第520話 山積みな課題とよき鍛冶師
「……ところで、剣の方は無事か?」
俺が剣の効果をしっかり確認した後、改めてクロープが気になったようでそう尋ねて来た。
彼からしてみれば剣が果たして俺の力に耐えられたかどうかが最も重要なことなのは勿論だろうが、その前に俺にとってはこの剣で一体どんなことが出来るか、の方が大事なことだ。
しかし、たった今まで、そのことを尋ねようとしなかったのは……使い手である俺の気持ちを優先し、気を遣った鍛冶師としての欲求は抑えてくれたということだろう。
けれど、剣の効果の確認を一通り終え、一段落した今に至ってはそんな必要がないからじっとりとした視線で見つつ、尋ねてきたわけだ。
俺は改めて自分の剣の状態を確認し、クロープに答える。
「……見かけ上は、特に問題はないようだ」
少なくとも今までクロープに借りたり、他の鍛冶師から仕入れた品で聖魔気融合術を使用したときのような、今後もう二度とこの剣は使えないな、と思ってしまうような致命的な傷は存在しないように見える。
けれど、俺から見てそうだとしても、本職の鍛冶師から見てもそうだとは限らない。
聖魔気融合術を使ったときの負担によって、たとえば内部に罅が走っていたり、剣自体の耐久性が極度に低下している、ということは考えられないではないからだ。
その辺の数打ち程度であれば俺でもある程度、品質について分かることもあるが、今回俺が使った剣は言わずもがな、クロープが全身全霊を込めて作り上げた、おそらくは魔剣に近いほどの品である。
そんなものについて、正確な品質の見極めなど俺には出来るわけもなかった。
だから、それこそ本職にしっかりと確認してもらうべく、剣をクロープに改めて手渡す。
クロープはそれをしっかりと受け取り、柄を見て、刀身を覗き、そして振ったり軽く叩いたりしながら作りに不具合はないか時間をかけて丁寧に確認した。
その結果……。
「……どうやら、本当に問題ねぇようだな」
そう俺に告げる。
「ということは……聖魔気融合術に耐える剣が出来た、ってことでいいんだな?」
だとすれば、極めて喜ばしいことだ。
今までは一度使ったらもう二度と使えないという覚悟をして、最後の切り札に使ってきたのだ。
もし、二度でも三度でもいいから、複数回使うことが出来たのなら、俺の戦闘にはかなりのバリエーションが出てくる。
つまり、勝ちを拾いやすくなるというか、圧倒的な負けに瀕することが少なくなる。
俺は潰されようとも容易に死にはしないわけで、ギリギリ生きていられるような戦いを演じられる可能性が増えるのは、極めてありがたいことなのだ。
俺の質問にクロープは、
「あぁ……とはいっても、どのくらいの回数、耐えられるかは、はっきりとは分からないがな。何せ、聖魔気融合術、なんて奇妙なもん使う奴は俺が知る限りお前くらいしかいねぇ。他に使い手がいりゃ、もっと試行錯誤も出来るんだろうが……こればっかりはなぁ。全部持ちなんて珍しい奴は、俺の知り合いにはお前しかいねぇからよ。悪ぃな」
クロープは申し訳なさそうにそう謝ってくる。
鍛冶師として実にまっすぐな男だが、悪いのはどう考えても俺の方だ。
「そんなの全然……こんなおかしな体質の冒険者に根気よく付き合ってくれる鍛冶師なんてあんたくらいしかいないんだ。謝る必要なんてないさ」
それは正直な気持ちだった。
彼がいなければ、俺は武器を手に入れることすらも苦労していたことは想像に難くないから。
「そうか? お前みたいなおかしな奴が客に来たら、面白がって情熱を注ぐような奴は何人も頭に浮かぶぜ。そしてそいつは、お前という人間に俺みたいな奴を引きつける何かがあるからだろうよ。だから気にすることなんか何にもねぇんだ。もしそれでも気が引けるって言うんなら、むしろ、どんどん面白い仕事を俺に持ってこい。いくらでも引き受けてやるからよ」
頼もしい台詞だった。
こんな体になった俺にとって、気兼ねなく鍛冶仕事を頼める相手は本当に限られる。
吸血鬼もどきとなり、見かけ上はほとんど人間と異ならなくなったとはいえ、いつ、どんなきっかけで俺が魔物だと露見しないとも限らない。
そういう場合に、俺を官憲に突き出さない、もしくは官憲に突き出されたとしても、もうそれはそれで諦めがつく、と思えるような相手などほとんどいないのだ。
クロープは俺がそんな風に思える、数少ない人物の一人だ。
出来ることなら何か、返せるものがあれば返したいものだが……。
俺はそんなことを思いつつ、クロープに言う。
「そう言ってもらえると嬉しいが、俺はあんたに何も恩を返せてない。もし出来ることがあれば、いつでも何でも言ってくれ。珍しい素材を狩ってきてくれ、とか、そういうことならいくらでも出るからさ」
本当に心からそう思っての言葉だった。
しかし、これにクロープは首を横に振って、
「お前がそんなこと気にする必要はねぇんだよ。お前はただ、俺に武具を作らせてくれりゃ、それでいいんだ……。まぁ、なんか頼むってのは絶対にないとは言えねぇからありがたく申し出は受けさせてもらうがな。後で俺が取り立てに行ったとき、忘れてたとか言うなよ?」
と、軽口を言う。
俺はそれに笑って答える。
「あんたが困ってるなら、そのときどんなに忙しくとも時間を作って御用聞きに来るさ。あんたも、大したことじゃないな、とか思って遠慮するんじゃないぞ?」
「俺がそんなみみっちい遠慮するような人間に見えるか? そんときゃ、せいぜい盛大に恩着せがましく頼んでやるぜ。だから覚悟しておけ」
そう言ったのだった。
◆◇◆◇◆
しばらくの間、雑談したあと、レントがほくほく顔で剣を手に帰宅してから、鍛冶屋《三叉の銛》にクロープの妻であるルカが鍛冶師組合から帰ってくる。
「今帰ったわ、貴方……」
「おう、遅かったな。心配したぜ……何だ、妙な顔だな。何かあったか?」
いつも微笑みを浮かべている妻にしては妙に深刻そうな表情をしていることに気づき、クロープは首を傾げてそう尋ねる。
これにルカは、
「……貴方、これ……」
そう言って、一枚の手紙を差し出した。
クロープはそれを受け取り、封を切って中の手紙を熟読する。
そして読み終えて、
「……どうやら早速、レントに頼まなきゃいけねぇみたいだな……あんな言い方した手前、話しにくいが……ちょうど良いかもしれねぇ」
そう言って頷いたのだった。