第502話 ヤーランの影と勧誘
「話は分かったが……なぜ俺たちにそんな話を?」
俺がそう尋ねると、エルザは言う。
「聖気を使える者は皆、何かしらの使命を背負っているもの。それが大きいことか小さいことかはともかくとして。しかし、どう生きるか、何のために行動するかは人それぞれ自由です」
いかに神々といえど、人の自由意志に介入することは容易ではない。
神々には確かに見えている。
人の行く末、運命、絡み合う糸、進むべき道、使命。
そういうものが。
ただし、それは神々とて簡単にいじくりはできない。
俺たち人間が、複雑に結ばれた糸を解くのに難儀するようにだ。
大きすぎる手は、堅く結ばれた細い糸を思うように扱うのに向かないというわけだな。
だからこそ、俺たちは自由なのだ……と、言う者もいる。
全く反対の考えの者もいる。
なにが正しいのかは、それこそ神のみぞ知るという奴だ。
エルザがなにをいいたいのか、続きを待っていると、彼女は言う。
「私は、私の力をメルを守るために使います。そしてこの孤児院のために。余裕があれば、東天教のためにも。レントさん、貴方の力を……もしも、あいているときがあれば、私たちに貸してはいただけませんか?」
「なんだ、つまりこれは……遠回りな勧誘だったのか?」
言ってみれば、エルザの話はそんなことだろうと思った。
エルザは俺の言葉に、
「そうですね。否定はしませんが、強引にどうこうというわけでも、望まないことをさせたいわけでもありません。何も起こらなければいいのですが……きっとこの先なにかが、起こる。そのときに、お力を貸す余裕があれば、で構いません。私たちに力を貸してほしいのです」
「さっき言ってた、激動の時代に入ったら、ということか?」
「そういうことですね。もちろん、何もなければそれが一番なのですが……そうなるとは思えないのです」
かなり抽象的な話だが、エルザはそのときが来ることを確信しているようだ。
よくある話だ、と切り捨てることは出来る。
これから、世の終わりがやってきますと。
そのときのために功徳を積み、次の世で幸福を得るのですと。
そんな話に聞こえなくもない。
しかし、エルザはそういうもののために、というより、メルやこの孤児院という具体的なものを守ろうとしている。
不安をあおって帰属させようとする宗教的な勧誘、というのとは違う。
「……なぜ、俺に頼むんだ?」
「それはレントさんが聖気を使えるからです……あぁ、レントさんだけに、というわけではないのですよ。聖気を使える方を見つけたら、やはり勧誘はしています。東天教としても、一人のエルザとしても。ですが、ここにつれてきたのはお二人がリリアンと知り合いで、信用できると思ったからです。ここまで説明した上での勧誘はまず、していませんが……」
つまりは普段の勧誘活動の延長で、多少信用して深く話してくれた、ということかな。
それで極端に恩を感じる必要もないだろうが、中々におもしろそうな情報だったのは確かだ。
そんな時代が来るというのなら、そのときはきっと冒険者の稼ぎ時である。
それに、強力な聖気使いの存在……魔物である俺には有用な情報だ。
俺や俺の眷属に聖気は効きはしないが、イザークやラウラたちはそうではないだろうし、注意喚起くらいしておくくらいのことは出来る。
まぁ、彼らは俺が言うまでもなく知っているんじゃないか、という気もしないでもないが……。
そういう諸々を考えると、まぁ、少しくらいは恩に思ってもいいのかも知れないな。
ロレーヌと顔を見合わせ、なんとなくの相談を視線だけで終えると、俺は言う。
「……話は分かった。確約は出来ないが、余裕があれば、ということでいいのならそのときは言ってくれ。それくらいでも構わないか?」
エルザは俺の言葉に、
「もちろん、構いません! 無理を言っていることは分かっています。ただ、メルとこの孤児院のために出来ることをしておきたいのです……」
そう言って頭を下げたのだった。
◆◇◆◇◆
それから俺たちはしばらく雑談をして、孤児院を後にすることになった。
メルがポチとしきりに話して楽しそうだった。
子供たちの前でも普通に話していて、
「ポチさんは喋るんですよ!」
と力説し、子供たちにおかしなものを見るような目で見られていた。
それが心外だったのか、
「しょ、証拠を見せましょう! ポチさん、三回回ってわんと言いなさい!」
と指示を出していたが、ポチはメルをしらーっとした目で見て、遠くの方へ歩いていき、どかっとそこに座って寝てしまった。
子供たちの視線の冷たさが増した気がした。
メルはポチのところへ走っていき、その体を大げさに揺すりながら、
「ポチさん! どうして、どうしてなんですか!? 聞こえてるでしょう!? 私の声が! なのになんで無視するんですか!?」
「……わふぅ」
そんな会話が後ろから聞こえてきたが、俺たちはまぁ、これなら何かがばれることもなかろうと、そのまま孤児院を出ていったのだった。
寺院までとことこと歩いていると、
「……あっ! エルザ様! エルザ様がいたぞー!!」
という一人の東天教の僧侶の声が響いた。
見れば、こちらを見て指さしている僧侶がいる。
「うがっ! ま、まずい……どこかに隠れる場所は……!?」
エルザがあからさまにきょろきょろと周囲を観察しだしてそんなことを言うが、残念ながらすでに遅かった。
気づけば周囲は東天教の僧侶に包囲されていて、どこにも逃げる場所は存在しなくなっていた。
エルザはその腕を東天教の僧侶にがっちりとホールドされると、
「さぁっ、エルザさま。お家に帰りますよ」
と言われて引きずられていく。
「ま、まだっ! まだ私にはやることがっ!」
もう全部用事は終わっただろ、と思って俺とロレーヌがその様子を見ていると、一人の僧侶がこちらに駆け寄ってきて、
「……本日はエルザさまにお付き合いいただき、まことにありがとうございます。大変でしたでしょう? 何かありましたらぜひ、大寺院においでください。今回のお礼とお詫びは、しっかりとさせていただきますので……では」
深く頭を下げてそんなことを言い、エルザ包囲網の中へと加わっていった。
「……この街の上層部というのはああいうのしかいないのかな」
俺がエルザを見送りながら、誰とは言わないがどこかの裏組織の長とかを思い浮かべつつ、そうぽつりとつぶやくと、
「どんなところだろうと、上の方というのはあの程度だぞ。あんまり期待するな」
とロレーヌが世知辛い意見を言ったのだった。