第514話 山積みな課題と鍛冶屋
「……おーい、クロープのおっさん! いるのか!」
孤児院を後にした後、俺は鍛冶屋《三叉の銛》を訪ねることにした。
ルカがどうにも留守のようで、店の奥に向かって俺は叫ぶ。
ちなみにロレーヌはいつの間にやら王都で買い込んできたらしい書物の類を早めに整理したいからと家に戻った。
特にロレーヌが来てもやることはないだろうし、問題ないだろう。
まぁ、武器の出来具合については後で見せてくれ、とは言っていたが。
実のところ試作は何回もしてもらっているし、何度かロレーヌもそれを見ているので今回は別にいいか、という感じでもある。
「……あぁ? お、レントか! 王都から戻ったんだな……」
俺の声が聞こえたらしく、クロープがそう言って顔を出す。
聞こえた、ということは鍛冶はしていなかったのだろう。
もししていれば、たとえいくら怒鳴ったところで返事などしない男だからな……。
厳密に言えば、聞こえなくなっているので返事できない、が正確だが。
「あぁ。つい先日な。あ、これ、王都土産だ」
そう言って、俺はクロープに大きな革袋を手渡す。
クロープは怪訝そうにその中身を見て、確認した瞬間、
「おぉ! こりゃいいな……どれもこの辺じゃ手に入らねぇ素材ばっかりじゃねぇか!」
そう言って破顔した。
クロープに何を土産にしたら良いのか、と考えたところで悩んだ俺とロレーヌだったが、オーグリーとも相談した結果、「鍛冶師なんだから素材とか贈れば喜ぶんじゃない? 鍛冶道具でも良いけど、そういうのは自分で選びたいだろうし……。ところで、ここにちょうどいい依頼があるんだけど……」と言い始め、王都近郊でしか出現しない比較的珍しい魔物の討伐依頼をいくつも説明しだした。
結果、すべて受ける羽目になり……まぁ、そのお陰で納品すべき数を差し引いても十分な量の素材が色々手に入ったのでいいのだが、王都にいる間、本当にオーグリーには馬車馬のごとく働かされた気がする。
その代わり、彼には俺たちが大分迷惑をかけたので文句は言えないが。
「オーグリーと狩ってきたから、どれもしっかりと処理してある。品質の方も問題ないはずだ」
「何? あいつに会ったのか……懐かしいな。もしまた王都で会うことがあったら、顔を出すように伝えといてくれ」
クロープがそういうのは、オーグリーもまた、この店の客だったからだ。
俺が紹介したんだけどな、昔。
「あぁ、次に会えるのはいつになるか分からないけど、そのときはそうするよ」
「おう……それで、今日は何の用……ってまぁ、決まってるか。こいつだろ」
クロープはそう言って、店の奥から丁寧に布に包まれた物体を持ってくる。
その中身がなんなのか、分からないはずがなかった。
以前から頼んであった、剣だ。
魔鉄と、タラスクの魔石、それに俺の聖気の影響で生えてきた樹木に、俺自身の血液を素材に作ってもらった品だ。
……なんだか妙なものが出来てそうで仕方が無いラインナップだが、クロープがしっかり作ってくれたはずだし問題ないだろう。
試作は何度か作ってもらっているが、流石にタラスクの魔石や魔鉄は無尽蔵にあるわけではないので、普通の鉄を使い、聖気発する樹木や俺の血液で武器をつくったらどうなるか少し試してもらったくらいだ。
もちろん、クロープの認識だと、俺の血液で作ってるわけではなく、どこかから調達してきた《吸血鬼》の血液のつもりだろうが。
結果として分かったのは、聖気発する樹木を素材に使うと、武器に聖気を宿しても壊れにくくなり、加えて聖気自体が強化される、ということだった。
加えて俺の血の方は、切ったものの体力魔力をわずかながら吸収できる効果がつくことも分かった。
やはり、《吸血鬼》だ、ということだろうか。
中々に良い効果……というかかなり珍しいらしく、クロープは驚いていたのを覚えている。
ただ、本当にわずかなので、それを振るっていれば無尽蔵に戦えるとかそこまでではない。
ラウラの血とかを使えばそういうヤバい武器が出来そうな気もするが……くれと言ってもくれないだろうしな。
それに分不相応な強力すぎる武具を手に入れたところで今の俺に使いこなせる気はしない。
残るは魔鉄とタラスクの魔石を使って作った場合にどれほどの効果があるのか、というところだが、それはこれからのお楽しみだろう……。
「出来の方はどうだ?」
俺が尋ねると、クロープは胸を張って言う。
「会心の出来だぜ……まぁ、本音を言うなら素材はもっといいものが欲しかったが、それを言い始めるとキリがねぇからな。使える素材で、今の俺が作れる最高のものを作れたつもりだ」
「それは楽しみだな……早速、試し切りをしてみてもいいか?」
「ああ。聖気にどれだけ耐えられるか見てみないとならねぇし、お前には全部乗せもあるからな。あればっかりは使ってみてもらわねぇとなんとも言えねぇところがあるからな……」
魔力や気、聖気単体での使用や、魔気融合術なら鍛冶師の側にもそれなりの経験の蓄積があるだろう。
しかし聖魔気融合術、となるとそもそも魔力、気、聖気すべてを持っている者が極端に少ないためにそういった特殊な人間向けの武具の経験など、ほとんどの鍛冶師がないわけだ。
だから試行錯誤でやっていくしかない、というわけである。
ただ、色々試作を重ねていく中で、クロープも経験を積み、分かってきた部分はあるらしい。
徐々に全ての力の通りが良くなってきている気がしていた。
「壊れないといいな」
冗談としてそんなことを言うと、クロープは、
「お前……壊すなよ!? 壊れそうならすぐに力を流すのを止めろよ!?」
と本気で言ってきた。
今までの試作で何本か破壊しているからこその本気の制止であった。
俺としてもそのつもりでやっているのだが、聖魔気融合というのはやはり、難しいのだ。
コントロールがうまくいかない。
やっているつもりでもやれていなかったり、止めたつもりでも出続けていたり。
そんなことが頻繁にある。
しかも一回使えばとてつもない疲労で立てなくなったりもする。
ほとんど相手の防御力を無視してダメージを加えられる俺の切り札であるのは間違いないが、失敗したらもう叩き潰されるしかないような諸刃の剣でもあるわけだ。
こつこつ練習をしたいのだが、武器が耐えられないのではそれも難しく……。
そのため、今回のこの剣には期待している。
「まぁ、頑張ってみるさ。失敗したら……」
「したら?」
「……ごめん」
「おい!」
そんな軽口を飛ばし合いながら俺たちは試し切りの出来る中庭へと向かった。