第564話 港湾都市と森の中
「ええっと……」
次の日。
そんなことを呟きながら、俺は転移魔法陣のある砦へと向かった。
カピタンがアリアナ自由海洋国へ行ったのはいいとしてだ。
問題はそこへの転移魔法陣がどれかということだな。
あの地下都市には大量の転移魔法陣があり、全てについて位置や向かう先を確認したわけでもないからだ。
出来ることなら時間があるときに全ての出入り口を確認しておきたいところだが、いかんせん俺は微妙に忙しい。
今回だって銀級昇格試験が控えている身である以上、そんなことをしている暇はないわけだ。
そんなことでどうやってアリアナへの転移魔法陣を見つけるのか、といえば……。
「……《アカシアの地図》があってくれて本当に助かったな。あのときの謎の女の人。本当にありがとう……」
そんな気分に陥る。
《アカシアの地図》は俺が《水月の迷宮》にある未踏破区域で出会した恐ろしいほどの存在感と力を持った女性から、何やら詫びでもらい受けた特殊な魔道具だ。
そこには俺が歩いた全ての場所の地図が自動的に書き込まれるという仕様で、それは迷宮内部であっても異ならない。
色々と機能はあるのだが、その全ては未だにはっきりとは分かっていない。
ただ、転移魔法陣の存在する《善王フェルトの地下都市》の記載について言えば、そこに存在する確認済みの転移魔法陣、及びその出口についてまで記載されているという便利さである。
出口については実際に使わずとも、転移魔法陣自体を確認していれば自動的に書かれるので時間のない俺にとってはありがたい限りだ。
時短アイテムとして評価したいところだが、そんなこと言ったらあの女性にはぶち切れられそうなのでそれは心の中だけに収めておきたい感想である。
ともあれ、そういうわけなので、《アカシアの地図》をしっかりと読めばアリアナへ至る転移魔法陣があるはずと、砦までの道すがら歩きながら眺めていたわけだ。
「……アリアナ、アリアナ……おっと、あった。ここだな」
そしてとうとう俺はそれを見つける。
そこにはこう書いてあった。
《至アリアナ自由海洋国港湾都市ルカリス》と。
ルカリスがどの辺りにあったか、頭の中で大陸の地図を思い浮かべる。
港湾都市なのだから当然海岸線にあったのを覚えている……あとは、近くに迷宮があったはずだ。
ということは冒険者組合もあるはず……。
冒険者組合は大体の都市や街にあるが、あまりにも小さな村にはないし、町でも大した規模ではないところは小さな出張所が設けられている程度だったりすることもある。
その場合は、情報を得るという意味でも依頼を受けるという意味でも冒険者にとってはあまり使い勝手がよくないのはもちろんで、活動しにくい、ということになる。
しかしルカリスほどの都市ともなれば、そういった心配はいらないだろう。
マルトよりもずっと都会だしな……。
まぁ、マルトと比べるのがそもそもの間違いかも知れないが。
マルトはそこそこ栄えているとはいえ、結局のところ田舎国家の辺境都市に過ぎない。
最近、新しい迷宮のお陰で多少活気が出てきたな、という程度だ。
貿易で栄えている国の港湾都市などとはとてもではないが比べものにならない、地味で小さなど田舎と行っても過言ではないのだった。
「……田舎者と馬鹿にされなきゃ良いんだけどな……」
砦に辿り着き、転移魔法陣に乗りつつ俺は一人そう呟く。
次の瞬間、俺の体は《善王フェルトの地下都市》へと移動していた。
しばらく待っていると黒王虎がやってきたので、その背に飛び乗る。
「……じゃ、頼むぞ」
目的の場所を指示すると、黒王虎は風のように素早く走り出した。
ほんの数分で俺は目的の場所まで運ばれ、
「ありがとう、また帰りもよろしくな」
そう言って豚鬼の肉を投げる。
黒王虎はそれを器用にキャッチし、
「……うにゃあ」
と猫のような、しかしそれとは比べものにならない音量の声を出してむしゃむしゃと食べ、去って行った。
「……マルトで飼えるなら飼いたいんだけどな……無理だろうな」
当たり前か、と自分の心の中で突っ込みつつ、改めて転移魔法陣と相対する。
一応、初めて乗る転移魔法陣になるので、間違いがあっては困ると俺は《アカシアの地図》をよく見て、《至アリアナ自由海洋国港湾都市ルカリス》と書いてあるか確認する。
……どうやら間違いないらしい。
しかし怖いな。
初めて乗る魔法陣の向こう側は一体どうなっているか分からない。
森や山の奥地に飛ばされるかも知れないし、海の底かも知れない。
それだけならまだいい。
俺のこの体はそれくらいなら問題ないからだ。
しかし、崩落した岩の中とかとなるともうどうしようもない。
そうなっていないことを祈りつつ、乗るしかない。
転移魔法陣自体が崩壊していれば稼働自体しないらしいのだが、そうでなければ普通に転移させられてしまうらしいからな……恐ろしいことだ。
まぁ、今回についてはカピタンがすでに飛んでいるので問題ないだろうけど。
心を決めて、乗るか……。
そして俺は転移魔法陣におっかなびっくり、という感じで乗った。
魔法陣は俺の血に反応し、光を発し始め、それが俺自身の全体を包むと、辺りの景色が真っ白に染まり……そして光が静まると、俺は別の場所に立っていた。
「……着いた、な……」
キョロキョロと辺りを見回す。
どうやら、特に不自然なところはないようだ、ということがそれで分かる。
場所は……洞窟の中、かな。
あまり明るくはないが、俺の不死者としての目は、しっかりと周囲の景色を映してくれる。
普通の人間だと大分暗くて見えないだろうが……まぁ、カピタンも着火の道具くらいは持ってきているだろう。
それか、慣れているからほぼ見えなくても問題なく行動できるとか……うん、こっちっぽいな。
あまり広い空間ではない。
外に続いているだろう出口がすぐそこに見えたので、俺はそちらに向かった。
洞窟の中から這い出ると、そこには森が広がっている。
たった今出てきた洞窟の出入り口を見れば、小さい上に、草に隠されてあまり見えない……いや、これは認識阻害系の魔術がかけられているな。
カピタン……じゃないか。おそらくガルブがかけたのだろう。
そこまで古いものではなく、定期的にかけ直されているものに思える。
でなければもう俺には出入り口が見えなくなっている可能性が高いからだ。
それなりに強いものでなければ、この不死者の体には認識阻害の効果は及ばない。
それに、一度意識してしまったものは更に効きにくくなる。
ここから離れて、また再度戻ってきても、俺の目にはこの出入り口が見えることだろう。
かけた本人であるガルブはいわずもがな、カピタンにしてもそういった魔術の効果を看破できる魔道具くらいは持っているだろうしな。
でなければここにある転移魔法陣で帰ることが出来なくなってしまう……。
とまぁ、考察はこんなところにして、ルカリスに向かうことにしよう。
《アカシアの地図》には《至アリアナ自由海洋国港湾都市ルカリス》と書いてあったが、ここは思い切り森だ。
郊外、ということだろうか。
それとも……。
まぁ、近くであるのは間違いないだろう。
人の気配が近い方へ少し進めば大丈夫なはずだ。
ちなみに人の気配についてはこの吸血鬼としての嗅覚が察知してくれている。
不死者としての身体能力様々だが、大分人間離れしたなと思わざるを得ない……。
まぁ、いいか。
そう思って、俺はとりあえず歩き出す。