第53話 新人冒険者レントと冒険者組合職員シェイラ
俺が振り返ってシェイラの顔を見ると、その表情は非常に真剣なもので俺はそれを目にした瞬間察した。
――簡単には誤魔化せなさそうだな。
と。
とことこと歩いて、シェイラの前まで行き、俺は尋ねる。
「……なにか、ようか?」
しわがれてはいるが、屍食鬼だったときと比べれば遥かに流暢な声である。
ただ、シェイラはその声を聞いてから、非常に悩んで、しかし口を閉じることは出来ずに、
「……はい。私は、貴方に聞きたいことがあります。もしよろしければ、別室に来てはいただけませんでしょうか?」
この場で話すつもりはないらしい。
それは……一体どう捉えればいいのか微妙だ。
少なくとも、今、冒険者組合にいる冒険者たちに聞かせるつもりはないということは間違いないだろう。
俺の正体が、おそらくは、レント・ファイナだと気づいたうえで、そうするということは、名前を偽ったこと、そしてその偽った名前で冒険者登録をしたことについては黙っていてくれるつもりだと考えて良さそうに思える。
俺がわざわざ偽名を名乗ったことに、何か理由があると深読みしてくれたのかもしれないな。
しかし、そうであるとしても、俺が不死者であることまで黙っていてくれるつもりか、というとそれはまた別の話だろう。
俺が、人間として、偽名を名乗った。
これなら、許されるかもしれない。
けれど、俺が、不死者として、偽名を名乗った。
これは許されないかもしれない。
どうしたものか……。
非常に迷う話だ。
しかし、シェイラの表情を見る限り、あまり引く気持ちはないらしいということは分かっている。
ここで断り、色々と疑念を抱かれるのもまた、問題があった。
適度に説明する必要はもう生じてしまっている以上、とりあえず、ついていく方向で行くしかないだろう。
そう思って、俺は言う。
「……わかった。どこに、いけばいい?」
「……! ありがとうございます。こちらへ……」
ぱっと、少し表情が明るくなったことがなにか、申し訳ないような気がした。
おそらくは色々と説明するように求められるのだろうが、俺が言えることなど少ないのだ。
まさか、ローブを脱いでみせると言うのもな……。
出来るだけ、説得力のある話を、核心――つまりは、俺が不死者である、という部分だけを言わずにするしかない。
俺は、覚悟を決めて、シェイラの後についていく。
◇◆◇◆◇
ばたん、と冒険者組合建物の職員以外立ち入り禁止の区画にある一室に入り、扉が閉まる音がした。
部屋の中にいるのは二人。
俺と、シェイラだけだ。
中に何か録音や録画の可能な魔道具などが設置されていないか魔力を探知してみるが、なさそうである。
そもそもそう言った魔道具は高い上、貴重だから、いくら冒険者組合とは言えおいそれと手に入れられるものではない。
それなのになぜロレーヌは持っているのかと言う疑問を感じないでもないが、あいつは色々と俺に秘密の部分を持っているのは分かっている。
おそらくはその隠された伝手とかを持って手に入れたのだろう、と推測している。
「――さて、レントさん。私が何を聞きたいか、察しのいい貴方ならお分かりですよね?」
シェイラが口を開くと同時に、そんな切り付けるような台詞を俺にぶつけてきた。
何も嫌な感じではないが、どことなく反論を許さないような雰囲気の感じられる言い方である。
しかも、俺の名前やら何やらが、妙に強調されている。
その強調が、何を意味するのかは、それこそ察しのいい俺がわからないはずはなかった。
ただ、それでもそのまますべてを話すことは出来ないし、するつもりはない。
とは言え、それで納得しないだろうと言うことも分かっている。
だから俺は、ある程度を、色々な保障の上に話す、という選択をすることにした。
そのための布石として、俺はシェイラの質問には答えず、むしろ質問で返した。
「……そのまえに、かくにんしておきたい。おれを、ここにつれてきたということは、ぎるどとしては、おれが、あらたにぼうけんしゃとしてとうろくしたことは、とがめるつもりはないととらえても、いいのか?」
「……質問しているのは私ですよ、レントさん。それは本来許されていない行為です。ですから……」
シェイラの言うことは分かる。
冒険者組合の登録関係は結構ザルだが、表向き、というか基本的なルールとしては複数登録は認められていない。
だから、その職員として許す、とは言えないのが普通だ。
しかしそれでは俺がここにいる意味はなくなる。
だから駆け引き、というわけではなく、端的な事実として、俺は言う。
「もし、そのことについてほしょうされないのなら、おれはもうかえる。もうにどと、ぎるどには、こない。どうなんだ?」
別にそれでも構わない。
と言っても、夢である神銀級を諦める、というわけではない。
そうではなく、都市マルトから別のところに行ってそれこそまた登録しなおせばいいのだ。
何度も言うようだが、冒険者組合の登録管理はザルだ。
もう一度鉄級から始めるのはそろそろ面倒くさいが、それでもダメだと言うのなら仕方がないだろう。
顔や格好については、仮面の形をいじり、ローブの色や形も変えれば問題ない。
だからそう言った。
これにシェイラは目を見開き、慌てて言った。
「ちょ、ちょっと待ってください! それは……」
「しぇいら。おれは、いま、おおきなもんだいをかかえている。たとえぎるどであっても、おかしなよこやりはいれられたくはないんだ。だから、さいていげん、ほしょうすることはほしょうしてもらえないと、おれはなにも、はなせない。もちろん、そのほしょうは、まじゅつてきにほしょうされた、ぶんしょでしてもらいたい」
「……レントさん。そんなに大変なことがあなたの身に……?」
もしかしたら、シェイラとしてはそこまで重大事だとは考えていないのかもしれない。
少し身を隠す必要があったから、ちょっとだけ名前を隠している、それくらいのことだと。
けれど現実は違う。
俺はもしかしたら、永遠にこの身を人前にさらしてはならないのかもしれない。
それどころか、明日、誰かの手で……それこそ、顔見知りに討伐されてしまってもおかしくはないのだ。
そんな状況で、そう簡単に事情を話すわけにはいかないのだ。
これは別にシェイラを信用していない、というわけではない。
けれど、彼女はあくまで冒険者組合の職員だ。
市民の安全を守る側にいて、それを脅かす存在がいれば、たとえそれが友人であっても上司に報告し、倒すべく行動しなければならない。
それこそが、冒険者組合というものの存在意義だからだ。
だから、彼女がそうである以上、話せる内容には限度がある。
ロレーヌは色々な意味で独立独歩な人間だから話せただけだ。
自分で決めた限り、他人には絶対に話さないと言うのが分かっているから。
鍛冶師のクロープも同じだ。
シェイラは、その意味で少し違う存在なのだ。
これは、好悪の問題とは違う。
立場の強いるものの違いだ。
俺はシェイラに頷いて、彼女の返答を待った。
シェイラは目をつぶり、考えた様子だったが、しばらくして覚悟が決まったのか、口を開く。
「レントさん。実は、私はまだ、貴方のことを冒険者組合には報告していないんです。なにせ、まるで確信がなかったものですから……ただ、今日貴方たち三人を追跡していた職員は、私が少し相談したので、知っています。ですから、冒険者組合として、貴方の登録についてどうこうということは言いようがない、そういう状況で……」
シェイラの言葉に、今度は俺の方が驚いた。




