第52話 新人冒険者レントと新人を終えた冒険者
「合格……合格か! おい、ローラ! 合格だってよ!」
少しして、青年の言葉が染みわたったようで、ライズが爆発するように喜んで叫んだ。
ローラも、
「わぁ! やったね、ライズ! お父さんとお母さんの反対押し切って、村から出てきた甲斐があったよ……!」
と言って喜んでいる。
内容に若干不穏なものを感じないでもないが……。
まぁ、田舎の村での生活に嫌気がさして冒険者になりに都会へ、というのはかなりありがちな話だ。
俺も似たようなものなので説教は出来ない。
それに、そんな出自でこれくらいの技量を持っているというのは中々のことだ。
何か幸運があったのだろうが、それでも銅級に上がれたと言うのは彼らの努力を証しているだろう。
銅級になれば、少なくとも通常の雇われ人をやるよりは遥かに稼ぐことが出来るからな。
田舎で自分の手の届く範囲の畑を耕しているのとは比べ物にならない。
つまり、銅級になれた時点で、彼らは故郷に錦を飾ることが可能な訳だ。
喜ぶ理由は分からないでもなかった。
俺はどうかと言えば、当然とても嬉しい。
そもそも俺は生きているときは銅級だったわけだし、結局そこで足踏みして何年も過ごしてしまったが馴染み深いランクである。
今まで俺が良く受けてたタイプの依頼もこれで受けられるようになるし、次の銀級を目指すと言う新たな目標も出来た。
俺の今の冒険者人生は、非常に順調で、このまま頑張っていけばこの道はきっと神銀級へと続いている、と思えるような素晴らしいものだった。
問題は、このローブと仮面を外すと俺は不死者の屍鬼である、ということだが……。
まぁ、些末なことだろう。
きっとそうだ。
別に街を普通に歩き回っている不死者が一人くらいいてもいいじゃないか。
もわもわと妄想が頭をよぎる。
よろよろと歩く、体中に穴の空いた屍鬼が、一人の物売りに話しかける。
「り、りんごを、ひとつ、ください」
「あぁ、はいよ。半銅貨一枚だよ。はいはい、たしかに。それにしてもレント、あんた今日も穴だらけだねぇ」
「あんでっど、だからな。はっはっは」
「あははは……」
そんな会話がなされていてもいいのだ。
……よくはないか。
いや、良くはないけどダメでもないんじゃないか?
別に俺は悪いことはしてないんだし、その辺にいるおばちゃんなら別に俺が穴だらけのアンデッドだろうが骨で歩き回る死体だろうが気にしないような気がする。
まぁ、現実に歩き回ってたら、当然誰かしらに衛兵なり冒険者なり呼ばれてこの世からさようならだけどな。あはは。笑えない。
しかし、それはとりあえず置いておこう。
存在進化すれば、そのうち堂々と歩けるようになるはずだ。
こつこつ迷宮で、頑張っていけばいいのだ。
そうすれば、存在進化も出来て、魔物の素材でお金も儲かり、依頼も一杯達成できてランクも上がる。
一石二鳥どころか三鳥である。
うまくいけば、の話だけどな……。
さて、それよりも今は銅級に上がったことについてか。
昇格が決まったことはいいが、細かいことは聞いておかなければならないだろうな。
俺は大体分かっているが、ライズとローラの二人はまだだし。
そう思ってシェイラに目を向けると、彼女は言う。
「ところで、銅級に上がったみなさんなんですが、とりあえず冒険者証が鉄級の鈍色のものから、こちらの銅のものになります」
そう言って、銅の冒険者証を見せてきた。
しかしそこには、ギルド・ギルダーという恐ろしく適当な名前と、ギルドの所在地の番地が記載してあるだけである。
それについても、シェイラが説明してくれた。
「……これは見本ですから、架空の人物の名前ですよ。ちなみにギルド・ギルダーさんはどのギルドの見本でも使われている由緒正しき架空人物です」
そんな情報はいらない、と言いたいところだが、ライズとローラは興味深そうだ。
まぁ、あんまりこういうものを見せられることはないからな。
ただ、鉄級の冒険者証をもらうときにも見せられたんじゃないかと思うんだが……。
それについて、ライズは、
「いや、あのときは本当にいる誰かの奴を見せてくれたんだと思ってたんだよ」
と言った。
シェイラほど親切に説明する職員ではなかったのかもしれないな。
それか、若い冒険者とちょっとからかったとか。
実害があるわけではないから別にそれくらいいだろうが。
シェイラは続ける。
「銅級の冒険者証からは、一応、偽造防止の魔術付与が施されますので、その関係で作成には一両日頂いております。明後日には確実にお渡しできるので、それまでは今お持ちの冒険者証をお使いください。それで銅級の依頼を受けることも可能ですので、そこはご心配なさらずに」
この場合の偽造防止は身分証明能力が上がるという訳ではなくて、冒険者組合側がおかしな奴に勝手に冒険者の名前を名乗らせないための措置だ。
しかも、偽造防止とは言うが、その前に一応、を付けただけあって、腕のいい魔術師なら偽造は可能なくらいのものだ。
だからこそ、冒険者の中には怪しげな奴も少なくなく、胡散臭い集団だと見られることも少なくないのだが……。
ちなみにこの偽造防止の魔術付与は、ランクが上がるにつれて上等なものになっていく、らしい。
銀級のそれはロレーヌのを見せてもらったことがあり、ロレーヌにその技術について聞いたことがあったが、しかしそれでも時間と素材があれば偽造は可能だという話だった。
金級、白金級も同様だ。
ただ、神銀級のそれだけは、偽造は不可能に近い、ということだ。
神銀級の冒険者は、冒険者組合の宝だ。
何があっても冒険者証の偽造などさせない、ということだろう。
まぁ、それでも絶対に不可能という訳ではないぞ、自分なら時間さえかければ何とかなる、とはロレーヌの言だが……絶対にやるなよとは一応言っておいた。
いつかしゃれで作りそうで怖いが。
さて、シェイラの説明も粗方終わったようである。
色々と説明してもらったが、基本的に銅級の仕事は、鉄級と大して変わらない。
護衛など、人と関わる仕事が鉄級のときよりも増えていく関係で、礼儀や商慣習などについてある程度知っておく必要が出てくる、というくらいか。
その辺りについては例の受付横の分厚い本に詳細に記載してある。
必要なら冒険者組合がたまに講習しているので、それを受講するのもいいだろう。
たしか、かなり低廉な価格で行っていたはずだ。
まぁ、そんなことはそれこそ些末なことか。
それよりも、今重要なことは……。
「……らいず、ろーら」
俺は二人に話かける。
二人は俺の方を振り返って首を傾げた。
その顔には一体、何を言い出すのだ、と書いてあって、ここまでで俺の性格をかなり理解したが故の表情であることに俺は少し口元が歪む。
しかし、俺と彼らはあくまで臨時パーティなのだ。
銅級昇格試験の受験のために、冒険者組合から無理やりに組まされた二組。
今ではもちろん、無理やりだったから嫌だった、なんてことはさらさらないが、本質的にはそうだ。
ということつまり、試験が終わった今を持って……。
「なんだよ、改まって」
「なんですか?」
首を傾げる二人に、俺は言う。
「……ここまで、いっしょにがんばれて、たのしかった。おたがい、しっかりと、うかることもできた……これから、おたがい、どういうぼうけんしゃになっていくのかはわからないが、きょうのことは、きっと、いつまでもわすれない。ありがとう」
すると、二人は、はっとしたような顔で語りだした。
ただ、その顔には驚きはなく、淡々とした、事実を口にしているような、そんな雰囲気があった。
「……いや、それはこっちの台詞だ。俺たちは、今日、はじめてちゃんとした冒険者になれた気がする。そうさせてくれたのは、レント、あんたのお陰だ。冒険者にとって、大切なのはただ腕っぷしだと今まではずっと思ってたけど、必ずしもそうじゃないって、あんたのお陰でわかった……。本当にありがとう、レント。忘れないのは俺の方だ。今日教わったことを基礎に、頑張っていきたいと思ってる。いつかまた、一緒に依頼とか受けられたら、嬉しい」
「レントさん……出来れば、これからも一緒に、って言いたいんですけど、これは言っちゃダメなんでしょうね……。なんとなく分かってました。レントさんは……何かが違います。あぁ、見た目とかじゃないですよ? そうじゃなくて……なんでしょう、目標? 目的? かな……それがなんだか、私たちには分からないものを目指している感じがして……。それはきっと、私たちと一緒に探すようなものじゃないんだなって。レントさんは私たちに色々教えてくれて、戦いのときも気を配ってくれてましたけど、あくまでも、私たちが私たちだけで敵を乗り越えられるようにサポートに徹してくれてたの、分かってましたから。きっと、試験が終わったら、別れることになるなって感じてました。それでも……私たちがパーティだったのは、今日この日だけだったかもしれないけど、でも、レントさんは私たちのパーティメンバーです。もし、何かあったら、機会があったら、また、組んでください。よろしくお願いします」
二人のその台詞に、俺は驚く。
立派になったものだ、というのと、俺のことをこの短い間でしっかり見ててくれたのだなと思って。
勝手に若い冒険者を育てているような気分になっていたが、それは正しくなかった。
お互いに背中を見ながら、迷っているときに押せるようにと気遣い合っていたのかもしれないと思った。
少なくとも、今、俺は、ライズとローラに背中を押された気がした。
いつか、きっと、《人》になれる。
その希望は捨ててはならないのだと。
俺は、
「……ぱーてぃをくめなくて、すまない。ただ、それはおまえたちがきらいだからとか、じつりょくがたりないから、とかじゃない。おれのじじょうなんだ。いつかそれがかいけつしたら……そのときは、おまえたちにも、いろいろ、はなそうとおもう。そのときまで、おたがいにがんばっていこう」
二人にそう言って、最後に握手をした。
二人は笑顔で俺の手を握ってくれた。
手袋越しだったが、もしかしたら、なんとなく不自然な感触がしたことに気づいたかもしれない。
ただ、それについて何も言わないでいてくれた。
アンデッドだと分かったわけではないだろうが、何か事情がある、と察してくれたのだろう。
それから、ライズとローラは今日のところはもうゆっくり休む、と宿に戻っていった。
俺はそれを見送って、自分もロレーヌの家に戻るか……と歩き出そうとしたところ、
「……レントさん!」
と、後ろから声をかけられた。
それは、シェイラのものだったが、俺は少し驚く。
その名前の呼び方は、先ほどまでの、《あまり親しくないレント》と呼ぶものではなく《かなり長い付き合いのレント》を呼ぶ声色だと感じられたからだ。