第54話 新人冒険者レントと冒険者組合職員の内情
「……やっぱり、驚かれましたか?」
シェイラが何とも言えない苦笑を浮かべながらそう尋ねてきたので、俺は頷いた。
それはそうだ。
なにせ、彼女は冒険者組合職員なのである。
冒険者組合職員と言えば、腕っぷしさえあれば簡単に登録できる冒険者とは違って、基本的にはかなりの難関試験を乗り越えなければなることは出来ない。
それで、一般的な職業よりも高給で、冒険者とは異なり、自ら危険に晒されることはほとんどない。
また下世話な話だが、うまくやれば将来有望な冒険者を捕まえることも出来る。
そういったことから、若い女性には人気の職業なのだ。
それだけに、どうしてもクビにはなりたくないため、冒険者組合職員と言うのは冒険者組合に対して非常に忠実だ。
業務に関する秘密を外部に漏らすことなく、また何か外部から情報がもたらされれば細かいことであっても即座に報告をする。
そういうものだ。
にもかかわらず、シェイラはその報告をしていない、というのだ。
これに驚くなと言うのが無理な話だ。
しかしシェイラは、言う。
「もちろん、私だってクビになるのは嫌ですけど……そもそも、冒険者組合は言われているほど職員に厳しい組織ではないですからね。全体的に大雑把で、細かいところは気にしない傾向があります。登録関係一つ取ったってそういうところが見えるでしょう? それでも若い女性職員が冒険者組合に媚びを売っているのは、巷で言われているような、クビになりたくない、という感覚よりも、有望な結婚相手をぜひに紹介してほしいがため、という意味合いが強いですね」
それは初耳だった。
しかし、有望な冒険者など、自分の目で見つけて近づけばいいのではないか、と思っているとシェイラは、
「まぁ、ここでだけで見つけようとするならそうでしょうけど……ランクの高い冒険者は、都会にいるでしょう? やっぱり、そういうところに転勤しないとそういった冒険者には会えませんから。どうにか都会に、そしてそこで玉の輿に乗るために、という感覚なんですよ……私の場合は、特にそういった欲望がないので、今回みたいな行動をすることもあるわけです」
まぁ、確かに、金級や白金級、それに最高位冒険者である神銀級がいるのは主に都会――たとえば王都とか、地方都市であるとしてもかなりの巨大都市になるだろう。
そういうところに勤めたい場合は、出世するために、ひたすら媚びを売らないと厳しいか。
そもそもが、冒険者組合に就職するのは難関なのだ。
それを乗り越えたものたちがしのぎを削っている状況の中なら、そういったちょっとした媚びみたいなものも大事になってくるというのはあるのだろう。
そしてシェイラにはそういう欲望はない、と。
本当か?
と思ってしまうような話だ。
ただ、確かに男性の冒険者組合職員を見る限り、女性の職員よりもなあなあな仕事をしているようなところがあるように見る。
あれはつまり、別に彼らは都会で玉の輿なんて狙う必要がないから、と考えると納得できる。
出世は出来るならしたいだろうが……競い合っても有望な冒険者と比べるとその稼ぎは微々たるものだろうからな。
別にいいかと言う感じなのかもしれない。
だとすると、シェイラの語った冒険者組合の内情については信じてもいいかもしれないが、シェイラ自身が本当にそう言った欲望がないのかはまた別の話だ。
実のところあって、ここでの会話もしっかり上に報告する、となったらもう、俺としてはどうしようもない。
捕まって討伐であろう。
嫌だ。
ただ、信じたい、という感覚もないではないのだ。
ロレーヌほどではないが、シェイラもまた、俺にとってはそれなりに長い付き合いの相手になる。
無条件の信頼を寄せるほどではなくとも、仕事相手としては十分に信用していた。
そこからの直感で言うのなら、今の彼女は、嘘はついていない、と思う。
しかし……。
俺のそんな苦悩をシェイラは理解したのか、
「……まぁ、そう簡単には信用できませんよね。分かってます。やっぱり、何を言っても私は勤め人ですから、色々と義務やしがらみがあるのも間違いありません……ので、こういうものを用意しました」
そう言って、くるくると丸められた羊皮紙を懐から取り出し、開いて見せた。
そこにはぼんやりと光を放つ複雑な文様が描かれていて、それが一目で何なのか、俺には分かった。
「……まじゅつけいやくしょ、か。ほんとうに、よういしてるなんてな」
俺が先ほど言った、魔術的にその内容を保証する文書の一つ、それが魔術契約書である。
特殊な羊皮紙とインクで作られたそれは、あとで契約内容を書きこみ、当事者が署名をすればその通りに契約され、破ることによってある程度までのペナルティを相手方に課することが出来る便利な道具である。
値段的にはどの程度のペナルティを課せるかとか、契約条項をいくつ組み込めるかとか、そういう諸々でピンキリだが、シェイラが持っているそれは上から三番目くらいのものだろう。ちなみに下からも三番目だ。
通常の契約ならだいたいこれで事足り、またペナルティもかなり重いものまで課せる、一番需要の高い魔術契約書。
それを持っているということは、彼女も本気なのだろう。
シェイラは言う。
「レントさん。貴方が何を抱えているのかは分かりませんが……どうか私に教えてくれませんか? 私は、冒険者組合とは関係なく、貴方の力になりたいんです。なぜって……私が一人前になれたのは、貴方のお陰なんですから。そのためにこれが必要なら、私は迷わず名前を書きます……一つ問題があるとすれば、私が相談した彼ですが、それもまた、私がどうにかします」
シェイラ自身については、魔術契約書があればそれでいいだろう。
しかし、シェイラが俺のことについて相談してしまった彼は……。
一度言ってしまった話だ。誤魔化すのも難しいような気がするが……。
そう思っていると、シェイラは、
「……彼は、私の弟です。相談したのも、その気安さがあったから……。ただ、絶対に他言無用に、と言った以上、彼がどこかに漏らすことはありません。それだけでは納得しかねるのでしたら、魔術契約書を彼からもとってきましょう。本人が仮に嫌がっても、やりようはあります……」
シェイラに弟がいる、と言う話は以前聞いた覚えがある。
しかし姉弟揃って冒険者組合勤め、というのには驚いた。
それについて俺が知らなかったのは、冒険者組合職員でも、出現した魔物や、その討伐状況、また今回のような試験の際の密かな追跡など、いわゆる斥候的な仕事を担当する者たちの顔は、基本的に積極的に顔を見せたりはしないので、仕方がない。
今回俺の前に顔を見せたのは、俺の顔を見たかった、というところだろうか。
姉がおかしいのに興味を持っているから、ちょっと顔を見てやろう、と。
……もしかして姉馬鹿なのかもしれないな、あれで、と失礼なことを少し考える。
しかし、シェイラの言葉でその妄想は否定された。
「そもそも、弟は来週から王都に転勤しますからね。私と違ってエリート街道に乗ったので、都市マルトでの仕事はあれが最後になります。レントさんと関わる機会は、少なくともマルトにいる限りはもう、ないと思いますから、それほど心配されなくても大丈夫だと思います」
つまり、顔を見られても、もうここでの仕事はないから大丈夫だ、ということか。
しかもエリート街道と言うことは斥候の仕事自体、もうしないのかもしれない。
ゆくゆくは冒険者組合長か、ということなのだろう。
シェイラが特に出世を求めていないのは、弟が出世しているから、自分はいいか、と言う感覚もあるのかもしれなかった。
そして、シェイラは、俺に尋ねる。
「そういうわけですので……どうでしょうか。私に、レントさんの状況をお話していただけませんか? 何かお困りのことがあったとき、冒険者組合職員に協力的な知り合いがいれば、必ず役に立つと思うんです」




