第518話 山積みな課題と手を伸ばした先の運命
基本的な使い方は概ね分かった。
残るは魔気融合術と聖魔気融合術、だな。
どちらも剣に負担をかける代わりに切り札となり得る大きな破壊力を得られる技術である。
これらがあればこそ、俺は今まで少しばかり厳しいかもしれない、という相手にもなんとか勝ててきた。
それに加えて何度かは死ねるこの体をもってすれば、自分より格上の相手でも少なくとも即死はしない程度に対抗することが出来る。
もしも全然駄目だ、というときでも最悪、死んだふり戦法というのも出来るのは非常に気が楽だ。
本当に最悪の最悪、という場合にはわざわざ戦わずに死んだふりをしてしばらくしたら逃げるとかもありだしな。
無理をして立ち向かっていかなければならないときが男にはあるものだが、そうでない限りは無理そうだなと思ったらすぐに逃げるのが俺のモットーである。
命あっての物種なのだ。
「じゃあ、次行ってみるか」
クロープが再度、試し切り人形を用意して下がり、そう言ったところで俺は頷いて自らの剣に魔力と気を同時に注ぎ始めた。
何度となく繰り返した行為だが、それでもやはり、何度やってもそう簡単には入っていかない。
まるで破裂しそうな革袋に水を無理矢理詰め込んでいっているかのような圧迫感を感じるのだ。
だからこそ、剣が対象に触れたとき、命中した部分が破裂するのかもしれなかった。
今では破裂させる、というやり方だけでなく剣の表面に魔力と気の両方を薄く張り巡らせ、魔力か気を単体で注いだときよりも切れ味を増加させる、という使い方も出来るようになっているが、なんにせよどちらも持続時間はかなり短い。
これからも精進あるのみ、といったところだろう。
そんなことを考えつつ、剣に魔力と気を完全に注ぎ込めたところで剣を見てみれば、剣の硬度は増し、そして土や砂を操れる感覚も同時にあるのが理解出来た。
気単体では硬度が増し、魔力を注げば土砂を操ることが出来る。
そういう剣なのだから、両方の力を同時に注げばそうなるというのはある意味予想通りであった。
ただ、それぞれの力を単体で使ったときと異なるのは、どちらの効果も単体で使ったときより増している感じがすることだろう。
実際にその状態で人形を切りつけてみれば切断面は極めて滑らかになり、そして土砂を操ってみればその操れる土砂の総量はかなり多く、かつ流麗に扱えることも分かった。
更に魔力と気の注ぎ方を少し変え、再度人形を切りつけてみれば爆発させる効果もしっかりと生じた。
つまりは概ね、今までの効力の延長線上のもので、しかもそれぞれを強化した状態を維持できる感じなのだろう。
これならばずっとこの状態で戦えれば一番良さそうだ、すぐにそう思ったが、物事というのはそんなに簡単に運ばないものなのが世の常である。
というのは、魔気融合術を持続するにつれ、疲労感は等比級数的に増えていったのだ。
具体的に言うなら、十秒程度なら全力でダッシュしたくらいで済むが、三十秒も維持していると立ち上がることすらもしばらく出来ないほどになった。
「……使い勝手悪すぎだろ、これ……」
少なくとも、一般的な剣で魔気融合術を使ったときは疲労こそすれ、ここまでではなかった。
やはり、剣に硬化と土砂操作の効力を同時に発生させ続け、かつ剣の性能を上昇させている、という状態を維持し続けるというのが相当な負担になってしまっているのだろう。
三十秒を超え、それでもずっと使い続けたら、剣そのものが壊れる前に俺自身が壊れてしまうかもしれない。
不死者である俺ですらこれなのだ。
普通の人間が使ったら干からびるんじゃないか?
そう思ってしまうくらいに危険な剣だった。
地面に手足を大きく開いて倒れ込むように寝転んで疲労回復に励む俺を見下ろしながら、クロープが心配そうに言う。
「……大丈夫か?」
「……まぁ、疲れただけだからな。別に体のどこかに問題が生じてるわけじゃない」
「そうか……魔剣の類には、人に何か代償を求めつつ、剣自体の効力を強化していくやばいやつも少なくないからな。それがそういう剣じゃないかと心配したぜ」
確かに世の中にはそういう剣はそれなりにある。
「……参考までに、クロープが思うやばい魔剣って、例えばどんなだ?」
鍛冶師から見て危険な剣とは、と、ふと気になって尋ねた俺に、クロープは少し考えてから答えた。
「……そうだな。わかりやすいのだと寿命を削る系だな。使えば使うほどに命が削られる。その代わり、死が近づくにつれて剣の力はどんどん上昇していく……そして持ち主は狂気に駆られて敵と味方が分からなくなっていくとか……俺が以前、見たことある珍しいのだと、手に持つと柄の部分から針みたいなのが無数に出てきて、持ち主の手をグサリと突き抜く。そしてその針部分から持ち主の血を吸って剣の能力を強化するとかいうのもあったな。まぁ、いずれにせよろくなもんじゃねぇと思うが、強力な剣なのは間違いない。そしてそういう武器は色んな持ち主の手を転々としていって、有名になっていくもんだ。今言ったやつなんかは聞いたことくらいあるだろ?」
確かにどちらも聞いたことがある。
冒険者仲間の間じゃ、酒のつまみに聞くような話だ。
手に入れれば栄光を得られるかも知れないが、破滅の運命も同時に内包する魔剣たち。
持ち主の名前も語られることはあるが、多くが短い期間で変わっていく。
たまに長期間所持し続けている者がいれば、それこそ英雄として語られる。
だが、そんな英雄たちにも最期には大抵、非業の運命が待ち受けているものだ。
それを冒険者は吟遊詩人たちが謳う物語の中で知っていく。
自業自得だとか、俺ならそいつよりもっとうまく使えたはずだとか、そんなことを言い合いながら。
それでも魔剣を欲しがる冒険者は後を絶たない。
理由は簡単だ。
つまり、ただの……いや、未来の見えない銅級冒険者だった頃の俺みたいな話だ。
いつまでも夢を諦められずに、ただひたすらに手を伸ばして、その先に絶望があっても更に伸ばさずにはいられない。
そんな冒険者がいつの時代だって少なくない数、いる。
そして本当にそれを掴んでしまう者もそれなりに、いる。
だからこそ詩が残る。
成り上がりと、その先に転がる破滅の詩が。
物語の終わりと共に誰かの墓標代わりに突き立った剣は、そしていつか他の誰かが引き抜き、継いでいく。
破滅の運命と共に。
俺のこの剣もそういうものと同じなのだろうか?
俺が不死者でなければ……。
分からない。
ただ、今の俺にとってはかなり頼りになりそうな相棒なのは確かだ。
必ず使いこなして……それが詩にでも残ったら面白いのにな。
そう思った。