第517話 山積みな課題と謎の効果
次に聖気だな。
俺は頭を切り替えて剣に聖気を注ぐ。
見た目上は……なんだか刀身がもやもやとした青い炎を纏ったような、そんな感じになった。
ただ……。
「……おい、もう聖気流してるのか?」
クロープが剣を構える俺を見てそう聞いてきたのは、彼には俺からは明らかに視認できるこの炎が見えていないからだろう。
理由として考えられるのは……やはり、この炎が聖気によるものだから、ということだろうか。
改めて思い出したくもない記憶を無理矢理思い出してみるに、狂気の吸血鬼狩りニヴ・マリスが俺に浴びせてくれた聖炎も、聖気を持たない者には見えなかった。
つまり、この剣が今纏う炎もまた、それと同様ではないか。
もちろん、俺は以前、聖気の基本的技術を学んだ際に、聖気を持たない者にも聖気を可視化する方法も一応、教えてもらい身につけている。
だから、今、クロープに分かりやすいようにそうしてやることにした。
「お。刀身が……燃えている、か?」
「そういう風に見えるな。ただ、多分……熱くはないと思う」
実際、剣を持っている俺からしても熱気を感じない。
加えて、実際に自分でそうっと刀身に触れてみても、特に熱は感じない。
「あんたも触ってみるか?」
とクロープに尋ねると、やはりちろちろと燃える程度とは言え、明らかに炎にしか見えないそれに触れることを少し怖がっていたが、最終的には好奇心が勝ったようである。
彼はゆっくりと刀身に手を伸ばした。
「……本当だな。熱くねぇ。この色の炎はかなり高い熱を持ってるはずなんだが……」
と、触れると同時にクロープは鍛冶師らしい台詞を呟く。
炎に慣れ親しむ者として、どう見ても燃えているようにしか見えないのに、触れると全く熱くない、というのは奇妙な感じがするのだろう。
なんだか、俺がニヴに燃やされているところを是非目の前で見せてやりたくなった。
さぞかしクロープには面白いか、恐ろしい光景に映ることだろう……。
当然、俺からすればあんなの浴びせられるのは二度とごめんだが、クロープを脅かすためにならもう一度くらいやってみてもいいかもしれない。
「……ただ、あんまり何か変わった感じはしないな。しなりもそのままだし、何か操れそう、という感じでもないし……とりあえず、切れ味を試してみるかな……」
剣の品評に戻りつつ、俺はそう呟きながら構えて、試し切り人形へと向かう。
聖気を注いだ剣で、先ほどまでと同様の間合い、振り方で斬りかかってみるが……。
「……切れ味は上がっているが、上昇率は普通の剣に注いだときと変わらないような気がするな……。この炎は一体どんな意味が……」
そんな疑問が生まれた。
試し切り人形はいずれも滑らかに切れたし、そこについては特に文句はない。
普通の剣に魔力、気、聖気を注げばそれに見合って切れ味や耐久力は上昇するし、この剣でもその基本的な性能上昇は起こっている。
加えて、魔力や気のときはこの剣特有の効果が発生していたし、それが感覚的にも理解できた。
しかし、聖気を注いだ場合は……。
他に何か、効果があるようには感じられない。
見かけ上は明らかに普通の武器に聖気を注いだときとは異なる反応を見せているので間違いなく何かあるはずだが……。
こんな風にちろちろ燃えながら飾りですと言われたらちょっと剣を叩き折りたくなる。
もちろん、そんなことをすればクロープは切れるだろうし……いや、言っただけで泣くかもしれないから口にはしないが。
それ以外の疑問点について俺が口にすると、クロープが尋ねてくる。
「何も思いつくことはねぇのか?」
効果に結びつきそうなインスピレーションはないのか、とそういう質問だろう。
俺は少し考えてみて、思い出す。
「……強いて言うなら、以前、聖女が放っていた力と似ているから……吸血鬼を燃やせるかも知れないとかかな……? だけど流石にそれはここで試すって訳にもいかないしなぁ……」
もちろん、ニヴのことだ。ニヴの聖炎。規模はかなり小規模だが、かなり似ているのは間違いない。
とすると、やはり効果も似ていておかしくない。
ただ、ここでは試せそうもないが……俺自身に、というわけにもいかないしな。
俺に聖気は効かないからだ。
しかし、ここでなければ試せそうではある。
イザークに頼むとか、ラトゥール家の誰かに受けてもらうとか。
だが、もし本当に想像通りの効果があって、結果として彼らに消滅されたりしては問題がある。
ラトゥール家からの恨みなんて死んでも買いたくない。
それでも、イザークなら見れば何か分かるかも知れないというのはあるし……。
とりあえず、そのうち見てもらうくらいしかないかな……。
「……吸血鬼となると、試し切り用にその辺でちょちょいと捕まえてくるって訳にもいかねぇだろうしな……。だが吸血鬼系統に効きそうってんなら、不死者系に効くってことじゃねぇか? だとすれば……骨人くらいならそれこそ《水月の迷宮》に行けば会えるんだ。試してみても良いだろう」
「確かに」
クロープが良い提案をしてくれたので俺は頷く。
ニヴは聖炎を使うにあたって、とにかく吸血鬼だったら燃える吸血鬼だったら燃えると楽しそうに言っていたが、本来聖気の力、浄化の力というのは不死者系統一般に対して大きな攻撃力を持つ力だ。
この剣が纏っている炎は、まさにそういう力ではないか、と推測することは出来る。
そしてそうだとするなら骨人には効果覿面のはずだろう。
幸い、《水月の迷宮》は俺の長年狩り場としてきた、いわば庭のようなところ。
怪しげな存在があそこにいることは分かっているが、奥の方に行かない限りは流石に許してくれることだろう。
というか、あれ以来何度も見に行ったりしているが、以前行けたあの謎の空間には全くたどり着けていない。
他に正規ルートがあるような口ぶりだったのを覚えているので、いつか行けるかも知れないと思っていたが……無理そうである。
まぁ、とりあえず、今度、骨人を狩りに行ってみるとするか……。