべてをまとめて、このつるぎにこめてみても、いいか?」




