第522話 山積みな課題とついていない日
「……騒がしいみたいだが、何かあったのか?」
俺は何食わぬ顔でシェイラと青年の二人に向かってそう、話しかけた。
「レントさん……」
シェイラはそれで俺が聞き耳を立てていただろうと言うことを察したようだ。
青年の方は怪訝そうに振り返ったが、骸骨仮面にローブ、という俺の格好を見て、
「貴方は……冒険者の方ですか? でしたらどうか、僕の話を聞いてください!」
そう言った。
……こんな見た目の俺を即座に冒険者だと察知できるその眼力は大したものだと思う。
いや、冒険者組合にこんなのがいたら冒険者以外の何者でもないか。
仮面を被っている冒険者はそれなりにいるものだしな。
しかし随分と必死な様子だ。
そんな青年にシェイラは、
「リブルさん……冒険者には基本的に自ら依頼を決める権利があります。無理強いはしないでくださいね」
そう言って宥めた。
俺が自分から近づいたのでなければシェイラはもっとはっきりと止めただろう。
しかし、なんとなく事情を理解して俺が近づいてきた、ということを分かっているためこの程度で済ませたのだ。
依頼者は冒険者にとって必要不可欠な存在だが、何でもかんでも言うことを聞かせられるわけじゃないし、どんな依頼でも押しつけられるわけでもない。
だから依頼者は冒険者に無理強いしてはならない、というのが基本だ。
そのため冒険者組合はある程度冒険者を依頼者からも守る。
ある程度、というのは限界があるし、また事情もそれぞれあるからな。
うやむやになることも少なくないということだ。
ある意味、冒険者組合らしい対応だ。
とはいえ、このマルトの冒険者組合はその辺り誠実な方である。
ウルフが組合長だからなのだろう。
ありがたい上司がいて俺は嬉しい限りだ。
たまにおかしな仕事さえ回されなければの話だがな。
さて、それよりシェイラにリブルと呼ばれた青年の話だ。
「……まぁ、俺もたった今暇になったところだ。なにせ、受けたかった依頼が全部先に取られてしまったからな……かといって何も依頼を受けないというのも微妙だなと思ってたところだ。話くらいなら聞いても構わないぞ」
俺がリブルにそう言うと、彼は切羽詰まっていた表情を少しばかり緩和させ、口元をわずかに綻ばせて、
「ほ、本当ですか……!? ありがとう! 助かります……!」
そう言ったのだった。
◆◇◆◇◆
場所を移して、冒険者組合併設の酒場のテーブルにつく。
メンバーは俺と青年リブルだ。
シェイラは「依頼を受けられるんでしたらすぐに呼んでくださいね!」と言って別の仕事に手を付け始めた。
今日の彼女の業務は基本的に受付のようだったので、本来なら他に業務はあまりないのが以前までのマルトでの“普通”であったのだが、今のマルトだとその理屈は通用しないらしい。
やらなければならない仕事が山積みらしく、部署を問わず手透きのものが手を付けるべき仕事がその辺に大量に転がっているらしい。
ウルフが俺の手を借りようとするわけだ……。
そういえば、先ほど見たシェイラの目元にはクマが見えたような……。
あんまり突き詰めて考えると俺も結局手伝う羽目になりそうなのでこれについては今は忘れることにしよう。
願わくば冒険者組合職員に近いうちに休みが与えられますように……。
「ところで、リブル……といったか。どんな依頼をしようとしてたんだ? シェイラ……職員から断られてたっていうか、誰も受けないとか言われてたみたいだが」
詳細については聞いていないので、まずはそこから、ということになる。
これにリブルは苦笑して、
「あぁ、そこから聞いてたんですね……はい。確かにそういう風に言われてしまって。僕が頼もうとしていたのは、村の周囲に出現した骨人の討伐依頼で、すぐに誰か受けてくれると思っていたのですが、期待が外れてしまいました……」
そう言った。
骨人。
この時点で俺の心はちょっと動く。
というのも剣の試し切りの相手にちょうど良いからだ。
聖気を注いだ剣で切ったらどうなるのか、知ることが出来る良い機会だ。
普通に何の効果もなかったら嫌だが……まぁ、そのときは何も意味がないと知れたということで納得するしかあるまい。
ともあれ、リブルの話は俺にとって、試し切りと依頼受注の両方を満たせる良さげな話に聞こえた。
ただ、他の冒険者にとっては全くそうではないのだろうということもこれで分かった。
骨人なんて獲物として全く美味しくない相手だからだ。
《水月の迷宮》にも出現する低級魔物であり、とれる素材は魔石と少し丈夫な骨くらいなもの。
それを倒しにあえて近くにある《水月の迷宮》ではないどこかへと遠出しなければならない理由はない。
それでも以前……このマルトに迷宮が出来る前なら受ける者はいただろう。
大幅な黒字にはならないまでも、依頼による報酬がもらえるならただ骨人を倒して素材を売り払うよりもずっと実入りがいい。
あまり級が高くないなら、十分に受けるに値する依頼だ。
しかし、今のマルトでは……。
低級冒険者でも《塔》や《学院》が好待遇で雇ってしまっている。
その状況では今までの報酬程度では中々人が集まらないだろう、というわけだ。
ずっとそんなことが続くとは思えないが、今のマルトは冒険者にとって軽いバブルのようなところがある。
結果、リブルの依頼は見向きもされなさそうな状態に陥ってしまった、というわけだ。
「まぁ……運が悪かったな。そういう日もあるさ。俺だって今日は似たようなもんだ。さっき、受けたい依頼を二連続で他の冒険者に取られてしまった……いつもならそんなことなんて滅多にないのに。ついてない日はついてないのが人生だ……」
「なるほどそんなものなのかもしれませんね……」
お互い顔を見合わせて、ずーん、とした感じになる。
しかし、俺は顔を上げて、
「まぁ、ついてない者同士、今日出会ったのは何かの縁だ。そう思ったからあんたの話を聞こうと思った。だから、必ずしも悪いことばっかりじゃないさ」
「そういうことだったのですか……。なら……貴方の……」
「レントだ」
「レントさんの不幸に感謝しないとなりませんね。依頼を受けていただけるかどうかは分かりませんが」
「それは内容次第だ。ただ骨人の討伐、と言われても判断できないからな。詳しい話を聞かせてくれ」
「はい」
そして、彼は詳細を話し出す。




