第501話 ヤーランの影と情勢
「……聞いてもいいことかわからんが、なぜ、ポチはメルに加護を? エルザやリリアンに先んじて聖気の加護を与え、守らせようとするとは何か重大な理由があるように思えるのだが……。加護とは、本来そういうものだというしな」
俺やロレーヌのように気まぐれで加護を与えられる場合も少なくないが、そもそも神々や神霊がなぜ、人に加護を与えるかというと、その人物が神々や世界にとって重要な役割を果たすからだ、と言われている。
実際、神話や物語にまで残っているような聖気使いは何かしらの大業を成し遂げ、歴史に名を残しており、加護を与えた神から直接にその役割を説明されている描写もある。
まぁ、あくまで昔の話であるから、どこまで本当なのかと言われると微妙なところだが、それでもそういう話が残るくらいには真実にかすってはいるだろう。
そういうことから考えると、メルにも何らかの役割があるのではないか、という推測が成り立つ。
俺やロレーヌのように、何となくした善行で加護をもらえた、という感じでもなさそうだからだ。
そもそも、ポチは神獣である、ということで、そうであるなら言っては悪いがこんな寂れた孤児院におらずとも、どこか適当な教会とかに行けば下にも置かない扱いを受けるだろうことは想像に難くない。
にもかかわらず、メルのそばにずっと居続けるというのは……。
何かがある、と思ってもそれほどおかしい話ではないだろう。
これにエルザは少し悩んで、
「詳しいことは私にも分かりません。ポチさんに尋ねても答えてはくれませんからね。きっと神々や神霊、神獣の世界にも何かルールがあるのでしょう。神々は人の世に極端な干渉は出来ない、と言われておりますから。だからこそ、人に加護を与え、預言を下し、宗教を興させて影響を及ぼそうとしているのだと……。最後の一つは人間のエゴも入っているような気もしますが」
まず、そう言った。
だいぶ皮肉の利いた発言で、仮にも東天教の僧正であるのにいいのか、と思うが、彼女がもともと東天教に入った目的を考えると、心のそこから宗教に心酔している、というわけでもないだろうし、あり得ることかとも思う。全く信じていないというわけでもないだろうとは思うが。
エルザは続ける。
「ただ、メルに関わることですからね。私もそれなりの地位にいるわけですし、活用できるものは活用して、色々と調べたり考えたりはしてきました。その結果分かったことは……これからこの世界は激動の時代に入るのではないか、ということです」
「それは……一体どういう?」
聞き捨てならない話に、ロレーヌは身を乗り出す。
「メルのように、特別な加護を授かった、と考えられる人物が多数、出現しているようなのです。もちろん、各宗教によって、もしくは国や組織によってその存在は秘匿されていることが大半ですが……それでもある程度の耳を持つ者のところには漏れ聞こえるものがあるというもの。加護を持つ存在というのは我々宗教団体にとって非常に重要な存在であり、数少ないということは事実ですが、それでもその数は今までおおむね、平均的に同じくらいの数を維持してきました。しかし……近年、その数は少しずつ、増えていっているのです。無視できない増加率ですし、それに加えて、先ほどお話ししたように、通常の聖気持ちとは一線を画する強力な使い手も複数出現しております」
聖気使いが増えている、か。
俺やロレーヌもその増えたうちに入るよな。
神々の加護を与えるハードルが下がっている?
なぜか、と言えば、何かが起こるからだと言うことか。
神々がそうまでして対処しなければならないと考えるほどの何かが。
怖い話だな。
「……強力な使い手、というがどの程度の力の持ち主のことを言っているのかな?」
ロレーヌが尋ねるとエルザは答える。
「そうですね。私などはだいたい、その気になれば一つの街を覆う程度の術を使うことが出来ます。普段であれば、それが聖気持ちとして最上位に位置する力量と言うことになりましょう。ですが、今出現している者たちは……もっとも強力な者で、ヤーランで言うなら、中規模領地一つを覆えるほどの力を持っていることがあるようです。規模の違いが、分かりますでしょう?」
街一つと領地一つでは全く大きさが違う。
街一つでも覆える力を持つというのがそもそも衝撃的だが……リリアンも元は同じだけの力を持っていた、ということだろうか。
比較対象として俺はどんなもんか、といえば……まぁ、せいぜい、家一つくらいかな。がんばってそんなものだ。強くなったと言っても大したことがないとは言わないでほしい。化け物がこの世界には多すぎるのだ。
ロレーヌは魔力はともかく、聖気に関しては俺よりも小さいからな。
部屋一つ、くらいが限界だろう。
ただ少しずつ伸びていってはいるらしいから、いずれ抜かれないかと不安でしょうがないが……そのときはそのときかな。
「それは……もはや兵器だな。治癒系の聖気であればそれだけで他国に攻めいるのに十分な理由になりそうだ」
「そうですね……数万の兵士たちの傷を延々と癒し続け、一人の死者も出さずに攻撃し続ける、なんてことも可能になってしまうかもしれません。どの程度力が続くのか、範囲が広いだけで効果は薄まるのか、など色々な要素はありますが……間違いなく驚異的です。そんな者がいるとなれば、どこの国でも組織でも、欲しがることでしょう」
本当に恐ろしい話だな。
俺もがんばればいずれはそれくらいの力を手に入れられるだろうか?
……無理そうだな。
聖気は残念ながら伸ばそうと思って伸ばせる力ではない。
気や魔力は今のこの体ならがんばれば何となるのだが……。
まぁ、強くなるには、出来ることからがんばっていくしかないか。
「メルも……それくらいの力を?」
「おそらくは。加護を与えられた直後はさほどでもないようですが、徐々にその力は強くなっていくようです。といっても、何の努力もなく、というわけにはさすがに行きませんけどね。メルはこれから修行しなければなりません。その力を制御し、正しく扱うために。そうしなければ、彼女自身が危険ですから」