第511話 山積みな課題とこれからのこと
「迷宮が迷宮を生む? また素っ頓狂な話だな……」
ウルフが胡散臭そうに眉根をしかめる。
これにロレーヌは、
「まぁ、気持ちは分かるが、たまに不思議に思わないか? 迷宮が多く密集している場所というのが、世界にはそれなりにある。別にもっと離れていたって構わないのに、まるで動物が群れを作るようではないか、と」
「そいつぁ……あれだろ。迷宮が出来やすい環境ってのがあって、だからこそ集まりやすいって話だろ? 俺も専門家じゃねぇから細かい理論についてはうろ覚えだが、魔素とか地形なんかが特定の状態になったときに迷宮は発生するとかなんとかそんな話だったはずだ。だとすれば、同じ場所に集まりやすいってのもおかしかねぇだろ」
これでウルフはそれなりに勉強家である。
冒険者というのは基本的に腕っ節を頼りにしているため、学なんか要らない、なんて嘯く者も少なくないが、見た目まさにそういうタイプの急先鋒のようでいて、実のところかなりのインテリなのだった。
「確かにその説が今の大多数を占めるし、それはそれで納得……というか、私もそうだと思っていたのだが、そこに今回の例だ。ここマルトに新たな迷宮が出来て、それから短期間の間に他にも迷宮が発見された。無関係とは思えない。もしもそれが最近……特にこのマルトの地下に出来た迷宮が出来た後に作られたものなら……。もしかしたら、昔聞いた、迷宮が迷宮を生むという話は、正しかったのかもしれないな、とそう思ったわけだ」
「……まぁ、筋は通っているか。だがなぁ……レントはどう思う?」
完全に納得したわけではないのだろうが、一理ある、というくらいには理解を示しながらウルフは俺に話を振った。
「俺か? どうなんだろうな……。どっちもありそうな気がするけど。今回のことだって、たまたまここ何ヶ月かの間にウルフの言うような"条件"が整って、次々迷宮が生まれるようになったのかもしれないぞ」
そうは言ってみたが、俺もどちらかというとロレーヌの方が近いのかもな、と言う気はしている。
しかしそれは、俺がラウラから今のマルトの地下に存在する迷宮が魔術によって作られたものだと聞いて知っているからだ。
少なくとも自然発生的に作られたものではない。
だからこそ、その後に出来た迷宮が近くにあるとすれば、マルトの地下の迷宮に影響を受けて出現したものだ、と考える方が自然だと思える。
ただそれについてはウルフは知らないわけだし、詳しく説明するとなるとややこしいことになるからな。
どっちつかずの説明にするしかない。
それに、それでもウルフのいうような説の可能性もすっかり否定されるわけでもないだろう。
マルトの地下に迷宮が出来たことで、周囲に迷宮が出来やすい環境が生まれてしまった、ということも十分あり得る。
本当のところはラウラに聞けば一発で分かりそうなものだが、あの人は未だに眠っているからな……。
まぁ、それに仮に起きていても、何でもかんでも聞いたところで答えてくれなさそうだというのもある。
どこか世捨て人感があるというか、まずは自分でやってみて、それでもどうしようもないときだけ手出しするみたいなところが……母親か何かか?
そう言ったら怒られそうな気がするから面と向かっては言えないな……。
ともあれ、俺の言葉は意外にウルフだけでなくロレーヌもなるほど、と頷いた。
「確かにそういう可能性もあるな……どちらが正しいのかは、保留だ。もしかしたら全く別の論理が正しい可能性もある……しかし、なんにせよ、だ」
「……なんだ?」
少し真面目な顔になったロレーヌにウルフが首を傾げて尋ねると、ロレーヌは言った。
「これからマルトの周辺では、モルズ村の近く以外にも他に迷宮が見つかる可能性があるな。ウルフ、貴方の仕事は増えるばかりのようだ……」
それはウルフにとってあまりにも不吉な予言に聞こえたのだろう。
そして、ロレーヌの言っていることがすぐに正しいという結論に達してしまったのは、ウルフにとってまさしく不幸だった。
「……気づきたくなかった可能性だぜ、それは……しかし言われてみりゃその通りだ。なんでマルトでばっかりこんなことになるんだ……平和でのどかな田舎町だっただろ、ここは……」
何でだろうな。
なんだか俺がこんな体になってから次々に異変が襲っている気がするので、俺のせいかも、と思わないでもなかったが、まさかそんなこともないだろう。
というか、そういう異変の一番最初の犠牲者が俺なんじゃないかな?
だとすれば俺もウルフと共に色々呪う資格がありそうな気もする。
まぁ、俺の場合、不幸と一緒に幸運も手に入れたから、悪いことばっかりではないが。
魔物の体にはなったけれど、鍛錬すればするだけ身になる体を手に入れられたわけだし。
そう考えると、ウルフも不幸ばかりではないだろう。
そう思って俺は言う。
「冒険者組合としては収入が増えるかもしれないし、悪くはないんじゃないか? 新しい迷宮には新しい素材や魔道具の可能性もあるわけだし。まぁ、職員の仕事は増えるだろうけど……」
そう、迷宮というのは一種の鉱山だ。
そういう旨味があるからこそ、そこに大量の人間が潜るのである。
街の近くに新しい鉱山が突然出現するかもしれない、というのは神様からの贈り物と言えなくもないだろう。
しかしウルフは物欲よりも大事なことがあるようだ。
「……俺の休みが無くなるんじゃ、収入なんていくら増えても意味がねぇ! だがまぁ、仕事が増えるんだ。冒険者組合職員には頑張ってもらわなきゃならねぇよな。冒険者組合職員、にはよぉ」
言いながら、その視線は完璧に俺に向けられていた。
一体どういう……あ。
俺……俺も一応、冒険者組合職員扱いだったか……。
いやでも……。
「仕事を断る権利はあったはず……」
「まぁな。別に断っても構わんさ。不眠不休で働く俺たちを見捨てられる、お優しい精神をお前がしてるならな……。まぁ俺はいいが……他の職員だって家に帰れなくなるほど忙しくなるかもしれねぇんだぞ。シェイラも泣くだろうなぁ……」
「……おい、言い方が汚いぞ」
そう言われると断れないじゃないか、と思っての非難であった。
しかし、ウルフも本気で言ったわけではないようだ。
「冗談だ。だが、本当に回らなそうな時は少しで良いから手を貸してくれ。どうしようもなくなったらそれこそあの人に頼んで王都から人を回してもらうつもりだが、それには時間もかかるだろうしな……」
「……まぁ、それくらいならいつでも言ってくれ」
「おう、そうさせてもらうぜ……そういえば、お前たちは明日から仕事か?」
世間話に戻ってウルフが尋ねる。
これに俺は答える。
「とりあえず、明日は休みかな。やらなきゃならないことは片付けるけど、依頼には出ないよ」
まず、マルト第二孤児院の院長、リリアンに手紙を届けなければならない。
それと、武器だな……流石にもうそろそろ、以前頼んだ武具ができあがっているはずである。
それを受け取って……まぁ、その後はそれこそ、迷宮に潜るか、他の依頼を受けるか、そんなところだろう。
いつも通りに戻る、わけだな。
加えて今すぐに、というわけではないがやるべきことというか、やりたいことがあった。
「ウルフ、銀級昇格試験の受験資格をもらったんだが、試験っていつあるんだ?」




