第536話 山積みな課題と詠唱魔術
「……ッ!?」
突然、俺たちの方に何かが飛んできた。
これが矢や石などではなく、魔術であることを俺は魔力を感知してすぐに理解した。
剣に魔力を込め、直前に来たところでそれを切り、消滅させる。
魔術とて、放った後は世界に影響を与えるため、物理的な攻撃によって触れることの出来る存在になる。
しかし、その存在の維持には魔力が使われており、ただ切ったり叩いたりするだけではその魔力を完全に霧散させることが出来ない。
そのため、敵が魔術を放ってきて、それを消滅させたい、という時にはこちらも武器に魔力を込めた攻撃を放つことが必要になってくる。
それで無理矢理かき消すのだ。
もちろん、そういう、雑な方法によらずともそういったことが出来る者はいる。
例としては、あの王都に存在するジャン・ゼーベックの組織にいた、《魔賢》フアナだ。
彼女は魔術の構成の最も弱い場所を瞬時に見抜き、破壊することが出来る。
あれはつまり魔術にはある種、芯のようなものが存在しており、そこを正確に突けば消滅させることも出来るということだ。
そのことをフアナのような特殊な才能を持たずとも理解し、身につけている者も全くいないわけではない。
しかし当然のことながら、これは容易なことではない。
フアナのように完璧に魔術を消すことが出来るわけでもない。
高速度で飛んでくる魔術の芯を見抜き、そこを正確に突くなどということは、よほどの熟練者でなければ……。
加えて、失敗したらそのまま命中してしまうからリスクの面でも可能な限り取るべき選択肢ではない。
俺も一人だったら挑戦してみる気になるが、ここにはリブルがいる。
そんなことは出来ず、したがって確実な方法をとった、というわけだ。
「……レントさん! 大丈夫ですか!?」
遠くから放たれた火弾の魔術を俺がかき消したのを見て、リブルがそう言ってくる。
俺は頷き、
「問題ない。リブルは危険だから下がっていた方が良い。間違いなく魔術師がいるからな……」
いわゆる普通の骨人だけしかいなければ良かったのだが、どうもそんな簡単にことは進まないらしい。
近づいてくる気配には確かに強い魔力が感じられた。
と言っても勿論、ロレーヌほどというわけではなく、骨兵士程度よりは魔力があるな、というくらいに過ぎないが……。
しかし骨兵士よりも強い魔力を持つ骨人系の魔物、と言えばそれほど数は多くない。
俺に飛ばした魔術が命中したか確認しに来たのか、近づいてきたそれを見て、俺はやっぱりな、と思った。
そこにいたのは骨人の魔術師系統の魔物だったからだ。
普通の骨人と異なり、粗末な……というかもう襤褸切れとしかいいようがないローブを被っていて、手には木製の杖を持っている。
ローブのフードの中から覗く、鈍い光を放つ眼窩には知性の輝きが宿っているようにも見えた。
あれはいわゆる骨小魔術師と呼ばれる魔物だ。
骨人の魔術師系統、その最も低位に属する魔物だが……決して嘗めてかかっていい相手ではない。
魔術師、というのはロレーヌを見ても分かるが、その一撃で容易に人の命を刈り取ることが出来る攻撃力の高い存在だからだ。
所詮は骨人に過ぎない、と侮って命を落としていった冒険者を俺は何人も知っている……。
骨人にやられるのは冒険者にとって何よりも勘弁して欲しいことなのでみんなそれなりに気をつけるものだが、どこにでも増長する者というのはいるからな。
ちなみになぜ、冒険者が骨人にやられたくないか、といえば、死んだ後、かなり短い期間でその亡骸も骨人たちの仲間入りをする羽目になるからだ。
普通の人間であるならともかく、魔力や気などの素養を元々持っている冒険者は、そういった魔物になってしまうまでの期間が短い。
死んだ後、彼らの仲間になって助けるはずだった村や町を襲う、なんていうのはそれこそ死んでも避けたいことだろう。
だから絶対に骨人にはやられたくない、と思うものだ……。
俺のようになれることなんてまず、あり得ない話だからな。
しかも俺の場合、骨人にやられたわけでもないのに骨人になって困惑もひとしおだったが。
本当に運が良かったんだなぁと……いや、悪かったのかな……?
と改めて思う。
少なくとも、村や町を襲うような存在にならなくて良かった。
あとは人に戻るだけ、なのだがそれがとても難しいわけだが。
剣を構えつつ骨小魔術師と相対する。
一体ではなく、骨人はもう一体いた。
そちらは骨兵士で、骨小魔術師を守るように前衛にいる。
中々に考えているようだ。
倒すためにはまず、骨兵士の方をやる必要があるか……。
ただ、リブルに向かって魔術を放たせるわけにはいかない。
そのため骨小魔術師の注意を俺にまず、向かわせるため、魔法の袋から短剣を取り出し、骨小魔術師の方へと思い切り投擲する。
魔物としての力と、気によって強化された身体能力を存分に使った投擲だ。
もの凄い唸りを上げて短剣は骨小魔術師の方へと飛んでいく。
命中すれば一撃で倒すことも出来るかもしれない。
そう思ったが、やはり、そう簡単にいくはずもない。
短剣は骨小魔術師に届く直前で、骨兵士にたたき落とされてしまった。
次の瞬間、骨小魔術師が魔術の詠唱に入り、俺の方へと杖を向ける。
骨小魔術師の詠唱、と言うとなんだか変な感じがする。
彼らは声帯を持たない。
俺が骨人だったときのことを考えると分かりやすいだろう。
にもかかわらず、魔術には詠唱が必要らしく、何かを念じるように時間をかけるのだ。
ロレーヌに言わせると、魔術の詠唱は必ずしも発声が必要なものではなく、魔力に語りかけることが出来るのであれば思念でもってそれを行っても問題ない、ということだったが、人間の場合、出している声にこそ意味があると思って意識を引っ張られるので中々にやろうとしても難しい、ということらしい。
だが、それが正しいのは、究極的に無詠唱魔術を使えるようになることからも明らかで、あれはつまり、極限に短縮した詠唱魔術とも言えるらしい。
一瞬で思念の中で詠唱を完成させていると……。
分かるような分からないような話だが、そういうわけで骨小魔術師にも詠唱魔術が使えているわけだな。
そして、その詠唱時間は思念で行っているからか、かなり短く、骨兵士に短剣を弾かれて数秒も経たない中、俺に向かって次の魔術が放たれた。