第521話 山積みな課題と煽り
次の日。
俺は冒険者組合に来ていた。
理由は簡単だ。
昨日、クロープに剣を納品してもらったので、その試し切りのために《水月の迷宮》に行く予定なのだ。
ただ、何も依頼を受けずに行くのもあれというか、時間の有効活用のために何か手頃な依頼はないものかと思って探しに来た。
試し切りついでに金稼ぎである。
なんだかこういう貧乏性の性格はいつまで経っても変わらないな……。
「……スライムの粘液二リットルの納品……骨人の魔石を三つ……まぁ、この辺りかな」
水月の迷宮に出現する魔物は皆、低級のものに過ぎない。
スライム、骨人、それにゴブリンとか……。
他にもいくつかいるが、代表的なのはそれらだな。
そして人間だった頃の俺が飯を食えていたのもそいつらのお陰である。
ある種恩人みたいなもので、そういう奴らを剣の露落としに向かうのはなんだか罰当たりなような気も一瞬しないでもない。
だが、こればっかりは仕方がない。
冒険者とはそういう職業だからな……それに放置して増えすぎても問題だし。
ゴブリンなんかは場所によってはまともに人間と交流を持っていたりするものもいるが、迷宮に出現するものはほぼ全て、人を襲うものだけだ。
慈悲をかけてやる必要はない。
その中に俺みたいなのがいたら気の毒だが……。
実際どうなんだろうな。
俺がかつて倒したことがある魔物の中に、俺のような存在はいたのだろうか。
考えるとなんだか陰鬱とした気分になってくる話だ。
これについてはこれ以上は止めておくことにする。
「それで依頼を、っと……あ」
どちらでもいいからとスライムの粘液採取の方の依頼を取ろうとしていたら、他の冒険者にさっと取られてしまう。
「……悪いな」
「いや……」
取った時点では気づかなかったようだが、振り返って俺が手を伸ばしたことに気づいたらしい冒険者に謝られる。
ただし、依頼を譲ってくれるつもりはないようで、そのままそそくさと受付まで行ってしまった。
こうなったら仕方がない。
どこか同族意識が強くて積極的に金にする気が起きなかった骨人の依頼の方にするか……。
そう思って再度、俺は依頼票に手を伸ばしたのだが、
「……え」
「あ、ごめんなさいね、お兄さん……でも、これは私たちが受けるから」
「あ、ああ……」
今度は三人組の女性パーティーにそれを取られた。
見ない顔だったのでちらっと確認してみると身につけているものから《学院》の生徒らしいと分かる。
彼らは迷宮の調査のために来ているため、冒険者が本職というわけではないのだろうが、この街で生活の拠点を作っているために、冒険者としても依頼を受けている者が少なくないのだろう。
そもそも《学院》の生徒の少なくない数が在学中に冒険者として登録し、依頼に出るものだと聞くしな……。
金のため、というよりは経験を積むために。
その性質上、魔術を扱えるものしかいないためにそれなりに有用らしい。
冒険者組合としてもある程度は歓迎しているようだ。
とはいえ、それでも本職の冒険者よりは色々な部分が劣る。
だからこそ、《学院》の人々は迷宮探索にあたって、この街の冒険者を雇っているわけだ。 女性パーティーはそしてこちらを振り返りもせずに立ち去り、やはり受付へ向かっていった。
狙っていた依頼をすべて取られてしまった俺は途方に暮れる。
今日の目的はあくまでも魔物相手の試し切りだったためにそんなに必死になって依頼を探す必要もないだろうと遅めの時間に家を出てしまったのが徒になった。
今、依頼掲示板に残っている依頼は数が少なく、そしていずれも俺の希望に合致しないものばかりだ……。
たとえば、《ギスト峡谷の崖の上にしか生えない花をとってきてほしい》とか言われてもな、という感じだ。
魔物は確かに色々出現するが、あそこは確か場所柄、空を飛ぶ魔物が多かった記憶がある。
そして俺が試したい骨人は出現しないのだ。
そもそもこの国の国土には不死者は出現しにくいからな。
理由は王城で聞いたが、あれをすんなり信じられるほどにそういう傾向がある。
流石に迷宮の中についてはその限りではないので《水月の迷宮》には普通に出現するんだろうが。
しかし、絶対に出ない、というわけでもない。
それについてはあの王女殿下も言っていた。
実際に俺も迷宮の外で不死者に遭遇したことは普通にあるからな。
たとえば、俺の故郷、ハトハラーに行く途中の森の中から腐肉歩きが出現したときのように。
あの辺りに行ってみるか?
いや、でもあそこの奴らは結局全て消滅させてしまったから、行ったところでな……しかも遠い。
やっぱり迷宮か……何も依頼を受けないというのはやっぱり貧乏性の俺にとってはなんだかもったいないな、と思ってしまう話だがこればっかりは仕方がないかな……。
そう思ったところで、
「……そんな。どうして無理なのですか!? 以前はこの金額で問題なかったと聞いたのに……! これ以上はどうやっても……」
受付の方からそんな声が聞こえた。
振り返って見てみると、そこにはシェイラと、そして彼女に懇願するように何かを言っている一人の青年の姿があった。
青年の方はかなり多くの怪我が見え、服も破れているようだった。
何かにやられたのだろう。
気になって、しばらく話を立ち聞きしていると、シェイラが青年に言う。
「それはその通りなのですが……あくまでこの街に迷宮が出来る前までなら、の話です。今、マルトの冒険者はかなり引く手あまたというか、《塔》や《学院》の依頼に出てしまっている状況で、この金額ですと、おそらく受ける冒険者はいないのではないかと……もちろん、依頼自体は問題なく受理しますが、受ける人が出ない可能性は飲み込んでいただく必要が……」
かなり心苦しいようだ、というのがシェイラの口調で理解できる。
マルトは田舎だ。
冒険者の数がそこまで多くはない。
にもかかわらず、多くの冒険者が必要とされる状況が突然に出現した。
ようは需要過多であり、数が足りていないのだ。
今、冒険者組合はかなり閑散としているが、それは大半の冒険者がすでに依頼に出てしまっているためだ。
迷宮が出来る前は、冒険者組合の中で飲んだくれている冒険者なんかもちらほらいたのに。
そんな状況の煽りを直接受けてしまうのが、あまり高額の依頼料を出せない依頼主、というわけで……。
あの青年はそういう人物なのだろうな、と想像がつく。
放置しても良いのだが……やっぱり。
こういうのはタイミングだろう。
俺は運悪くすべての依頼をとられてしまったわけだし、お互い運が悪い者同士、傷をなめ合うのも悪くはない……。
そう思って、俺はシェイラと青年の方へと歩き出した。