第551話 山積みな課題と怪しげな錬金術師
「……なるほど、クロープにも色々あったのだな」
ロレーヌが皿の上に乗った料理を口に運びつつそう言った。
あれから、クロープの話を最後まで聞いた俺は依頼を受け、そして夕食の材料を買って戻ってきたわけだが、やはりロレーヌはまだ杯の解析に忙しかったようで今は大分夜も深い。
夕食という時間帯もかなり過ぎてしまったが、仕事が一段落したらしく自分の部屋から降りてきたので、今から食べるかと聞いたら食べると答えたので手早く料理し、今は二人でかなり遅めの夕食を取っている。
ロレーヌはこれで結構な健啖家で、食が細るようなことは滅多になく、何でも食べるしその細い腰のどこにはいっているのだろうかと不思議になるくらいの量を腹に収める人だ。
対して俺の方は、元々はそこまで大量に食べる方ではなかったが、今では通常の食事では中々腹一杯になりにくく、したがって食べようと思えばいくらでも食べ続けることが出来てしまう。
血を採れば腹も膨れるのだが、ただそれだけというのも味気なく、普通の食事もある程度したいのでしっかり食べるようにしている。
「まぁ、こう言っちゃなんだが、マルトなんかにあんだけ優秀な鍛冶師が外から来て居着くことなんて中々ないだろうからな。何かあって当然と言えば当然だ」
「確かにな。元々ここが出身地だというのなら分かるが、腕の立つ鍛冶師があえてこれから身を立てるのに選ぶ場所でもあるまい……私が言えたことではないかもしれないが」
ロレーヌもそう考えると確かに似たようなものか。
都会でまともに働けば研究者として相当な地位や名声を手に入れられるような能力を持っているだろうに、あえてマルトなんていうど田舎を選んでいるわけで……。
辺境都市マルトというのは、不思議な場所なのかもしれない。
変わった者を次々と惹きつける奇妙な引力を持っている。
その最も中心にいるのだろうラウラ・ラトゥールという少女の奇妙さを考えると、その他についてもさもありなんという感じかもしれないが。
あの吸血鬼一族もなぜこんなところを拠点にしているのだろうな。
やっぱり目立ちたくないから、とかなのだろうか。
吸血鬼がまず第一に考えることはそれであるし、おかしくはないのだが……何もマルトじゃなくてもなとも思う。
考えても分かるようなことではないのだが。
「本来は俺みたいな田舎者が一旗揚げようと来るような街だからな……」
俺がしみじみそう言うと、ロレーヌは微妙な表情で、
「お前はお前でかなりの変わり者だけどな……」
と言ったのでそれもそうかと思った。
「そうそう、ロレーヌ」
「なんだ?」
「一応、研究は一段落したみたいだが、結局あの杯については何か分かったのか?」
「あぁ、それか。分かったと言えば分かったし、分からないと言えば分からないかな……」
「というと?」
「まず基本的な性能だが、面白いことが分かった。あの杯はやはり普通の杯ではなくてな。特定の淀んだ魔力を集める作用があるようだ」
「特定の淀んだ魔力っていうと……」
魔力の淀みにも色々ある。
属性的に偏りがあるとか、局所的に強力な魔力が使われたせいで瞬間的に一カ所に魔力が流入して混沌としてしまうとか、沢山の魔物が一カ所に集まったがゆえに魔力が竜巻のように混じり合って歪んでしまうとか。
しかし特定の、とロレーヌが言うからにはそういった魔力の淀み一般の話ではなく、何らかの性質を持った魔力の淀みのみのことを言っているのだろう。
俺の言葉にロレーヌは説明する。
「最も我々に馴染みのあるものだ。つまり、魔物を倒したとき、その場に現れる魔力の淀みだよ。それを一点に集める性質がある……ようなのだな」
「へぇ……面白そうだが、そんなことして何の意味があるんだ?」
「そこから先が、まだ分からないというか、実験できていないので断言できないところだが……大体想像はつく」
「どんな?」
「私はこの杯と同じようなことが出来る存在に心当たりがあってな。つまりそれと同じようなことを人工的に、しかもかなり効率よく起こすことが出来る道具なのではないか、と思ったのだ」
「それって、何だよ?」
「分からないか? 魔物を倒すと出現する魔力の淀み。誰のものとも定義されなくなった不安定な魔力を自らの身に集めることが出来る存在……」
ロレーヌの強い視線が俺に向けられる。
それで察した。
「……俺、か?」
「まぁ、そういうことだな。より正確に言えば魔物一般と言った方がいいのかもしれないが……。ただ、効率は大きく異なるが、魔物の力や魔力を、魔物を倒すことによって吸収できるのは人も同じだ。つまり、厳密に言うなら生き物の持つそういう性質を道具に押し込めた品、ということになるのだろう」
「ははぁ……なるほど。効果は分かった。だけど、それってどうやって使うんだ? 持っていれば魔物を倒したときの魔力の吸収効率が上がるとか?」
「それはまだ試していないからやってみなければ分からないが……そうだとすると面白いとは思う。一応、明日にはエーデルが下水道から小さめのスライムを数匹捕獲してきてくれる予定でな。それを使って実験してみようと考えている」
「……おい、まさかそのスライムに杯を持たせるつもりか?」
「そうだぞ。それで戦わせて、勝った方に魔力が流れ込むのか、流れ込むとしたら効率はどのくらいなのか、などを計測、観察してみようと考えている」
「……なぁ、俺、思ったんだが、魔物に効率よく魔力が流し込まれるってことは……《存在進化》しやすくなるってことじゃないか?」
「おぉ、よく察したな。もしもあの杯にそういう効果があるのであれば……そうなる可能性は高いな」
「危険じゃないか?」
「危険だとも。しかしいかなる実験であっても危険はつきものだぞ。恐れていては人類に進歩はないのだ」
そう断言されて、そういえばロレーヌは本質的にはマッドな錬金術師だったなと思い出す。
言っても無駄だ。
それに……まぁ、いくらちょっとあれだとは言え、最低限の安全策くらいは採っているだろう。
本当にヤバくなったら杯ごと完全滅失させるくらいのこともやるはずだ。
だから問題ない……よな?
明日の実験のことを考えてか、目が完全にいってしまっているロレーヌを見つつ、色々と不安になった俺だった。