第512話 山積みな課題と訪問
次の日。
幸い俺もロレーヌも二日酔いにはならずに済んだ。
というか、俺はどう頑張っても二日酔いにはなりようがない体だ。
酒精も一応毒だからな……ロレーヌの方は元々それなりに酒に強いし、無理なペースで飲むようなことはあまりなく、更に言うなら厳しいときは魔術や聖気で治癒することも出来る。 そういうわけで、今日は二人で連れ立ってマルトの街を歩いていた。
色々と用事を片付けるために、だ。
「……それにしても一月後に鉱山都市ウェルフィアか。少しばかり遠いな」
ロレーヌが孤児院に向かう道すがら、俺にそう言った。
何の話か、と言えば昨日ウルフから聞いた銀級昇格試験の話だな。
「まぁ……仕方ないだろ。王都みたいな銀級昇格試験を受ける奴がたくさんいる街ならともかく、マルトじゃあな……次は一年後だと言われて、分かった待つことにするよ、なんて言えると思うか?」
つまりそういう話だ。
王都ではそれこそ一月二月毎に行われている銀級昇格試験だが、マルトでは事情が異なる。
ここはそれなりの規模の街だが、それでもやはり辺境の田舎都市なのだ。
そもそもの問題として、銀級に上がれるほどの腕を持つ人間がそうそう頻繁には出てこない。
だからこそ、試験の行われる頻度は王都のような都会と比べて極端に低下するわけだ。
それで、次の試験はいつか、と聞けばつい先日行われたばかりなので次は一年後だな、と来た。
流石にそれは待ちきれないと言ったら、紹介されたのが鉱山都市ウェルフィアだ。
ここはその名の通り、ヤーランにおける最大規模の鉱山を街の経済の中心に据えている都市であり、当然のごとくマルトよりも遙かに規模の大きな街である。
したがって、王都ほどでは無いにしろ、それなりに銀級昇格試験も行われているという。
加えて、ウェルフィアの冒険者組合長はウルフの知人らしく、そう言う意味でも信頼に値するので、もし早めに銀級昇格試験を受けたいのであればそこに行けば良いという話だった。
時期は一月後。
ここからウェルフィアまでは五日も馬車で進めばたどり着ける距離だ。
まぁ、もう少し余裕を見るなら一週間というところなので、十分間に合う。
申し込みそれ自体は前日までにウェルフィアの冒険者組合で行えば問題ない。
ちなみに、銅級試験はマルトでも頻繁に行われているが、それは鉄級から銅級に上がろうとする者は普通にたくさんいるからだ。
銀級になる、というのはそれだけ難しいということだな。
大半の冒険者が銅級で生涯を終えていくのは何も俺だけの問題では無いのだ。
とはいえ、俺の場合はあまりにも諦めが悪かったが。
普通は冒険者になって十年も足踏みし続けたら故郷に帰るか別の仕事を探すか、銅級として出来る仕事だけで食っていく覚悟を決めるか、そんなものだ。
俺にはそれが出来なかったのは……まぁ、馬鹿だったからだろう。
その馬鹿のゆえに今があるから、俺は後悔してはいないが。
「お前の目標へと一歩前進だものな……。一年は、長いか」
ロレーヌがしみじみとした様子でそう言う。
しかしそう言われると……。
「今までの十年に比べるとそこまで待てないというほどでもないような気がしてきた……」
「いや、そこは待てない、で良いだろう。とはいえ、本当に一歩でしか無いがな。神銀級までは遙か遠いぞ」
「分かってるが、言わないでくれ……決意が揺らぐだろ」
「今更揺らぐことなど無いくせによく言う……おっと、そろそろついたな。このノッカーにも慣れてきたぞ」
ロレーヌがそう言っていつもながら外れるかもしれないノッカーを手に取り、叩く。
「……おや?」
しかし今日は意外なことに外れること無く、むしろしっかりとロレーヌの力を受け止め、いつもよりも高く響く美しい音が鳴った。
「これは一体……」
困惑していると、扉が開きそこからリリアンが顔を出す。
「……あら、お二人とも、よくいらっしゃいました……? 何か、ありましたか?」
俺とロレーヌが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのがリリアンにも分かったようだ。
首を傾げる彼女に、ロレーヌが言う。
「いえ……ノッカーがなんだか、いつもと違う気がしまして……」
するとリリアンはそれで合点がいったらしい。
「あぁ! そのノッカー、もういい加減修理しないといけないと思って、直したのです。といっても、アリゼがイザークさんに送られてきたときに、イザークさんが手早く直してくださったのですが……」
リリアンはしっかりイザークと顔見知りになっているらしい。
東天教の聖女と吸血鬼が顔見知りに、なんていうと字面的にあまり平和な感じはしないが、実際に行われているのは隣近所の付き合いのような微笑ましいやりとりらしい。
まぁ、それを言い出したら俺だって屍食鬼とか《屍鬼》とかおよそ人間離れした状態でここを何度も尋ねているのであれだが。
リリアンを気づかぬうちに破戒僧にしていないことを祈る。
といっても、東天教は比較的緩いというか、マモノスベテコロスみたいな教義ではないので問題ないだろうが。
ロベリア教あたりだったらまずいだろうけどな。
そちらには可能な限り近寄りたくないものだ……関係者にニヴがいるのも理由の一つではあるが。
それにしてもイザークがノッカーを修理とは……。
「……あの人は本当に何でも出来るのだな」
ロレーヌが独り言のようにそう呟いた。
俺も同感だ。
あの人の性格的に、生きている年月が半端ではないからこれくらい当たり前というかもしれないが、それでも研鑽の日々があったのも当然である。
その技術には敬意を表すべきだ。
俺やロレーヌがいくら接着剤で頑張ってもすぐ外れてくる呪いのノッカーだったからな……。
接着剤でどうにかしようとしてたのがそもそも問題だったか。
外れなくなるとなんだか寂しいような気がしてそんな扱いだったのであって、俺でも直そうと思えば直せた。
ともあれ、これでもうこのノッカーとはお別れ……というわけではないが、どことなく寂しさが胸に募った俺たちだった。