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望まぬ不死の冒険者  作者: 丘/丘野 優
第15章 山積みな課題
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閑話 復讐

 雨風が強く肌に吹きつけてくる。

 ローブを身に纏ってなお、下着まで染みてくる強烈な嵐の中に俺はいた。

 

「……そろそろだな」


 隣から聞きなれた声が俺の耳元に直接語られたかのように響く。

 普通ならこんな大嵐の中で、その声が聞こえるはずがないのに。

 その絡繰からくりは声の主……ロレーヌが卓越した魔術師であることに起因するだろう。

 たとえ嵐の中であろうと、ある程度距離があろうと、言葉を届けることが出来るだけの力を彼女は持っている。

 ほとんど手を伸ばせばその頬にも届くほどの距離しかないこの状況で、語り掛ける声を耳元に明瞭に響かせることぐらい、容易い。


「あぁ……とんと姿は見えないけど、な」


 俺の視線の向かう方向には、この嵐の原因であろう巨大な積乱雲の姿が見えていた。

 こんもりと視界を縦に占領するその黒雲は、青雷を身に纏いながら徐々にこちらに近づいてきていた。

 本来であれば、あんなものと相対しなければいけない理由など、俺たちにはない。

 災害が襲って来れば、それに対応する手段は可能な限り身を守れる頑丈な危険の少ない建物のうちに隠れて頭を抱えているのが普通だ。

 俺とロレーヌにとって、その建物はロレーヌの家にほかならず、数多くの魔術的補強の施されたあの中にいれば、たとえ大嵐が襲って来ようとも怖くはないのだから。

 しかし、今俺たちがいる場所は、その本拠地がある都市マルトから遥か遠く離れた小さな村の広場だった。

 周囲には十軒ほどの家屋が身を寄せ合うように建てられており、そのいずれの建物の扉も今は固く閉じられている。

 何も、俺たちを締めだして……というわけではないのはもちろんで、俺たちがこの村の住人に籠もっておくように指示しておいたのだ。

 本当はしばらくの間、この村を開け、都市マルトでも他の町でもいいから災害を避けられる場所に避難することをすすめたのだが、それは受け入れられなかった。

 こういった、ど田舎の村に住む者の常で、父祖から代々受け継いできた土地をそう簡単に後に出来ない、と言われてしまったためだ。

 捨てるわけではなく、ほんの十数日開ける程度でいい、とは言ったのだが、それでもだめだった。

 こればかりは話し合いをしても解決することが出来ず、俺たちは仕方なく、この場所にいる。

 もちろん、それはあの嵐の原因を取り除くためにだ。

 

「雷雲を取り払うなど、普通なら愚かだと言われることだろうな……」


 ロレーヌが自嘲するように言うが、俺は笑って答える。


「俺たち以外が言うなら、そうかもな……だが、何度も考えてきたことだ。やり方は、しっかりと頭に入っているだろ? あとは、やるだけだ」


「あぁ……そうだな。もう二度と、間違いは冒さない。一人も死者は出さず、あの雷雲を吹き飛ばしてやる」


 そう言ったロレーヌの顔には決意が浮かんでいた。

 雨風のせいでひどく見辛いが、それでもその目の輝きだけで彼女の心のうちを理解できる。

 ロレーヌの事を知っている。

 そしてそれ以上に、俺自身も同じ思いだからだ。

 

 俺はふと思い出す。

 数年前、これと全く同じ状況になったことを……。


 ◆◇◆◇◆


「……エーイック村への避難物資の輸送車の護衛か。あそこは確か、人が住んでいると言っても二十軒もなかったな?」


 ロレーヌが依頼掲示板を見ながらそう言った。

 俺も横で同じ依頼を見ながら頷く。


「確かそうだったはずだ。まぁ、少しばかり辺鄙な場所だった気がするけど……俺の実家ほどじゃない。片道二日……余裕を見て都合一週間もあれば十分に往復できるだろ」


「それでこの金額は悪くないな。緊急ということだし、受けるか? 馬車に揺られて悠々自適でこれだけもらえるなら中々だ。最近、研究の進みも微妙で気晴らしもしたかったことだしな」


「それほど悠々自適って感じじゃないとは思うけどな。避難物資、って、これってあの辺りに嵐が迫ってるからだろ? 結構厳しい状況が想定されるぞ」


 普通なら、嵐を追い抜いてマルトまで情報が来るはずもないが、冒険者組合ギルドはその辺り、緊急時に限って使える長距離を結んだ比較的早い通信を構築しているらしい。

 飛竜や魔術師、それに魔道具などを贅沢に活用してのことなのだろうが、そういったものを小さな村のために活用するのは冒険者組合長ギルドマスターの人柄だろう。

 他の都市なら、見捨てられている可能性が高いからな……。 

 だからこそ、手を抜くわけにはいかないと思っての台詞だった。

 これにロレーヌは、


「……分かってるさ。ただあまり肩に力を入れすぎて現場でまごつきたくないからな。ま、気を引き締めていこう」


 そう言って頷いた。

 まぁ、冒険者になって数年。

 ロレーヌももう、いっぱしの冒険者と言っていい十分な経験を積んでいる。

 単純な実力ならとっくの昔に俺の上だが、小手先の……というか、基本的な知識や技術についてもしっかり身に着いて、実践できているのだ。

 そんな彼女が分からないはずがなかったか。


「そうか、すまなかったな」


 侮ったことを俺が謝罪すると、ロレーヌは言う。


「構わん……それより、急ぐぞ。ことは一刻を争うからな」


「ああ」


 そして、俺たちはすぐに依頼を受け、物資の運搬者と合流し、村へと向かった。

 そこまでは良かった。


 問題は、着いた後だ。


「この嵐では……村にいれば死ぬぞ!」


 ロレーヌが村長にそう言った。

 しかしそれに対する村長の言葉は取りつく島のないものだった。


「……いいえ。このくらいの嵐であれば、何度か乗り越えたことがございます。大丈夫です。それよりも、物資を運んできてくれたこと、本当に助かりました……。これ以上、皆様にご迷惑をおかけするわけにはいきませぬ。どうか、早く、この村を後にされますよう……嵐の中心部に明日にも入ります故」


 つまり、実際に俺たちが村についてみれば、すでに村は嵐に見舞われていて、その規模はとてつもないものだったのだ。

 これでは避難物資がどうこうというレベルではなく、しかも明日にはこれよりも遥かに強力な雨風が襲って来ることも予測される、という。

 これは避難物資の運搬者……冒険者組合ギルドが手配した旅慣れた行商人の見立てからも確実と思われた。

 だからこそ、俺たちは全員で村人たちの避難をすすめたのだが、彼らは頑なにそれを断った。

 今までの経験から問題ない、というのと、父祖の土地を離れるわけにはいかない、というこの大きな二点のゆえに。

 俺たちからすればそれは馬鹿げていることのように思われたが、彼らの意志は強かった。

 だからこそ、


「……! では、私たちもここに留まる……行商人殿は戻ってくれ」


 ロレーヌがそう主張し始めた。

 

「ロレーヌ……」


「レント。この嵐は単純な自然現象ではない。見るに、確かに中心部の暴風は局地的に強いが、この村でこれだけの雨風が吹いているのにマルトは晴れていた……どういうことか、想像がつくだろう?」


 彼女の言葉に、ピンとくるものがあった。


「……魔物だな。嵐を呼ぶタイプの……。嵐竜(ストーム・ドラゴン)嵐亜竜ストーム・ワイヴァーンか、嵐鷲(ストーム・アクィラ)か……」


「あぁ。つまりそいつらを払ってやれば、嵐は止むだろう……やって、みないか?」


 そう言ったロレーヌは少しばかり不安げだった。

 思えばこのころは若かった。

 俺も、ロレーヌも。

 今ほどの信頼関係もなかったし、相手が考えていることも分かっていなかったように思う。

 だからこそのロレーヌの表情だ。

 だが、このときの俺は……ロレーヌの気持ちに応えたいと思った。

 俺にどこまでのことが出来るかは分からなかったが、ロレーヌがいるなら空の魔物だとて対応のしようがある。

 そして、嵐が去った後、村の復興を手伝うことも出来ると……そう思ったからだ。


 俺は、実際にその気持ちに従うことにした。

 嵐が近づくのを待ち、その中心部にいる魔物を倒す……。

 言ってみれば単純な解決法で、出来ないことはないだろうと思って。

 それが間違いであると知れたのは、全てが終わった後のことだ。


「……本当に、助かりました。お二人が残ってくださらなかったら……私たち全員、死んでいたと思います。ですから、お気になされるな……」


 何もかもが終わったあと、村長からかけられた言葉がそれだ。

 村人三十人のうち、生き残ったのは二十人。

 家屋はほぼすべて倒壊し、村のあった場所は大嵐によって飲まれ、崩れた。

 俺とロレーヌはその中で懸命に救助をして……なんとか二十人は助けられたが、他の十人は……。


 報酬は全額、村の復興に当ててくれと言って俺たちは村を後にした。


  ◆◇◆◇◆


 苦い経験だった。

 どこまでも苦い……でも、忘れることも出来ない経験。

 だからこそ、俺もロレーヌも口には出さなかったが、あのとき何が悪かったのか、どうするべきだったのか、それぞれ考え続けた。

 そして今日こそが、その答えを試す時だった。


「……来たぞ!」


 村が嵐の中心部にほとんど入りかけたとき、ロレーヌがそう叫ぶ。

 それとほとんど同時に、上空から大量の魔物が降って来た。

 

「……嵐鷲ストーム・アクィラ。あのときと同じだな……」


 呟きながら、俺は冷静に近づく魔物たちを切り落としていく。

 幸い、奇妙な巡り合わせで俺自身の剣の腕も、実力も上がった。

 あの頃には一匹倒すのにも手間取っていたが、今は違う。

 ロレーヌはあの頃でも十分に一撃一殺でやれていたが……この嵐を祓う為にはそれだけでは足りないと知れたのはこの嵐鷲(ストーム・アクイラ)たちの襲撃が一段落した頃だった。

 今回も……。


「……やっぱり、いやがったな」


「あぁ……レント、まずはあいつを叩き潰すぞ!」


 遠くに小さな影が見えた。

 そう思った後から、少しずつそれは大きくなり、そして俺たちの目の前まで来た時点で、家屋一軒分もの大きさになっていた。


「……大嵐鷲テンペスト・アクィラ。こいつが群れを率いているってわけだ……!」


「あのときと同じ……だが、私たちはもう知っている。倒すぞ!」


 そう、この巨大な鷲の魔物は、数百もの嵐鷲(ストーム・アクィラ)を率いてこの大規模な黒雲を維持していたのだ。

 そういった生態は当時把握されていなかったが、あの出来事の後、ロレーヌが情報を集めはっきりさせた。

 当時の俺たちは当然それを知らず、嵐鷲の少し大きな群れがいる程度だろう、と高をくくって取り組んでいたところがあった。

 実際、あの頃はそれが正しいとされていたし、数百の群れが形成しているにしては黒雲の規模が小さかったと言うのもあった。

 しかしそんなのは全て言い訳に過ぎない。

 あのとき俺とロレーヌは失敗した。

 高を括り、相手を見誤り、大勢の犠牲を出して。

 今回はそんなことにはならない。

 そんなことには、しない。


 俺たちは大嵐鷲が近づいてくると同時に攻撃を叩き込む。

 まずはすり抜けざま、俺が剣を振るってその翼の一つを叩き切った。

 あれだけの巨体を空に飛ばすことが出来るのは、魔力によって体を支えているからであるため、本来であれば翼を切ったくらいでは飛行能力を失わせることは出来ない。

 しかし、大嵐鷲は浮力の大半をその翼に頼っている珍しいタイプの魔物なのだ。

 その代わりに、魔術的能力の大半を黒雲を作る力や多くの嵐鷲を率いる統率能力に割いている。

 嵐竜(ストーム・ドラゴン)ほどになればすべて両立できるのだろうが、大嵐鷲くらいの魔物では、何もかもに魔力を注げるような器がないわけだ。

 だからこそ、その一撃で大嵐鷲は飛行能力を失った。


 けれどそれでも低空を高速度で動くくらいのことは出来る。

 油断していい相手ではない……のだが、


「……鉄の刃(バルゼル・シフラ)!」


 近づいてくる大嵐鷲に向かって、ロレーヌが冷静にそう唱え、もう片方の翼を切り落とした。

 それにより完全にバランスを崩した大嵐鷲は、地面に擦りつけられるように倒れ込む。

 それでも未だ、闘争心を失わず、立ち上がって俺たちに襲い掛かろうとしてくる様は恐ろしく、また天上からも嵐鷲が大嵐鷲の命令なのか、俺たちに襲い掛かってくる。

 けれど、優先順位は間違えない。

 俺は大嵐鷲に向かって地面を蹴り、剣を振りかぶって、その首を切り落とした。


 大嵐鷲の巨体はそれで完全に力を失い、周囲を飛んでいた嵐鷲たちは指示を失ったからか、てんでばらばらの方向に混乱したように飛び回りだす。


「……やはり、嵐は消えんな」


 ロレーヌが空を見上げながら言った。


「あぁ……大嵐鷲は嵐鷲たちの力を束ねてあれを作り出してるって話だったものな。つまり……こいつらを全部どうにかしなければならない、と」


「全部倒すのは手間だ。しかし嵐はなんとかせねばならん……ようは、こいつらが自主的に嵐をどうにかさせればいいのだ……」


「あぁ。頼んだ」


 この辺りの話は、すでにこの依頼を受ける前にしっかりしていたから分かってる。

 ただの確認だ。

 ロレーヌは俺の言葉に頷き、呪文を唱える。

 すると、俺たちの眼前に巨大な魔物が出現する……それは先ほどまで動いていたもの。

 つまりは、大嵐鷲の幻影だった。

 

「さぁ……嵐鷲たちを人のいないところへ誘え……」


 ロレーヌがそう言うと、大嵐鷲の幻影は翼で大気を叩き、飛び上がる。

 その姿を見て、嵐鷲たちは混乱をおさめ、大嵐鷲の幻影を追いかけ始めた。

 ロレーヌは大嵐鷲を遥か山の向こうに向けて飛ばしていく。

 そしてそれを追いかけるように嵐鷲が、そして黒雲が進んでいく。

 

 しばらくして……。


「……ふう。まぁ、これで十分だろう。徐々に黒雲の規模も小さくなっていたし、早晩、黒雲自体が消滅するだろうな」


「お疲れ」


 そう言ったその頃には、もう嵐は完全に止んでいた。

 空には星が瞬いていて、三日月が僅かに村を照らす。

 俺の目にはちょうどいいくらいの明るさだが、ロレーヌには少しくらいかもしれない。

 まぁ、彼女には魔術があるから夜目くらいなんとか出来るだろうがな。


「……なぁ」


 ロレーヌが呟いたので俺がそちらに顔を向け、


「なんだ?」


 と尋ねると彼女は言った。


「……あのときの復讐が、出来たかな」


「どうだろうな。あの時、亡くなった人たちはもう帰ってこない」


「……そうだな」


「でも……あのときのことがなけりゃ、俺たちは今日も失敗してたかもしれない。だから……」


「だから?」


「……うまく言えないな。背負って行かなきゃならないんだと思うとしか……」


「……そうだな」

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