第523話 山積みな課題と依頼受注
「……僕が住んでいる村は……いや。住んでいた村、ですね……そこは、何もないけど平和で、穏やかな村でした……」
リブルの話はそんな話から始まった。
◆◇◆◇◆
本当に何もない村ではあったが、それでも極端に貧しいと言うことはなく、冬場や不作のときを乗り越えるための蓄えも計画的に行っており、代わり映えはしないが幸せな生活のある村だったという。
人口も百人もおらず、小さな家屋が数十軒連なっている程度だが、それでもやっていけたのは魔物の出現が比較的少ない地域だったためだという。
「……ちなみにその村ってどの辺だ?」
「クラスク村はマルトから西に向かって一日で着きます。ネリス川沿いで……あぁ、この辺りですね」
俺が途中で地図を広げて見せると、リブルは頷いて一点を示した。
マルト近くの村や町はだいたい頭に入っているのだが、このクラスク村について、俺は聞いたことがなかった。
「あんまり聞かない村だな? 俺もこの辺りの村の地理なんかは定期的に確認するようにしてるんだが……」
「……マルトに村の人間が来ることがそもそもほとんどありませんでしたし、村の作物や特産品は行商人の方に全て取引を任せていましたから、知っている人がほとんどいないのかもしれません。村の中で全て事足りてしまっていたので……なんというか、交流もあんまりなくて……近くの町との間に少しあるくらいでした」
「なるほどな……」
閉鎖的な村、ということかな。
そういうことなら俺が知らなくても仕方がないというか、誰の口にも上らない村の場所までは流石に仕入れようがない。
しかし、マルトにかなり近い立地なのに、本当に意外だ。
確かにその辺りならマルトよりも近い町があるから、それ以上遠出しようとしなかったというのは理解できるが……。
まぁ、存在すら現地の人間しか知らないような村、というのは少なからずある。
町ほどの規模になればその存在は隠しようがないが、森の奥にある村ではな……。
ただ、今回知ることが出来たのは良かった。
もしもこの辺りに何かの用事があって行くことになったら、休憩できる場所として頭の中に入れておくことにしよう。
「しかし、そんな状態でよく行商人に買いたたかれなかったな? 蓄えに心配が少ないと言うことは、そこそこ対等に取引をしてもらえてるってことだろう?」
そういう小さな村、というのは行商人との間に知識的な格差が存在するため、不当な値段などの不利な条件での契約を呑ませられやすいものだ。
他に来るような商人もいない以上、そんなやり方でも独占できてしまうというのもある。 そういう村をいくつも抱えることの出来た運の良い行商人はいずれ金を貯め込み、そして商会を構えられるようになっていく……。
褒められたやり口ではないが、世の中は世知辛いものである。
知らないこと、知ろうとしないことが悪い、というわけだな。
やろうと思えば町に出て、適正な基準を知り、行商人と交渉するなり、自ら大きな町へ行って売るなり出来るのだから。
それにしても、リブルの村のような状態ならそうなってしまうのが大半なのに、今まで豊かとまでは言わないまでも満ち足りた生活を送ってきたようなのが意外だった。
俺の質問はそういう意味だ。
これにリブルは、
「来てくれている行商人の方が非常に誠実な方なのです。僕たちもそこまで馬鹿ではありませんから、取引の金額や条件については町での商品の売値なんかも調べた上で色々相談しました。そういうことを鑑みても、僕たち村の人間にかなり有利な条件で取引してくれていることが分かったので………」
「へぇ、そりゃ運が良いな」
まぁ、世の中にはそういう、馬鹿正直な人間もたまにはいる。
だからこそ冒険者組合にだって銅貨一枚の依頼が張られることもあるわけだ。
「それで……そんな村に魔物が……。骨人だったか?」
「ええ。僕が見たのは骨人でした。最初は一体だけだったので、村の有志で武器……というか農具を手に取ってなんとか倒したのですが、その後、もっと数がいることが分かって……気づいたときには手遅れでした。最後に見たのは五体でしたが……流石にそれだけの数となると村人だけでは相手にならないので……村を放棄することに……今は、女子供は近くの町や村に分散して逃げてもらっています。男連中は、村を遠くから監視していて……」
ありがちな話だ。
魔物というのは一体見たら複数体の存在を疑うべき種というのが結構いる。
ゴブリンなんかはその典型だ。
そして骨人もそうだ。
迷宮でならまた事情が異なるのだが、外にいる場合はそういうことになる。
というのも、ゴブリンは群れを作って増えていくものだし、骨人は不死者……つまり、彼らが生まれやすい条件が整ったが故にそこに出現している存在だ。
だから、一体生まれている、ということは他に何体も生まれている可能性が高いわけだ。
どういう理由でかは見てみないと分からないが、リブルの村の周辺のどこかで、そういう環境が整ってしまったのだろう。
一体目を見つけた時点で冒険者組合に依頼しておくべきだっただろうな、と思う。
それでも被害が大きくなる前に村を捨てたのは英断だろうな。
多くの場合、村を捨てる判断がつかずに、村人一丸となって立ち向かって、皆殺しに、なんてことになるのが普通だからだ。
魔物の恐ろしさというものは村人も分かっているのだが、それでも自分たちの先祖伝来の土地を捨てられない。
人間の行動は理屈ではないと言うことだ。
そういう例に比べれば、リブル達は極めて賢い。
女子供を逃がしたこともだ。
最悪、逃がした先に居着いて、そこの住人となることまで見越しているのだろう。
男については……やはり村への未練だろうな。
リブルはそんな村人を代表して最後の望みをかけて冒険者組合に来たと言うことだろう。
まぁ、これで大事なことは大体聞いたか。
村に出現した骨人数体の討伐。
ただし問題は他にもいる可能性があること。
根元を調べて断つ必要がある。
無理な場合は応援を呼ぶことも頭に置いておいた方が良いだろう……。
今の冒険者組合は忙しそうでそれも簡単ではないだろうが、俺にはロレーヌがいるからな。
どうしようもなければ頼むことも出来る。
そこまで考えて、俺はリブルに言った。
「……よし、分かった。リブル、あんたの依頼を引き受けるよ」
と。