第510話 山積みな課題とマルトの変化
「……今日は存分に飲んでくれ! 冒険者と、それを支える冒険者組合、そして最高の冒険者組合長ウルフ・ヘルマンに! 乾杯!」
――乾杯!!
と、酒場中に野太い冒険者たちの声が響き渡った。
マルト中の、は少し言いすぎかもしれないが、少なくとも依頼に出ていない冒険者のほとんどが今、この酒場の中に集まっている。
その理由は、この街にヤーラン王国冒険者組合を治める総組合長ジャン・ゼーベックが来ているからに他ならない。
「……いきなり来やがったから歓迎会を開く、幹事はあんた自身だ、と言ってみたら……本当に引き受けるとは。相変わらず変な人だぜ……」
ウルフが呆れたような顔でたった今、乾杯の音頭をとった人物の方を見ながら、同じテーブルについている俺とロレーヌにそう呟いた。
「だったら初めから王都なんかに呼びに行かせるなよ……あぁ、アリバイ作りだったか?」
俺が少し恨み節を利かせながらそう言うと、ウルフは頭を下げながら、
「悪かったって……。まぁ、確かに断りの連絡の方を待ってはいたが……面倒だって以上に、あの人は本当に忙しいからな。まともに誘ったところで十中八九来れないだろうって思ってたのもある。本気で来る気だったら俺だってしっかり段取りを整えてたぜ」
口では迷惑そうだったが、実際のところはそこまででもないらしい。
まぁ、なんだかんだ上司である以上にウルフにとっては恩人にあたる人だ。
久しぶりに会えて嬉しくないわけもないと言うことだろう。
「確かにかなり色々と仕事がある様子だったな……来るときも、王都の冒険者組合職員を撒いてきたくらいだし。大丈夫なのだろうか……?」
ロレーヌがそのときの様子を思い出しながらそう言うと、ウルフはふと気づいたらしく、小さな声で言う。
「……お前ら、あの人の仕事を知っているのか?」
つまりは裏稼業のことを言っているのだろう。
俺とロレーヌは頷き、
「変なのを差し向けられて酷い目に遭ったぞ」
「面白い出会いもあったがな……」
と言った。
ウルフはそこで初めて納得したような顔をし、
「……つまりはそれであの人と知り合ったわけだ。合点がいった。しかしそれでよく生きてたもんだな……」
と言う。
俺はウルフに言う。
「酷い目に遭ったのは確かだが、何かゴタゴタしていたみたいだからな。まともに狙われたわけでもなかったからそれで済んだんだろう」
俺たちを狙ったあの一連の出来事は、ジャンの組織内部で権力争いのようなことが起こっていたとき、情報が錯綜していた中での中途半端な仕事ぶりだった。
もし仮にジャンが組織を上げて俺たちを狙っていたとしたらそれこそマルトに生きて帰ることは出来なかっただろう。
つまり、運が良かっただけだ。
「ゴタゴタねぇ……まぁ、その辺りは後であの人に詳しく聞いてみるか。それにしても、王都の冒険者組合職員を撒いてきたとは……後で俺が王都本部から文句を言われるじゃねぇか。胃が痛くなるぜ……」
「それこそ、全部あの人に押しつけたらどうだ? むしろ率先してとっ捕まえて、王都に送り返すか、王都に連絡して、自らの功績にするなどすればいい」
ロレーヌがそう言うと、ウルフはなるほどと頷き、
「確かにそうすれば言い訳は立つか。あの人が誰かに制御出来るような性格をしていないのは冒険者組合職員にとって、特に王都の職員にとっては周知の事実だしな。居場所を報告しておくだけでも感謝されるかもしれねぇ……よし、そうしよう」
と呟いた。
それから、話は変わるが、とウルフは続ける。
「……お前たちがマルトを出た後の話なんだが、少し面白いことがあってな」
「なんだ?」
「マルトの地下に新しい迷宮が出来た、それは分かっていると思うが……」
「あぁ」
「それ以外にも迷宮が見つかった。東のエテ街道を少し進んだ先、モルズ村の近くに発見された」
「それは……本当か!? ただの見間違いでは……?」
ロレーヌが驚きつつも、少し疑わしそうにそう尋ねたのには理由がある。
迷宮というのはそうそう見つかるものではないという単純なものだ。
そして大半はただの洞窟をそうだと勘違いした、というだけのことが多い。
広い洞窟であれば魔物も棲んでいることが少なくないし、そういった者たちが貯め込んだ宝物がある場合もある。
そうすれば、一見して迷宮と区別するのは難しいのだ。
だからこそのロレーヌの台詞だったが、これにウルフは言う。
「見つけたのはモルズ村でゴブリンの討伐依頼を受けていた銅級冒険者なんだが、そいつはその迷宮が《拡大》する瞬間を見たらしい。それもまた、迷宮の新生と並んで珍しい現象だが……ただそちらは小さな迷宮ではたまに確認されることだからな。そいつも他の迷宮で一度見たことがあって、だから見間違いではないと言った。ついでに浅い層を少し潜って魔道具を一つ取ってきてな。そいつがいわゆる、迷宮特有の役立たずな品だったのも確認した。絶対とは言わないが、まぁ、信憑性は高そうでな……」
迷宮特有の役立たずな品、とはつまり使い道の分からない魔道具だ。
もしかしたら何か有用な使い道があるのかもしれないが、俺たちの知識や発想ではよく分からない、で終わってしまうようなもの。
どんな迷宮でもそれなりに出るそれらの魔道具は、それがあることで迷宮であるという証明にもなる。
まぁ、その銅級冒険者が他の迷宮で取ってきたものをその新しく見つかった迷宮で発見したのだ、と言い張っている可能性もあるが、そこまで言うときりがない。
とりあえずは……。
「確認はしないのか?」
俺が尋ねれば、ウルフは頷き、
「今、しているところだな。今日ここに来れなかった奴らが行ってる。近いうちに報告が来るだろうさ」
「それは楽しみだな……しかし、迷宮が新しくできて、その直後に近くに迷宮が見つかる、か……。やはりあの仮説は正しかったのかもしれんな……」
ロレーヌが独り言のように呟いた言葉にウルフが反応する。
「仮説?」
「あぁ。といっても、私の師が昔ぽつりと言っていたことなのだがな。迷宮は近くに迷宮を生むことがあると……そんな話だった」




