第509話 山積みな課題とジャンの推測
「とりあえずは受付に話を……」
してからウルフに連絡をつけてもらおう、と言おうとした俺だったが、そんな俺たちを置いていき、ジャンはずんずんと進んでいく。
その足は冒険者組合長の執務室にまっすぐ向かっていて、誰に話を持って行く気もなさそうだ。
「あ、ちょ、ちょっと……!」
と、ちょうどその場にいた冒険者組合職員であるシェイラが止めようとするが、ジャンの顔を見ると同時に、
「……えっ、う、うそ……貴方様は……?」
と呟いて静止する。
ジャンは鼻を鳴らし、
「少し邪魔をする。お前に責任はないから、安心しておけよ」
と言ってから再度進み出し、そして一階から姿を消した。
ジャンを見送りつつ、しかし完全に停止しているシェイラに俺とロレーヌが駆け寄って、
「……シェイラ。大丈夫か?」
「……災難だったな……」
と声をかけると、その瞬間シェイラが再起動し、
「あ、ああああの、今の人って……やっぱり……ですよね?」
と聞いてくる。
俺はこれに頷き、言った。
「……ヤーラン総冒険者組合長、ジャン・ゼーベックだな。王都から連れてきたんだよ」
「……やっぱりそうでしたか……」
がっくりと来つつも、一応、安心もしたらしいシェイラである。
眼光と気迫で押し切られてしまったところもあって、本当に本人なのかしっかり確認せずに通られてしまったことに問題を感じていたのだろう。
とはいえ、顔を見てその人である、と理解もしていたようだった。
ロレーヌが尋ねる。
「シェイラはあの人と会ったことがあるのか?」
「ええ……一般職員も王都にはたまに研修に行きますからね。その際に、遠目で何度か……。あの雰囲気は、一度会ったら忘れませんよ」
「……確かにな」
その場に立っているだけでも何か覇気を放っているようなところのある人だ。
とはいえ、それは表向きの姿であり、隠そうと思えばいくらでもそういう気配を隠せることを俺とロレーヌは知っている。
そうでなければ王都を根城にする裏組織の頭目なんてやっていられない。
ただ、こういう場面においてはそういった気配は隠さない方が便利だからそうしている、ということだろう。
わかりやすく納得してもらえるからな……今みたいに。
「まぁ、ともかく、あの人が冒険者組合の人間だって言うのははっきりしてるから、通しても問題ないってことだ。俺とロレーヌもウルフに報告しなきゃいけないから追いかけるが、いいかな?」
「もちろん構いません。というか、今の執務室に私は行きたくないので……どうぞお二人で……」
シェイラは押しつけるようにそう言った。
ウルフとジャンが出会ったとき、一体どんな感じになるのか想像は出来ないが、少なくとも一般職員が入り込んで楽しいことがあるとは思えないのだろう。
その感覚は正しい、と俺もロレーヌも思った。
しかし、それでも報告までしなければ依頼は完遂したとは言えないから……。
ため息を吐きつつ、俺たちはジャンの後を追ったのだった。
◆◇◆◇◆
「……おう、ウルフ! 久しぶりだな!」
俺とロレーヌが走って追いついたときには、すでにジャンは冒険者組合長執務室の扉を乱暴に開け放ち、中に向かって笑顔でそう声をかけているところだった。
「……遅かったか」
「まぁ……でもいきなり殺し合いとかするわけじゃないんだし、構わないんじゃないか? 商会長が支店長を抜き打ちで訪ねるようなものだろう」
ロレーヌが冷静にそう指摘する。
確かにその通りなのだし、だとすれば問題なんてないはずなのだが、ジャンはトラブルメーカーの気質を持っているのは疑いないところだ。
出来ればもっと穏便に報告したかったというのが正直なところだった。
とはいえ、もう過ぎたことは仕方がない。
ジャンに続いて、俺とロレーヌも執務室の中に入る。
中に入ると、額を抑えて苦い顔をしているウルフの姿が目に入った。
いつも堂々としている彼にしては相当に珍しい姿に、悪いことをしたな、と思う俺である。
ちらり、とウルフの視線がこちらに向いた。
責めるような色を感じないでもないが、俺は何も気づかなかった、とふいと目を逸らし、音の鳴らない口笛を吹いてごまかす。
「……ごまかせてないぞ」
小さな声でロレーヌがそう言うが、知らない。
「ゼーベック総冒険者組合長……まさかこんなに早く来るとは思いませんでしたよ……」
ウルフが喉から絞り出すようにそう言うと、ジャンの方は笑って言った。
「お前の魂胆は分かってる。こいつらに迎えに来させたってのは一応誘いましたよって言うためのアリバイ作りで、どうせ職員が断るか先延ばしにすると考えてたんだろう? だが、残念だったな。俺は来た!」
「……の、ようですね……。王都の冒険者組合に顔を知られてないレントたちなら、貴方に直接会うというのも難しいと思っていたのに……」
どうやら、ウルフは俺たちに依頼をしつつ、しかし断りの連絡を持って帰ってくることを期待していたらしかった。
まぁ、連れてこい、とは言われたが、どちらかというと内部的な連絡だったからそれでも依頼不達成とかランクが下がるとかそういう話にはならないことだった。
だからそれでも俺たちに不都合はなかっただろう。
しかし現実には、俺たちは妙な成り行きでかなり深く関わることになってしまって……。
こんな風に連れ立ってここに来ることになった。
そこまでは流石のウルフでも予想していなかったのだろう。
それにしても、ウルフはジャンが裏組織の長であることまで知っているのだろうか?
分からないからとりあえずは知らない体で話した方がいいか……。
「……依頼されたことはこれで完遂したと思っても良いかな?」
二人の間に入って俺がウルフにそう尋ねると、
「……あぁ。構わねぇよ。しかし本当によく連れてこれたな。一体どうやってこの人と会った?」
「色々と成り行きで……でも普通に訪ねても会えたと思うぞ。王都の冒険者組合職員にあんたからの依頼だって言ったら、下にも置かない丁重な扱いを受けたし」
「何……?」
不思議そうなウルフに、ジャンが言う。
「そろそろお前が俺をマルトに呼ばない言い訳に誰か人を遣るだろうと思ってたからな。お前からの使者が来たら必ず俺に伝えるように、と厳命しておいたんだ。だからだろ」
行動の全てを読まれていたらしいことをウルフはそれで理解し、大きくため息を吐いて、
「……あんたは変わりませんね……まぁ、来てしまったものは仕方がない。歓迎しましょう」
そう言ったのだった。