第508話 山積みな課題とジャンとウルフの関係
馬車を降り、マルト冒険者組合に向かう。
道すがら、ジャンに俺はマルト冒険者組合長……つまりはウルフとのことについて尋ねる。
「そういえば、ジャンがウルフを冒険者組合長の地位に就けたんだよな?」
確かそういう話だったはずだ。
ウルフは当時、冒険者を引退し、田舎に引っ込もうとしていたのだが、そこを引き留めたのがジャン・ゼーベックだったというのは有名な話だ。
実際、ジャンは俺の質問に頷いて、
「あぁ、そうだな。当時、あいつは白金級一歩手前あたりまで行ってたが……目にあれだけの傷を負ってな。年も年だし、そろそろ引退するとか言い始めた。そうと決めたら素早いのなんのって、あっという間に準備を終えて、さぁ、旅立つぞってところまで済ませててな……俺が王都からここまですっ飛んできて、止めた。確かに冒険者はその傷じゃ厳しいかもしれねぇと。だが、お前には長年の冒険者としての経験があって、それをこれからの冒険者のために役立ててくれねぇかと。今でこそマルトの冒険者組合はかなり評判がいいがな。あいつが冒険者組合長になる前はその辺の冒険者組合と大して変わらなかったからな……あいつを就けて、大正解だったぜ」
そうしみじみと語った。
ウルフが冒険者組合長となったのは俺やロレーヌが冒険者になる前……十年以上前のことだ。
その頃、マルトの冒険者組合がどんなもんだったかは知る由もないが、かなり酷かったのだろう。
一般的な冒険者組合というのは良くも悪くも冒険者の自己責任の比重が大きいものだ。
つまり、助けもしないが奪いもしない、と言うもの。
至極当たり前、という感じもするが、ある程度慣れた者ならともかく、駆け出しにまでこの対応を基本にすると途端に酷いことになる。
駆け出しなど、魔物の種類や部位、解体方法もあやしいものだし、植物などの素材についてもよく分かっていない。
鉄級向けの簡単な依頼だからと受けて大失敗、なんてことになるのが目に見えている。
さらに、大失敗で済めばマシな方であり、命まで落とすこともざらだ。
そんな状況を放置しておくのはどうか、と思うが、これは昔からの伝統というやつが強かったが故にそういう状態だったとも言える。
というのは、冒険者の"自由”というやつだ。
冒険者は誰にも縛られないものである。
そういう標語染みた思想がまずあり、これを拡大解釈して、俺たちには誰も指図するな、と主張する者たちが少なからずいるわけだ。
それは必ずしも下っ端にだけというわけではなく、それこそ冒険者組合長クラスにもいる。
だからこそ、その部分を変えようとしても難しい、そういう体質が、冒険者組合には少なからずある。
ただ、マルトにおいてはウルフが率先してそういう空気を払ってきた。
だからこそ風通しが良く、駆け出しだけでなく、ある程度のベテランになっても良い意味での向上心が維持し続けられる気風が出来ている。
そういうものを実現させられる、そう考えて、ジャンはウルフを抜擢したのだろうし、ウルフもそれに応えたわけだ。立派である。
俺?
俺はそれこそ駆け出しに基本を教えてたとかそんなものくらいだしな……。
上の方から意識改革、なんて真似はやれるはずもない。
まぁそれでもそれが全くの無駄でなく、少しは役に立っているのは、この街の冒険者組合長がウルフだから、ということで間違いないだろう。
「他の街でもウルフみたいな冒険者のことをよく分かってる冒険者組合長ばかりになってくれると、駆け出しの死亡率も下がるし、質のいい素材も増えて良いことづくめなんだろうけどな。やっぱり難しいのかな?」
俺がそう言うと、ジャンは少し考えて返す。
「……ヤーランの冒険者組合ならば徐々にそういった意識改革はしているところなんだがな。ヤーラン以外まで波及させるとなると難しいだろう。まぁ、あんまり手を伸ばしすぎても全部ぽしゃることになるだろうし、少しずつやっていくしかねぇさ。まずは足下の王都からなんだが……それすら簡単じゃなくてな。レント、お前知ってるか? 王都の冒険者は銀級にもなっても少しマイナーな薬草となれば見分けすら出来ねぇ奴もいるんだぞ」
「少しマイナーとなると……土三ツ葉と三葉花とかか?」
俺がそういえば、ジャンは顔をしかめて、
「……そいつは薬草採取のプロでも目の前で吟味した上で間違えることもあるやつだろうが。そいつを間違えても誰も責めねぇよ」
「マルトの駆け出しはみんな見分けられるぞ」
少なくとも俺が教えた奴は。
そう言うと、ジャンは目を見開き、
「はぁ? マジで言ってんのかお前」
「本当だよ。というか、あれを見分けられないとやばいだろ。三葉花は食ったら麻痺するんだぞ。土三ツ葉は高級食材なのに」
「いや、確かにそうだけどよ……」
「それにしっかり見分けられたら三葉花だって使い道も出来るしな。少しデカ目の魔物にも効くくらい強力だから汁を抽出して剣に塗れば有用だぞ」
「……マルトの駆け出しはそんなおっかねぇもん使ってくるのか……暗殺者顔負けだな」
ジャンが呆れていた。
おっかないと言っても死ぬことはないし、人間は比較的早く排出することが出来るので誤って自分をそういう武器で傷つけてしまっても仲間がいればなんとかなる。
一人では絶対に使うな、とは駆け出したちには教えておいているし、大丈夫だろう。
実地として実際にその麻痺にかかってもらったりもしたし、身をもって危険性は理解しているはずである。
そんな話をすれば、ジャンは、
「おっかねぇのはお前だったか……その仮面、今更ながらひどく似合ってみえるぜ……」
と呟いていた。
それから、
「……お、着いたな」
ジャンが一つの建物の前で止まり、そう言った。
冒険者組合建物である。
以前来たことがあるのは話の流れでなんとなく分かったので、当然これがそうだとすぐにわかったのだろう。
まぁ、冒険者組合建物というのは用途上、作りが大体決まっているので一目見れば概ねそれだと分かるものばかりだが。
特別なものもないわけではないらしいが、俺はまだ見たことがない。
遠くに行けば、いつか見る機会もあるのかもな……。
「じゃあ、入るか。お前たちも来るよな」
ジャンにそう言われたので、俺たちも続く。
依頼はジャンをウルフのところまで送り届けること、なのでそこまでやらなければ冒険者として依頼を終えたとは言えない。
当然の話だった。




