第58話 新人冒険者レントと濡れ衣
「いくつか、理由はあります」
「いくつか?」
シェイラの言葉に、ロレーヌは首を傾げた。
ロレーヌとしては俺が目立つのはなんとなく分かっていて、その理由も想像していたが、複数あるとは思っていなかったのかもしれない。
シェイラは続ける。
「ええ、まずは、見た目ですね……。まぁ、これについてはさして問題はないのですが。ローブも仮面も全くいないわけではありませんし、もっと奇抜な格好の人も冒険者組合にはいますから」
これは事実だ。
俺はむしろ、目立たない格好を心がけていると言えるだろう。
ただ、仮面の装飾が骸骨だったり、ローブを深くかぶっていてもちらちら見える少し枯れた肌とか、そういうのを含めると不気味さは上位に入るかもしれないが。
ロレーヌもこれについては納得したようにうなずく。
「まぁ、そうだろうな。もっとひどい奴もいるし……そういえば、あいつは元気なのか? 全身虹色の服を着て頭にクジャクの羽のついた帽子を被っていた男は」
「……あぁ、オーグリーさんですか? あの人は……なんだか、風が呼んでいる、とか言って王都の方に行ってしまいましたよ。腕は確かだったんですが、相当な変り者でしたからね……冒険者組合が静かになったのでよかったかもしれません」
オーグリーは俺も知っている。
というか、結構仲は良かった方だ。
何度か話したこともあり、見た目と比べて思いのほか堅実でいい冒険者である。
ただ、一点問題があり、見た目がひたすら酷かった。
ロレーヌが言ったとおりの目がちかちかするその恰好。
魔物をむやみやたらに呼び寄せたいのかと尋ねたくなったことは一度や二度ではない。
魔物もあれで一応、生き物と言えなくもない存在であるため、ああいうちかちかした存在には目を引かれるのだ。
つまり、森にオーグリーを投げ込むと魔物が群がる。
だからあいつは俺と同じソロ冒険者だった。
あんなものと組みたい奴などこの世にいるはずがない。
あれと比べれば、俺の格好はむしろ普通なのだ。
しかし、王都に行ってしまったのか……。
冒険者は常に拠点を変え続ける、別れが日常的な職業とは言え、あんなのでも、いなくなるとなんだか寂しいものだ。
たまにソロ同士、その悲哀を語ったりもしたというのに。
……まぁそれはいいか。
シェイラは続ける。
「ともかく、レントさんは見た目はさほど問題ありません。が、登録してすぐに豚鬼を倒したり、銅級昇格試験で好成績を収めたりしてしまいましたから……。本当ならそれでも問題はないんですけど、ここ最近、新人冒険者の中に行方不明者が何人か出ていまして……」
シェイラの話の雲行きが徐々に怪しくなる。
豚鬼を倒したのも試験で成績が良かったのも本当の事だが、それだけでどうこういうほどのことでもない。
新人と言っても、それなりに腕のある奴が新人として登録することはよくあることだし、試験も所詮は銅級昇格試験だしな。
ただ、最後の、新人に行方不明者が出ているというのが……。
俺と何か関係があるのか?
話の続きを視線で促すと、シェイラは、
「犯人探しが行われてるんです。迷宮で魔物の手にかかった、という線が一番最初に浮かぶところですが、その場合は遅かれ早かれ遺品が誰かの手で見つけられます。けれど、今のところそういうことがない件が数件ありまして……」
迷宮で魔物に殺されると、その肉体は迷宮に吸収される、もしくは魔物によって食べられる。
そうなると、服や装備などが残るのである。
なぜか無機物は有機物に比べて、迷宮の吸収が遅いのだ。
それに加えて、冒険者組合の冒険者証は迷宮に吸収されないよう特殊な加工が施されている。
他の何が見つからないにしても、これだけはいつか必ず見つかる。
まぁ、一年かかるか十年かかるか百年かかるか、という場合もないわけではないが、新人の場合あまり迷宮の深い層に行かない関係もあって、比較的短い期間で見つかる。
つまり、迷宮で魔物にやられたとしても、遺品がこうまで見つからない事件が続くのは少しばかり不自然だ、というわけだ。
「もちろん、たまたま見つかってないというだけである可能性も低くないです。むしろそっちの可能性の方が高いでしょう。ただ、それにしては若干件数が多くて……大した根拠にはならないのですが、色々考えあわせると、おかしい、という話になってきています。それで、一つの可能性として、誰かが意図的に新人を狙っているのではないか、とか、さらっているのではないか、という話になってきてて……」
まぁ、分からないでもない話だ。
いつもより行方不明者が多く、遺品も見つからない。
多少の上下ならともかく、目につくくらいの件数になってきている。
これはもしかして、誰かがその新人の懐なり持ち物なりを狙ってそういうことをしているのではないか、と可能性の一つとして考えるのはいたって自然だ。
シェイラは続ける。
「ただ、新人と言っても冒険者です。そうそう簡単にどうこうできる存在ではありません。上位冒険者なら可能でしょうが、この街の銀級以上の冒険者の皆さんについてはあまり怪しいところが見られないのです」
「なるほど、話が読めてきたぞ。そんな中で極めつけに怪しく、そこそこ腕が立ちそうな奴がレントだと言うことだな?」
ロレーヌがそう推測を述べると、シェイラも頷いた。
「その通りです。付け加えるのなら、登録間もなく銅級昇格試験に合格してしまいましたからね……嫉妬ややっかみに、そういう噂を広げる人もいるようで……」
「しっとにやっかみ、か……」
俺はシェイラの言葉に何か、感慨深いものを感じた。
なにせ、そういうものは、俺にとって今まで向けられるものではなく、むしろ向けるものだったからだ。
もちろん、そんな理由で身に覚えのない罪を着せられかけているこの状況に腹立ちを感じないわけではないが、どことなく嬉しいような気もする。
あぁ、俺も嫉妬されるような腕になって来たのだなぁと。
そんなことを言えば、ロレーヌが苦々しい顔で、
「おい、レント。のんきなこと言ってる場合じゃないだろう。このままだとお前、いつ袋叩きに合うか分かったものではないぞ。流石に冒険者組合はそんな曖昧な理由でお前をどうこうすることは無いと思うが……」
言いながら少し自信がなかったのだろう。
シェイラに目を向けたロレーヌである。
シェイラはこのロレーヌの言葉に心外そうな顔をして、
「当たり前です。レントさんは確かに今の見た目はアレですが、しっかりと冒険者として働いてくれているんですよ。冒険者組合は冒険者組合の利益になる者を不当に扱ったりは致しません」
「……利益にならなければ普通に切り捨てるよと言っているようで怖いんだが……」
確かにそう聞こえなくもなかった。
冒険者組合のそういうところは、ふとしたところでたまに垣間見えるので若干怖いところがあるのは事実だ。
しかし、今の俺は全く冒険者組合に貢献していないということはない。
少なくとも美味しい食材である豚鬼をそれなりの数、定期的に狩って来て、しかもその場でしっかり処理をして持ってこれるのだ。
他の街ならともかく、マルトではそれが出来る冒険者は少ない。
狩るだけなら出来るやつもそこそこいるだろうが、魔物の肉は早めに処理しないと鮮度がどんどん落ちるからな……。
「ともかく、そういう訳ですから今のレントさんの立場は微妙です。ですから、よくよく気を付けてくださいね」




