第51話 新人冒険者レントと昇格試験の終了
「うらぁぁぁぁ!!」
横合いから聞こえてきた声に、眉を顰めつつ、
「……予想通りで何よりだよ! この!」
と怒鳴りながら、ライズがその剣を思い切り振るった。
襲ってきた男は倒れ、それから、
「やっぱり、ここにも罠がありましたね……」
とげんなりした顔でローラが呟いたのだった。
ここはどこか、と言えば《新月の迷宮》の入り口である。
俺たちは迷宮の奥から戻ってきて、やっとここまでたどり着いたのだった。
そして、迷宮を出ようとしたところ、先ほどの男が唐突に剣を振りかぶってこちらに向かって来た、というわけだ。
これもまた、冒険者組合のかけた罠の一つだろう。
「冒険者組合に報告するまでが依頼です、って言わんばかりだよな」
ライズももう、だいぶ擦れたというか、こういうものなんだなと彼なりに納得がいったらしく、困惑は感じられない。
ただただ、面倒くさげであり、もうこういうのは勘弁してくれ、と顔に書いてあった。
まぁ、帰りの道も行きと同じくらいに色々あった。
行きで味わった罠の数々と、その意図、それに目的地にたどり着いたときの冒険者組合職員のあの雰囲気を見て、ライズも理解したのだ。
あまりにも純粋なままではこの先よろしくないだろうと。
「でも、流石にこれで打ち止めですよね……?」
ローラが不安げに俺に尋ねるが、そこは微妙なところだ。
ここで、行きの馬車のことを告げる。
おそらく黙って放置していれば、どこか別のところに連れられて行った可能性の高い、馬車のことを。
すると二人とも、
「そこも注意しなきゃいけなかったのか……」
「ということは、本当に街に着くまで……いえ、冒険者組合の受付に着くまで、安心はできないということですね……」
とがっくりとしている。
まぁ、気持ちは分かるが、そこまでやっての試験である。
資質を見るためには、試練がたくさんなければならないだろう。
とは言え、流石にここから先はおまけのようなものだ。
ここまで来れた以上、そうそう脱落することは無いはずだ。
油断は出来ないが。
「……まぁ、ゆだんさえしなければ、いまのおまえたちなら、だいじょうぶだ。いくぞ」
そう言うと、少し驚いた顔をして二人はついてきた。
どうやら褒められたのが意外らしい。
二人とも、
「おい、褒めてくれたぞ」
「……ちょっと嬉しいね」
などと話して笑い合っている。
何か恥ずかしくなり、俺は足を速めた。
◇◆◇◆◇
俺たちはそれから、都市マルトに戻るまで、非常に慎重にことを進めたのだが、結果として帰りはかなりすんなりと戻ることが出来た。
馬車の御者は来るときと同じ人物で、俺の顔、というか仮面を見ると苦笑いをし「普通に街まで戻してやるから乗んな」と言ってくれ、宣言通りまっすぐに都市マルトまで戻ってくれたし、都市マルトについてからも、周囲に何か怪しげな雰囲気を纏っている者たちはいないではなかったが、俺たちがそういう者たちに対する警戒をしっかりしていると理解するとするりと去っていった。
彼らもまた、冒険者組合側の人間で、街に着いたからと安心している受験者たちからバッヂを強奪する任務にでもなっているのだろう。
ただ、迷宮の中にいた者たちとは異なり、無理に襲い掛かろうとしないのは、街中だから、というのと、ここまで来たらもうそう言った意地悪は必要ないという感覚があるからかもしれない。
そして、俺たちはついに辿り着く。
冒険者組合建物の前へ。
「……長かったような、短かったような……」
ライズが年に似合わないしみじみとした表情と声色でそう言った。
「この建物を見るのも、なんだか久しぶりのような気がするから不思議です……」
ローラも似たような心境らしく、表情がライズと同じだ。
俺はそんな二人の感傷を無視して、
「……はやくいくぞ」
そう言って足早に冒険者組合の中へと向かっていく。
二人はそれに慌ててついてきた。
俺の突拍子のない行動にはもう慣れてくれたらしく、パーティ行動と言うのもたまには悪くないなと思わせてくれる二人だった。
「……バッヂの提出はここでいいんだな?」
ライズが注意深く、受付に座る冒険者組合職員シェイラにそう尋ねると、シェイラはほほえましそうな視線でライズを見て、
「ふふ、成長されたようですね。ええ、ここで間違いありませんよ」
そう言った。
彼女に促され、俺たちは三人ともバッヂを取り出し、手渡す。
シェイラはバッヂを矯めつ眇めつ見て真正なものであることを確認すると、
「……はい。お疲れさまでした。これで、真実、冒険者組合銅級冒険者昇格試験が終了となります」
そう言って拍手してくれた。
冒険者組合内にいる冒険者たちもその言葉を聞いて、俺たちに笑いかけて拍手をくれた。
和やかな空気なのは、彼らもまた、これを経験しているからに他ならない。
後輩の門出に対する、祝福の拍手、というわけだ。
まぁ、そうはいっても鼻を鳴らしながら見ている冒険者もいないわけではないが、少数派だろう。
都市マルトは比較的、冒険者の質がいいところだ。
柄の悪い者は少ない。
「それで……これで俺たちは晴れて銅級ってことでいいのか?」
「それは……」
と、シェイラが説明しかけたところで、彼女の後ろから一人の青年が歩いてくる。
彼は手に一枚の紙を持っており、それをシェイラに手渡し、言った。
「彼らは問題ないよ。はい、これ、報告書」
「ああ……はい、なるほど、これでしたら問題ないですね」
と二人だけにしかわからないやり取りをしている。
その意味が気になったライズが尋ねる。
「どういうことだ?」
「ええと……」
しかし口にし難いらしく、シェイラが口ごもってしまったので、俺がライズとローラに説明した。
「……おれたちは、しけんちゅう、あのおとこに、つけられてたのさ」
「えっ」
「ほ、本当ですか? まったく気づきませんでしたけど……」
二人とも驚いた顔でそう言う。
これに、当の本人である青年は微笑み、
「君たちのことはずっと見させてもらった。試験ではね、人柄なんかも見るのさ。まぁ、本当の心の内なんてものはわからないけど、あまりにひどすぎる場合はランクを上げるわけにはいかないんだ。だから、僕みたいなのが密かに後をつけて、そういうところを見ていたってわけ」
その言葉に、最後のボス部屋手前で出遭った冒険者たちを思い出す。
確かに、ああいう人物が高ランクになったらやだな、と思ったのかもしれない。
まぁ、俺から見るとあの四人組は多少柄が悪いだけでそこまでひどくはなかった。
というのも、弾かれるのはもっとひどい……それこそ他人を傷つけることに快楽を覚えるような人物を想定しているからだ。
そこからすれば、あの四人組など大したものではない。
結構挑発的だったが、実際に手を出すことは無かったし。
俺が剣を突き付けたというのもあるが、何もしなくても腰に手をかけただけの脅しで、すぐに手を下げた可能性の方が高い。
なにせ、剣を突き付けられても冷静だったからな、あのリーダーの男は。
まぁ、それはいいか。
青年は続ける。
「そういうわけで、さっきシェイラに渡したのは君たちについての報告書さ。細かいことは色々書いてあるけど、概ね問題なし、って書いてある。基本的に今回の試験はバッヂを持ってくればそれで合格だからね。何か特別なマイナスポイントがなければ、問題なく合格。つまり、君たちは、合格でオーケーってことだよ」




