第563話 山積みな課題と提案
「ま、そういうことさね……。だから会いたいならレント、あんたの方から会いに行くしかないよ」
ガルブがそう言ったので、俺は尋ねる。
「どうしてだ? そのうち帰ってくるんじゃないのか?」
「いや、勿論そのうち帰ってくるだろうけれど、あんた、時間がないんだろう? 一月で帰ってくるかどうかは微妙だよ」
「え……」
「少しタイミングが悪かったね。私が頼んだものがちょっと手に入れるのが面倒なものでね……見つからないときはさっぱり見つからないから。こんなことならもう少し後に頼めば良かったんだが」
「一体何を頼んだんだ……?」
「海霊草という海草なんだけどね。ヤーランでは滅多に出回らないんだ。ただ、魔錆病にはよく効いてね……」
「魔錆病って?」
「魔力が体外で凝って、錆のように張り付く病だよ。これもこの辺りでは見ない病気だね。風土病に近くて……帝国の、特に鉱山近くでよく見る病だ」
「そんなものの薬が必要なのは……村人に罹患者が?」
「いや、そうじゃない。まさに帝国に住む私の友人がかかってしまったようでね。しかもかなり病状は重いようで、なんとかならないかと相談が来たんだ。だからね……」
「ガルブに相談せずとも帝国の薬師が生産しているんじゃないのか?」
「本来は薬ではなく、聖気での治癒が基本の病気なんだよ。ただ、知っての通り、聖気による治癒というのは……聖気を使う者の実力によって出来る出来ないがある。私の友人の病状はね、常駐している聖女殿の能力の限界を超えていたのさ。だから……」
「そういうことなら、カピタンを呼び戻すってわけにもいかなそうだな……」
「まぁ、幸い明日明後日死ぬ、みたいな病気ではないのだけどね。ただ、体の自由が利かなくなるから生活に大幅な支障が出る……早めに治してやりたいとは思うよ」
「分かった。カピタンは諦めるか……」
俺が若干がっかりしつつ、そう呟くと、ガルブは少し考え込む。
それから、顔を上げて俺に言った。
「いや……」
「なんだ?」
「ふと思ってね。レント。あんたカピタンのところに行って、海霊草を探してきちゃくれないかい?」
「と、言ってもな……俺が行っても邪魔にならないか? 海霊草、なんて採取したことないし、見た目も知らないぞ」
「一応あんたも薬草採取に関しちゃベテランだろ。カピタン一人で探すよりも早く済むはずだ。見た目についちゃ、絵があるからそれを見ながら探せば良い。最終確認はカピタンにさせれば間違えることもないしね。それに、あんた修行しに来たんだろう? 今カピタンがいる場所はそこそこ魔物が強くてね。多分だが、あんたにとってもいい修行になると思うよ。海霊草を探しつつ、気の扱いも教えてもらえばいいじゃないか。一石二鳥だろ?」
「それは一石二鳥というのか……?」
「言うね。まぁ、行ってみて、カピタンが邪魔だというのならそのときこそは諦めて戻ってきな。何か、試験に役立ちそうな修行を私が考えておくから。残念ながら気については教えられないから他のもので埋めることになるが……」
「いや、そのときは魔法薬をみっちり教えてくれればいいよ。そうじゃないと、あんまり色々手を出しすぎて、何も身につかずに終わった、ってなる可能性もあるしな」
「そうかい? ならそうしようか。じゃあよろしく頼むよ、レント」
「あぁ」
◆◇◆◇◆
「……それで明日はカピタン殿のところに一人で?」
俺の実家でテーブルを囲みながら食事しつつ、ロレーヌと話す。
母ジルダは今、お裾分けに村にある他の家に行っており、ここには俺とロレーヌ、それにインゴだけだ。
そのため、転移魔法陣についての話をしても問題ない。
ジルダが帰ってきたら当たり障りのない別の話をするからな。
「ああ。だから従魔師の修行は出来なさそうだ。ま、あれもこれもっていうのは欲張りすぎかも知れないし、これでいいかもな」
「確かにな。まぁ、私がしっかり身につければ後で教えてやることも出来る。レントにとっては気の修行の方が大事だろう」
従魔師の技術はあくまでも魔物を従え、操る技術であって、直接的な戦闘能力が上がるわけではない。
銀級試験のことを考えれば、気の修行を優先した方がプラスになるのは間違いないだろう。
「しかし、カピタン殿は今どこにいらっしゃるんだ? 海があるところと言うと……?」
ロレーヌが口にした疑問に、インゴが答える。
「転移魔法陣を使っていったのなら、南方のアリアナ自由海洋国ではないかな。あそこであればかなり近くまで行ける魔法陣があったはずだ」
「アリアナ自由海洋国ですか……商人の力が強い国だな。マルトではそれほどかの国の商人は見なかったが、最近はかなり頻繁に見かける」
「あぁ、前にリナの友達が揉めてたよな。それをロレーヌが収めてくれた」
「そこまで大したことはしていないが……」
「ロレーヌが介入しなきゃ大事になってたよ……ま、思い出すにそもそもあの商人は普通の商人でもなさそうだったよな。呪物持ってるくらいだったし」
「どうだろうな。アリアナはかなり人の出入りの激しい国だ。チェックも緩いと聞く。呪物のようなものの持ち込みも持ち出しも、かなり簡単なのではないかな。つまり、手に入れようと思えば簡単に手に入る……」
「おっかない国だな……」
俺がそう呟くと、インゴが言う。
「恐ろしいかどうかはともかく、実際かなりチェックは甘いのは事実だ。私も行ったことがあるが、街の出入りの際の身分証の確認もしたりしなかったりだったしな」
「それで治安が保てるのですか?」
ロレーヌが尋ねると、インゴは答える。
「あまり治安が悪い、という感じでもなかったぞ。揉め事が起こると有力な商人の私兵が鎮圧していた。良くも悪くも商人が支配する国、というのがよく分かる出来事だったな。あの国で商人と敵対するのは可能な限り避けた方がいいだろう。レント、お前も行くなら気をつけるのだぞ。何か起こしそうで心配だからな……」
「……いや、大丈夫だって」
少なくとも揉め事を起こそうと思って起こしたことは誓ってない……ような気がする。
そんな俺にロレーヌは、
「全く信用ならんが……まぁ、いざとなればそれこそ転移魔法陣で逃走も出来るだろうしな。まぁ、気をつけて行ってくるといい」
そんなことを言ったのだった。