第500話 ヤーランの影と加護
エルザの言葉にやはり、と思った俺とロレーヌである。
俺とロレーヌ、それにエルザとリリアンで共通することと言ったらそれくらいしかないからな。
では、そんなエルザの言葉になんと答えるべきかが一応問題となるが、理由がそれなら普通に話してしまっても問題ない。
聖気を持っている、ということはそんなに重大な秘密というわけではないからだ。
もちろん、聖気持ちというのはレアであり、街を適当に歩いていればいくらでもぶつかる、なんてものではない。
けれど、もともと何の変哲もない低級冒険者であった俺が、きわめて弱いにしろ聖気の加護を持っていたことから考えても、大したことない奴がそれを持っている、なんてことは割とあり得ることだということが分かる。
じゃあ、なぜエルザ相手に微妙な受け答えをしていたかと言えば、俺は自分が魔物であることを見抜かれることを恐れていたからだ。
その可能性もないではなかった。
同じ魔物であるから声が聞こえるのだ、と言う可能性も。
メル僧侶はポチを魔物であると思っていたようだしな。
だが、そうではなかったようだし、素直に話して問題ない、というわけだ。
一人の冒険者として、切り札となりうる力については可能な限り隠しておきたいというのもあるが、マルトでは知っている者は結構知っていたからな。
それは元々、大した力ではなく、切り札なんかになり得ないから普通に俺が言っていたからなのだが……まぁそれはいいか。
俺はエルザに言う。
「あぁ。確かに俺も聖気を持っている。昔、故郷の見捨てられた祠を修理したときに気まぐれか、そこに宿っていたらしい神霊に加護を与えられてな。大した力じゃなかったが」
今は十分に戦闘にも使えるくらいになっているが、そこまで話す必要はないだろう。
エルザは、
「そういうことでしたか……。私とリリアンの場合は、このポチさんに授けられたんですよ。今のメルを見ていればなんとなく予想はついたでしょうが」
俺が聖気を持っていることにエルザはさして驚いていない。
これは、別にそれを持っているからと言って悪い、という力ではないためだ。
魔物であることが露見する場合とはぜんぜん違うのである。
それがばれたら即、討伐であるからな……。
「確かになんとなくそうなんじゃないかと……だが、どうしてエルザとリリアンにだけ加護を授けて、メルは今だったんだ? そもそも聖気ってのはそんなにほいほいくれるものなのか……?」
まさにほいほいもらった俺やロレーヌであるが、それはそれである。
ポチはエルザに言われてやったように見えたし、それが本当ならエルザは好きな人物に聖気の加護を与えようと思えば与えられる、ということになる。
これは大変な話だ。
少なくともそんな存在がいる、ということは聞いたことがない。
しかし、そんな俺の推測はすぐに覆されることになった。
「いいえ。ポチさんは元々、メルに聖気を授けるつもりだったんですよ。私とリリアンの方がおまけというか……先んじて私たちに聖気を授け、会話できるようになったら、メルを守るように、と言われまして。どういうことなのかと当時は不思議に思っていましたが……私やリリアンが聖気を使い出してからすぐに、様々な宗教団体から勧誘が来て、なるほどと思いました。レントさんもそのようなことは?」
「いや、俺はあまりなかったな。住んでいた場所がよかったんだろうが」
つまり、聖気使いは別に魔物のように差別されたり狩猟されたりはしないわけだが、どんな宗教団体も欲しがっている存在であり、したがってどこにも属していない聖気使いが現れたら勧誘員が群がってくる、というわけだな。
俺の場合は力がものすごく弱かったし、普通に人に話していたと言っても、水の浄化をしているときなどに尋ねられたら答えるくらいで、そこまで俺が聖気を持っていると広まっていたわけでもなかったからな。
そもそも俺はソロでやっていたので話すような友達がいなかったという寂しい事実もないではないが。
ただ、普通、聖気が使えると露見すると、そうなってしまうということだ。
マルトはあんまり宗教団体の活動が盛んではなかった、というのも大きいだろう。
せいぜい東天教が少しがんばってるかな、というくらいだったし。
辺境ということもあり、宗教よりまずは自分の腕を磨け的な志向の強い土地でもあった。
しかし、ここ王都は違うわけだ。
ロベリア教の押しの強さもそうだったし、東天教ですらもマルトとは比べものにならないくらいにぐいぐい来るからな。
聖気持ちなんて吹聴したら勧誘員があほみたいに押し寄せるだろう。
「私とリリアンのときはかなりのものでしたよ。しかし、ここは東天教の孤児院ですからね。当時の孤児院長が守ってくれて……ただ、結局いつまでも守りきるのは難しいから、と自分で信仰を決め、何かしらの宗教団体に属した方がいい、とは言われました。それで私もリリアンも、東天教に……」
冒険者であれば世界を転々と旅をし、そういった煩わしいものから逃れることが出来る。
しかし、エルザにしろリリアンにしろ、この孤児院とか、そう言ったつながりを大事にするタイプなのだろう。
振り切ってどこかに、なんていうのは無理だとその孤児院長は見抜いていたのかもしれない。
そもそも二人ともポチにメルを守るように言われているわけで、ここと距離をとるのは出来ないだろうしな。
そうなると、東天教に属する、というのが最善だったのだろうな。
東天教はもともと、穏やかな教義の宗教であるし、そういう意味でも悪くない。
まぁ、ロベリア教みたいなのが悪いってわけでもないのだが、上昇志向というか、教義を広める使命感みたいなのが強いのが多いというか。
若干怖いところがあるからな……。
エルザは続ける。
「メルもいずれは、とは思っていたのです。もともと、彼女に与えられるべき加護ですから。実際、ポチさんは私とリリアンに聖気を授けてからしばらくして、メルにもそうしようとしていました。しかし、私たちはそれを止めたのです。理由は……先ほど言ったような勧誘の多さ、その危険を感じたのと、メル自身が、いずれこの孤児院の院長になりたいと言っていたもので……そういったことを考えると、今しばらく待った方がいいと思ったからです。せめて、私やリリアンが、メルやこの孤児院を守れるくらいに強くなってからだと。ポチさんは少し考えていましたが、最後には受け入れてくれました」