第524話 山積みな課題と自己犠牲
「……馬車はここまでにしておいた方がいいんですよね」
リブルがそう言って止めたのはマルトから西へ進んだところにある一つの町だった。
ここが一番彼の村、クラスク村に近いらしい。
だが、ここからは歩いてクラスク村まで行かなければならない。
これはリブルの考えではなく、俺の提案だ。
元々クラスク村までは馬車一台くらい通れる道はあるというが、今はその辺りにも骨人が出現する可能性がある。
馬車と馬を失いたくないなら直接村まで乗り付けるのは止めた方が無難だ。
俺もリブルだけならともかく、馬車と馬まで守れる気はしない。
村の近くには村人の中でも若い男が監視に残っていると言うし、それを考えれば馬車はやはり置いておいた方が良い。
「村までは半日も歩けば着くんだろう?」
俺が尋ねると、リブルは頷いた。
「ええ、そうですけど……まさか今から向かうんですか?」
彼から依頼を受けたのが昨日、そして一日かけて野宿をしつつ、ここまで来た。
時間帯は昼を回ったあたりだ。
今から向かえばおそらく夕方になるだろうから、そこから骨人たちと戦うのはやめておいた方がいいだろう。
となると、今日はこの町で休み、それから……というのが常識的な選択だろうが……。
「あぁ、今から行く」
俺はその反対を取る。
リブルは驚いて、
「でも着いたところで辺りは暗くなってしまっていると思いますが……?」
それで戦えるの?
と言いたそうな顔をしているリブル。
まぁ、これに対する俺の答えははっきりしていて、戦える、と言える。
なぜなら俺の目は普通の人間……いや、生き物よりも遙かに夜目が利くからだ。
むしろ、夜の方が他の生き物たちがまごつく分、戦いやすいと言える。
ただ、今回は別にそうするつもりはない。
早く行く理由は別にあるのだ。
俺はそれをリブルに言う。
「村を監視している村の男達がいるんだろう? 早く行って、彼らの安全を確保しておかないとならないからな。まぁ、俺一人行ったところで、と思うかも知れないがこれで銅級冒険者だ。いないよりはマシなはずだ」
するとリブルは感動したらしく、
「……そこまでしていただけるなんて……! ありがとうございます。じゃあ、すぐに向かいましょう!」
と言ってきた。
「提案した俺が言うのもなんだが、リブルは体力の方は大丈夫か? 無理なら明日に回してもいいんだが……」
出来れば早めに着きたいが、無理することもない。
しかしリブルは首を横に振って、
「いえ、大丈夫です。安全なところにいた僕よりも、村のみんなの方が消耗しているでしょうから……早く行って安心させてあげたいですし」
疲れが全くない、というわけではないだろう。
だが、言葉通り、村まで行く程度の体力は十分にありそうだと判断して、俺は頷き、
「じゃあ、行くぞ」
そう言って二人、町を出た。
◆◇◆◇◆
「……あの辺りにいるはずですが……」
小さな村を見下ろす位置にある小高い丘。
その少し下辺りを指さして、リブルがそう言った。
町を出てからかなり時間が経ち、空は闇の帳が降りかけている。
夕日が世界を橙に照らし、どこか郷愁と恐怖を人の本能に訴えかけていた。
そんな中、リブルが示したあたりは村からは見えない位置であり、監視する際は丘に上って行うのだろう、と思われた。
静かに気配を隠して近づいていくと、確かにそこには五人の男が屯して座っているのが見える。
服はリブルと同様のボロであるし、顔は煤けていてかなり消耗しているのが見た目で分かる。
そんな彼らのうち一人が、近づいてくる俺たちの気配……というか、リブルの気配に気づいて、こちらを向いた。
リブルの顔を確認し、それから俺のことも目に入ったあと、安心したようにわずかに微笑んだのが見えた。
安心したらしい。
「……リブル。よく戻ってきたな……」
話せる距離まで近づくと、男達の中でも特に年配の男がリブルの肩を叩いてそう言った。
リブルは頷きながら言う。
「はい……しっかりと冒険者の方にも来てもらうことが出来ました。もう安心です」
促されて、俺も口を開いた。
「……銅級冒険者のレントです。今回の骨人の討伐依頼を受けてここに参りました」
「おぉ……私はクラスク村の村長のジリスと申します。それにしても……銅級ですか。よくいらしてくださいました。リブルがマルトに立ったあと、町の人間から聞いたのですが今、マルトでは冒険者が不足していると……あの金額では鉄級も厳しいかもしれないとも聞き、心配していたのです」
年配の男がそう言う。
ここで監視している、と言っても食料の調達やらで町には定期的に誰か向かっているのだろうな。
流石に森で自給自足し続けているわけでもあるまい。
ただ、情報が少し遅かったようだ。
だからこそリブルの持っていた依頼料は迷宮出現以前の基準に準拠するものだった、と。
そればかりでもないようで年配の男は続ける。
「本来でしたら、可能な限りの金額をかき集めたかったのですが……多くは村に残ったままでして。手持ちの金のほとんどを集めてもあれ以上は出せませんでした。それなのに来ていただいて……。ありがたいことです」
「リブルが大変、必死な様子でしたので……目に留まったのです。討伐に当たっても全力を尽くさせていただきます。どうぞ、ご安心を」
「礼儀もしっかりされていらっしゃる……リブル、本当にいい冒険者を連れてきてくれたな。お前も疲れただろう。まずは休むといい。レント殿も……それとも今すぐに討伐を?」
「いえ……今はもう日が落ちかけていますから。不死者は夜目が利きますので、不利になるでしょう。討伐については明日の朝から昼にかけて行うつもりです」
俺は特に夜目がよく利くので問題ないが、打ち漏らしがここにいる村人達に向かっても困るしな。
彼らが逃げられる程度の視界が得られる時間帯の方がいいだろうというのもある。
「そうですか。そのときは私たちも加勢いたします」
ジリスはそう言うが、俺はこれには首を横に振った。
「いえ……基本的には私一人で行いますので」
そう言うと、ジリス以外の村人達が乗り出してきて、
「しかし……私たちの村です! 私たちも何かさせていただかなければ……!」
と言ってくる。
別に無理な要求をしたい、というわけではなく、盾にでも何にでも使って欲しい、という自己犠牲に近い感覚で言っているようなのは彼らの表情から理解できた。
けれど俺はここにいる全員にしっかりと生き残ってもらうつもりだ。
だから出来れば彼らにはここで見守ってて欲しかったのだが……この感じだと納得しなさそうだな。
何か考えないとならなそうだ……。