第513話 山積みな課題と手紙
「……そうですか、エルザは元気でしたか」
応接室でソファに腰掛け、リリアンと雑談をしている。
俺とロレーヌ、それにリリアンの前にはカップが置かれていて、中には紅茶が入っている。
先ほど、孤児院の子供が持ってきたのだ。
アリゼではなかったので彼女はどうしたのか、と尋ねれば今はそれこそイザークのところに行っているらしい。
リナとアリゼの修行を頼んでおいたが、しっかりとやってくれているようだった。
リナについては今、この街にいないようだ。
どうも依頼に出ているらしく、そのため、アリゼは今イザークのところで一人で特訓を受けているわけだな。
……なんだか二人とももう、俺より強くなっていたりしてな……ははは、それはないか。
ないと思いたい。
才能が豊かな奴が妬ましい……冗談だが。
「ええ、メルとポチも元気そうにしていましたよ。貴方によろしくと伝えておいてくれとの伝言を預かっています。手紙を送っても返ってこないと寂しがってもいましたよ」
そう言ったのはロレーヌだ。
リリアンから依頼を受けたのはロレーヌだからな。
俺は付き添いだ。
とはいえ、リリアンも王都でのエルザやメル、ポチに孤児院の子供たちの様子は聞きたいだろうと思って俺もここにいるわけだな。
「……孤児院に行かれたのですね。そうですか……みんな、元気ですか。本当に良かった……。手紙は確かに返していませんでしたね。私が手紙を送ると迷惑がかかるのではないかと心配していましたから……」
「迷惑?」
首を傾げる俺とロレーヌに、リリアンは言う。
「……私がこのマルトに赴任しましたのは、色々と教団内部でゴタゴタがあったためでしたので……。つまりは左遷です。そういう人間と深く関わっていると知れると、やはり迷惑ではないかと思ったので……孤児院ですから、資金などを断たれるとやっていけませんからね」
なるほど、と思う。
あの孤児院だとて、東天教の経営する場所であり、その資金は東天教の本部から下ろされるものだ。
何があったのかは知らないが、その本部からあまりいい目で見られていない人間と、深く関わっていると知れれば、資金を引き揚げられることもあるのかもしれない。
心配しすぎなような気もするが、それだけリリアンにとって大事な場所だ、ということだろう。
「ですが、もう返信しても問題ないのでは無いかと思いますよ。エルザ僧正が貴方を王都に呼び戻す可能性も口にされておられましたから……そうそう、こちら、エルザ僧正からのお手紙です」
「あら……こちらについては……」
「ええ、エルザ僧正の方から依頼されました。どうぞ、ご確認ください」
「はい……」
リリアンはそれを受け取り、
「この場で読んでも?」
と言ったのでロレーヌが頷いた。
リリアンは封を開くと、やはりリリアンがエルザに送ったそれのように聖気の気配が感じられた。
勝手に他の人間が開けられないように封印されていた、というわけだ。
リリアンは手紙に目を通す。
その時間はそれほど長くは無かったが、全て読み終わったとき、リリアンは何か肩の荷が下りたようなほっとしたような表情をしていた。
「差し支えなければどんなことが書かれていたかお聞きしても?」
ロレーヌの質問に、リリアンは、
「ええ、といっても大したことではないのですよ。みんな元気だ、ということと、王都の東天教本部が落ち着いたのでその気があるなら呼び戻すことも出来る、ということ。そうでなくとも気兼ねなく訪ねていっても問題ないと……」
つまりは、もうリリアンは東天教の本部に気を遣って様々な行動を制限されずに済む、ということらしかった。
「王都に戻られるご予定ですか?」
ロレーヌがそう尋ねると、リリアンは首を横に振った。
「いえ……一昔前なら、そうしたかもしれませんが、今は……。ここが私の居場所ですから。ただ、一度訪ねてみようとは思います。メルにも手紙を送らなくてはなりませんしね」
この孤児院を捨てて王都に戻ろうとは思わない、ということだろう。
エルザやメルが寂しがるかも知れないが、リリアンの選択である。
納得するだろう。
とはいえ、会いに行く程度のことは可能だろう。
そのときは……。
「もし護衛が必要なら我々に依頼していただければと思います。もちろん、実力に不安があるようでしたら、他の冒険者でも構いませんが……」
後の方は冗談として言ったのだろう。
ロレーヌのそんな台詞にリリアンは笑って、
「もちろん、そのときはよろしくお願いします。実力の方は……これでも私も戦えますから。魔物に襲われて、手に負えないようなことがありましたら、そのときは私が皆さんをお守りしますわ」
と意外なことを言ってきた。
しかし、必ずしも冗談、と言い切れないと感じる。
というのは、リリアンの身に宿る聖気がそう言った瞬間、少し外に漏れ出したのだが、これがかなり洗練された、大きなものだったからだ。
俺もロレーヌも聖気を持っているわけだが、俺たちのそれとは比べものにならない力をリリアンは持っているらしい。
さすがは王都のエルザが将来を嘱望されていた、と言うだけの人であると言うことだろう。
もちろん、聖気の量だけで戦闘能力が決まるわけでも無いが、こと不死者に対しては効果覿面な力である。
また治癒や浄化など、色々な面で役に立つ能力であるので、戦力になるというのは間違いないだろう。
「あぁ、そうそう。他にも、お二人と王都散策をして楽しかったとも書いてありました。なんだかご迷惑をおかけしたようで……幼なじみとして、申し訳なく……」
リリアンが困ったような表情でそう言った。
エルザが寺院を抜け出したときのことも書いてあったらしい。
「いえ、私たちも楽しかったですし、実際に助けられたので……こちら、そのときに購入したお土産になります。どうぞお納めください」
ロレーヌがそう言って、王都で買った土産を手渡す。
日持ちする菓子類と、紅茶だな。
もちろん、前者は孤児院の子供たちのためである。
紅茶の方はエルザからの情報でリリアンが好むという銘柄を買ってきた。
「まぁ、よろしいのでしょうか? 私は依頼をお頼みした立場ですのに……」
リリアンが恐縮しているが、ロレーヌが言う。
「リリアン殿にも、この孤児院にも、私たちはお世話になっていますからね。ですから、これは依頼主への土産ではなく、お世話になったご近所の方へのお土産というわけです」
本気で言っているのだろう。
実際、俺たちとこの孤児院は色々と縁が深い。
これから先も関わることはあるだろうし、そう言う意味でも仲良くしておいた方がいいだろう。
恐縮していたリリアンも最終的には納得し、お土産を受け取ってくれたのだった。
後に聞いた話によると、渡したお菓子類は即座になくなったという。
子供たちの食欲は魔獣のごとし、というわけだ。