第566話 港湾都市と獣人
ルカリスの正門を堂々と通り、中に入ると、俺は圧倒される。
マルトなどという辺境都市とは比べものにならない数の人がいることも勿論だが、その人種の多様さはまるで別の世界に来たかのようにすら感じさせた。
ヤーランの王都でもこれほど様々な人種がいることはない。
結局、ヤーランというのは国としても田舎なのだな、ということがまざまざと感じさせられる。
また、建物についても面白い。
ヤーランでもよくある一般的なレンガや石造りの建物も少なくないが、それ以外にもあちらでは見ないかなり色彩豊かな建物が少なくない。
そういった建物に出入りするのはやはり、他種族の者が多いような気がするのは気のせいだろうか。
彼らの元々の故郷の建築なのか、それともアリアナのそれなのか……。
「……おっと、いつまでも見とれているわけにはいかないな……宿、宿っと……」
ただ街を歩くだけでも興味深そうなルカリス。
カピタンを探す必要があるため、後で街の散策はするつもりだが、その前に宿は確保しておかなければならない。
可能な限り今日中に見つけたいところだが、これほどの街でカピタンたった一人を見つけるのは厳しいものがあるだろう。
一応、ガルブからはカピタンがいそうなところをいくつか聞いてきてあるが、気が向いてふらっと路地裏の酒場に入られたらそれでもう終了だ。
カピタンにだって、この街での馴染みの店くらいあるだろう。
ガルブにいちいち言っていないところも沢山あるに違いない。
「……すまないが、この薬草を一束くれ」
大通りを宿を探しつつ歩いていると、露店がいくつも出ているのを見つける。
そういった店はマルトでもふらふらと見てしまうくらいには好きで、ルカリスにおいても中々その魅力に抗えない俺であった。
とはいえ、必ずしもただ欲望に負けたわけではなく……。
「お、兄ちゃん中々の目利きだな。それが一番質が良いぜ」
そう言って薬草の束を渡してきたのは、山羊の獣人の男性だった。
山羊人、と言うべきなのだろうな。
体毛は黒く、後頭部から二本の角が生えているのが分かる。
確か、山岳地帯を主な住処とする獣人で、街にいるのは珍しいという話だった。
薬草についても、あまり平野部の森では見ないもので、だからこそ俺は買ったわけだ。
「これで一応薬師だからな。薬草の目利きはそれなりにベテランさ」
「へぇ。だったらこういうのはどうだい?」
山羊人の男性はそう言って、背後に積み上げてあった篭の一つを開き、いくつかの植物を出して茣蓙に並べた。
「……どれも高い山に登らないと採れないものばかりだな。全部もらおう」
「お、気前が良いねぇ。これなんかは結構値が張るけど良いのか?」
出した中でも最も珍しいと言われる薬草を示してそう言う山羊人だが、俺は頷く。
「金はある……というか、この機会を逃すとこれはほとんど手に入らないだろうからな。それとも定期的に採取しているのか?」
「いや。他のはともかくこいつに限っては運が良くねぇとな……全部で金貨三枚になるが……?」
「本当か?」
「……高かったか?」
「逆だ。安いぞ。絶対に買う……ほら」
そう言って俺が金貨を渡すと、
「お、おぉ。もっと値切られると思ったのに……」
「なんだ、いつもはそうなのか?」
「……まぁ。獣人はどこに行っても肩身が狭いからな。それでもここはマシな方だけどよ」
そう言った山羊人の顔には少し悲しげな色があった。
獣人に限らず他種族というのは人族から偏見の目で見られることが多い。
そこには様々な理由があるが、人族という種族に排他的な部分があるのが大きいだろう。
もちろん、俺にはそういった感覚はないが、都会だと違うと言うことかな。
マルト辺りだと他種族を見ても誰も気にしないが、それはど田舎だからなのだろうか。
そう考えると田舎でも悪くは無いのかも知れないという気はしてくる。
「アリアナ……というかルカリスはいい街か?」
「おう。色々あるのは事実だが、それでも俺たちみたいな山羊人にも暮らしやすい街だぜ。帝国に住んでたこともあるが、あっちは酷かったからな。それと比べりゃ、まぁ多少足下を見られやすいってだけだからな」
彼の言い分からも分かるが、獣人は人族よりもずっと流れ者の気質が強く、一所にあまり留まらない。
気に入らなかったらすぐにその地を後にしてしまい、定着することが少ない。
そういうところも人族から偏見の目で見られてしまう原因ではあるだろう。
しかし、帝国か。
ロレーヌの故郷であるが、確かにあの国は完全に、とは言わないまでも人族至上主義が強いところだ。
ロベリア教が全土に広がっていて、その教えが人族至上主義的なところがあるからだ。
マルトにはあまり広がって欲しくないと思う原因がそこにある。
ヤーランの主要な宗教である東天教にはそういうところは一切無いからな。
アリアナはあまり宗教の力が強くはなかった気がするので、獣人に寛容なのは外国人に寛容な性質と同じで、人の出入りが激しい貿易国家だから、というところにあるのだろう。
「なら良かった。俺もこんな見た目だから、あんまりギスギスした街だと喧嘩を売られるんじゃ無いかと不安だったんだ」
「……確かに、その仮面は一瞬ぎょっとするな。最近ここに来たか?」
「さっき来たばかりだよ……そうそう、聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「いい宿を知らないか。多少値が張っても良いから食事が美味しくて静かなところがいいんだが……」
俺が露店で買い物をした理由の一つがこれだ。
酒場とかで聞いても良かったのだが、揉め事の気配がないわけではないし、道行く人を呼び止めるにも俺の見た目はそれこそ一瞬人をぎょっとさせるものだからな。
一番聞きやすいと思ったのだ。
それに、山と街を行き来する露店商ということで、宿も頻繁に使うだろうし、その善し悪しはよく知っているだろうという期待もあった。
案の定、山羊人の男は俺にちょうど良さそうな宿を紹介してくれたので、俺は山羊人に礼を言い、そこに向かったのだった。