第561話 山積みな課題と類似性
「……なるほど、そんなことが、な……。これによって骨人が……」
クラスク村での一件……。
俺が骨人退治の依頼を受け、実際にそれを行った結果、奇妙な魔道具らしきものを見つけたときのことを話すと、インゴは考えた様子でそう呟いた。
「それを見て、何か分かりますか?」
杯を手に取り、じっくりと見つめるインゴにロレーヌがそう尋ねるが、インゴは、
「……いや。申し訳ないが期待には応えられんな。ただ、魔物の成長を促す魔道具というものが昔はあった、ということは聞いたことがあるが……」
「本当ですか!?」
ロレーヌが身を乗り出してインゴに尋ねる。
けれどインゴは、
「……聞いたことがあるだけだ。今ここには存在しないし、作り方も分からん」
そう言ったので、ロレーヌはがっくりと肩を落とした。
「そうですか……でも、それを聞けただけでもありがたいです。かつて存在した、ということはどこかにそれを作る技術が残っている可能性もあるのですから。道具その物にしても……これだけではなく、探せば他にあるかもしれませんし」
「そうだろうな……どこかに、同じものが……」
ロレーヌの話に頷きながら、ぶつぶつと呟くインゴ。
それから、はっとした様子で目を見開き、しかし一瞬の後、首を横に振った。
その見慣れぬ奇妙な様子が気になり、俺はインゴに尋ねる。
「……どうしたんだ、親父」
「いや……大したことではない」
「なんだよ、気持ち悪いな……思ったことがあるなら言ってくれ」
「……それもそうだな。いや、本当にただの思い付きなのだが……その杯は、魔物の成長を促すもので、お前たちの実験によれば杯の中で戦わせたスライム同士が勝った方に吸収された、というのだな? しかも普通では見られないほどに、高い効率での吸収率を示した、と」
「まぁそういうことだな。必ずしも杯の中じゃないといけないのか、持っていればいいだけなのか、どの程度まで離れていれば効果があるのか、他に使い方があるのか……とかそういったことについてはもう少し調べないといけないだろうが」
「いや、その辺りについては今はいい。ただ、私がふと思ったのは……似てないか?」
「似てる? 何に」
「……《迷宮》にだ」
◆◇◆◇◆
インゴの口から出て来た単語に、俺とロレーヌは少し驚きつつも、納得を感じた。
普通に聞けばインゴが言ったことはあまりにも突拍子のないことのように思われるが、今まで俺たちが経験してきたことから鑑みると……確かに似ている、と確信めいたものを感じたからだ。
《迷宮》において、魔物というのは存在進化しやすいと言われる。
それは外にいるときよりもずっと高い確率でだ。
実際にそれをはっきり確認できたわけではないが、多くの冒険者や研究者などの先達たちの経験則や研究によって、ほぼ間違いないと言われている。
なぜそうなるのか。
外と迷宮でなぜ異なるのか。
その理由については様々な説が存在していて、空間自体の魔力が濃いからだとか、閉鎖空間だから外に魔力が逃げにくいからだとか、そんなことが言われている。
そしてそういった説の中に、一つ、インゴの話に関係しそうなものがある。
「……《迷宮》自体が巨大な魔道具である、という説もあったな」
俺がそう呟くと、ロレーヌも頷いた。
「あぁ……だとすれば、この杯と同じような効果があってもおかしくはない、か。以前、マルトの地下迷宮をラウラと共に探索したとき、迷宮についても説明を受けたが……種類がいくつかあるという話だった。魔石や魔道具を使って、魔術で作られることもある、マルトの地下迷宮はそれだ、ということも言っていた。その結果出来た迷宮も……魔道具だと言ってもおかしくはあるまい」
「魔術によって人為的に作られる迷宮には、魔物の進化を促進する性質がある……ということかな」
「人為的でないもの……があるかどうかはラウラに聞かなければはっきりとは分からんが、そういったものについても同様の機能がないとは言えん。だからそこは断定できないな。ただ、間違いなくこの杯と迷宮は似ている……この杯は……超小型の迷宮、のようなものなのかもしれん」
「それこそ突拍子もない話のような気もするけどな。別に杯の中が迷路みたいになってるわけでもないし」
「まぁ、それはな。あくまで機能が似ている、というだけだ。ただ、似たような技術で出来ているものなのかもしれない、ということは考えられる。この杯を作る技術の先に、迷宮そのものを作る技術もあるのかもしれないぞ。面白いではないか」
「うーん……そこまで簡単な話じゃない気がするけどな」
まずそもそも規模が違う。
積み木を作れたからって城を作れると言うわけでもないだろう。
ただ、繋がりが全くないと言う訳ではないかな、という程度だ。
「どうやら、私の思いつきも中々、役に立ったようだな?」
インゴが俺とロレーヌの話が盛り上がっているのを聞きながら、そう言って微笑む。
「ええ、良いインスピレーションを与えて頂きました。今後はこの杯について、そういった方向からも研究してみようと思います。もちろん、先入観を持ちすぎても問題でしょうが……意外と全く関係なかった、ということもこういうことでは良くあることですし」
一生懸命、突き進んでいたらまるで正反対の方向へ向かってしまっていた、なんてことは学術的な研究に限らず、どんなことでも良くある。
多くの可能性を頭に入れながら、慎重に進んでいかなければならない。
ただ、それでもあまり気づいていなかった視点に気づかされたのは僥倖だろう。
杯と迷宮の効果が非常に似ているというのはすぐに思いつくべきだった話のようにも思うが、あまりにも規模が違い過ぎて見えていなかった。
だからこそずっと杯と相対していた俺やロレーヌより、杯について調べていたわけでもない素人のインゴの方が、そういえば、と簡単に気づくことが出来たのだろう。
◆◇◆◇◆
「さて、それでは本題に戻るか。従魔師としての修行のことだが……」
インゴがそう言ったので俺たちは頷いて聞く。
インゴは続ける。
「さっきも言ったが、ロレーヌは魔力の扱いに長けている。だから基本的なことを学んだあとは実践にすぐ移った方がいい。それで構わないな?」
「ええ、もちろん……というか、インゴ殿がそれの方がいいというのならそれに従います。私は従魔師の技法については完全な素人ですから」
「よし。それと……レント。お前はどうする? お前も魔力の扱いについてはかなり器用だとガルブから聞いているぞ。身に着けようと思えば可能だと思うが……」
「え、俺? そうだな……」
俺としてはここに戻ってきたのはガルブとカピタンに鍛え直してもらうためだ。
しかし、それに加えて従魔師としての技術も学んでおけば何かの役に立つだろうか。
銀級試験まで一月位しかないため、あれもこれもと欲張っているとあっという間に時間がなくなるというのは分かっている。
分かっているのだが、昔から色々身に着けないと生きて来られなかった俺のそもそも性質が、新しい技法を身につけられる機会をふいにすることに対して拒否感を覚える……。
そんな気持ちを正直にインゴに言った。
「初めに言ったけど、俺、今回は銀級昇格試験を受けるために基本的にガルブとカピタンに戦闘技術を鍛えてもらいに帰って来たからな、俺。だから従魔師の修行にどれだけ時間を割いてられるか……」
「そうだったな……それについては、ガルブ達と相談する必要があるだろう。まぁ、教えると言ってもとりあえずは基本だけだ。そこまで時間はかからんと思うが、才能次第というところもあるしな。レント。お前はまず、ガルブ達と話してから決めるといい」