第50話 新人冒険者レントとおとり捜査
スライムの体液を集める俺たちの横を、一組の冒険者パーティが通り過ぎていく。
おそらくは、俺が初めに考えていた方法である《誰かがボスを倒したときにちゃっかり通ってしまおう》作戦を実行すべく、どこかに隠れていたのだろう。
非常に賢い選択だと思う。
いずれいい冒険者になるだろうとも。
冒険者には、こういう狡猾さも必要だからだ。
けれど、ライズは納得しかねたようで、少し腹を立てた表情をして彼らを見ている。
今にも「お前ら卑怯だぞ!」とでも言いそうに思えたが、そんなライズの肩をローラが叩いて微笑んでいる。
まぁ、いいじゃない、という訳だ。
ローラの方は色々と気づいているから、ああいう者たちが自分たちの先を行こうとも大して気にならないという訳だ。
とは言え、別に問題ないからと言って必ずしも先に行かせる理由にはならない。
やっぱり、他人より先に目的地にたどり着きたい、というのは人の本能のようなものだからだ。
けれど、それでも俺は彼らに先に行かせる。
その理由は――
先にボス部屋から出ようと扉に手をかけた冒険者パーティのリーダー、その口元には笑みが見える。
辿り着けた、という喜びが大きいのだろう。
他の者たちも同様だ。
そしてゆっくりと扉が開いていき、一歩、部屋の外へと足を踏み出した瞬間、
――ブシュー!
という音と共に、彼らに対して煙が吹きかけられる。
罠だ。
「……やっぱり、か」
俺がそう呟くと、ローラが尋ねてくる。
「予測していたんですか?」
「あぁ、ごーる、てまえが、めいきゅう、たんさくで、にばんめに、きけんだから、な。ひとが、もっとも、ゆだんする、しゅんかんの、ひとつ、だ」
「……言われてみると、そうですね……」
俺の言葉になるほど、と頷くローラ。
しかしライズは唖然とした顔で謎の煙をかけられている冒険者たちを見ている。
その煙は徐々にこちらに近づきつつあったので、
「おっと、ろーら。かぜまほうで、あれをむこうに、おしこめる、か?」
「そうですね、その方がいいでしょう。……そよ風」
そう言って杖の先に集中すると、緩やかな、しかしガスを押し流すには十分な風が吹き始めた。
魔物に攻撃できるような、強力な魔術ではないが、その制御は簡単な魔術であるがゆえにかなり精密に行われているようで、もわもわとしたガスを完全に向こう側へと追い払う。
俺たちはこれで、巻き添えにならずに済んだが、困ったのはガスの中心部にいる冒険者たちだろう。
頑張って振り払おうとしているが、ガスの効果なのか集中が保てないようで、魔術を使えるはずの魔術師も杖を明滅させるのが精いっぱいらしかった。
そしてしばらくすると……。
「……ふむ、そういう、こうか、か」
「睡眠ガスですか。ありがちですけど、怖いですね。魔物が襲って来たら終わりです」
冒険者たちはその場に崩れ落ちて、すーすーと寝息を立てていた。
ガスの放出は終わったようで、完全に霧散したので、近づいてみてみたので間違いない。
もちろん、それでも警戒は解かずにローラにはいつでもガスを散らせるように魔術の準備をしてもらっていたし、俺も俺で盾を張ったり、魔物が現れても対処できるように武器を構えてのことだ。
ライズは眠っている冒険者を見ながら、
「……先に行ってたら、俺たちがこうなってた、か?」
ライズもライズで彼なりに考えるようになってきたようで、俺は頷いて肯定を示す。
「そういう、ことだな。こいつらは、ちょうどいいところに、きて、くれた」
これもまた、自分でやっておきながらひどい扱いだとは思うが、俺たちがボスを頑張って倒した事実をうまいこと利用しようとしたやつらなのだ。
俺たちが彼らを利用することも許されてしかるべきであろう。
「それなら先に教えてくれても……」
ライズがそう呟くが、
「じぶんで、かんがえられるようになって、いちにんまえの、ぼうけんしゃだ。もっとも、らいずには、ろーらがいるから、いいかもしれない、けど、な」
ライズには今持っている素直さを失ってほしくないという気持ちもあるが、どこまでも純朴な少年のままでいると彼の今後に差し障ることは明らかだ。
幸い、ローラの方は今回の探索でかなり考えるようになってきているというか、人の疑い方を理解してきている。
彼女にそういったことの殆どを任せて、ライズはただひたすら突っ込んでいって戦う、というのもないではない。
ただ、色々と考えたローラの意図を理解できるくらいの思考力は身に着けておかなければならないだろう。
そんなことをライズに告げれば、彼も尤もと思ったのか、
「そう、だな……。ローラ、俺はそういう部分、色々と頼りないかもしれないけど、何か考えがあったら言ってくれ。出来る限り考えてみるからさ」
「うん。でも、ライズは考えすぎなくてもいいよ。私、頑張るから」
そう言って笑いあう二人は、ほほえましく、俺にもこんな時代があったなと思わずにはいられなかった。
まぁ、このくらいの年の頃、こんな風に一緒に旅を出来るような異性などいなかったが。
ロレーヌ?
なんか違うような気も……。
まぁ、いい。
それよりも今はゴールの方だろう。
「……さぁ、そろそろ、いこう。さすがに、もう、わなは、ないだろうが、きをつけて、すすむぞ」
俺がそう言うと、二人はそろって頷いた。
その顔つきに、ゴール手前だから、という油断は微塵もない。
迷宮に入るときはのほほんとした冒険者だったが、今ではいっぱしの顔つきをしている。
短い間だったが、中々に成長したものだな、と思った。
◇◆◇◆◇
「お、来ましたね。銅級昇格試験の受験者ですよね? おめでとうございます! あなたたちが一番乗りですよ」
目的地にたどり着いた俺たちをそう言って出迎えたのは、冒険者組合職員と思しき男性であった。
特に奇妙なところはなく、表情にも不自然な部分はない。
一応、職員である証として、身分証を見せてもらうが、正規のもので間違いない。
罠は、もうないようだ、とそこでやっと安心する。
そんな俺たちを見て、職員は、
「はは。流石に色々とあってお疲れですね? ともあれ、ここが事前に示された目的ポイントであるのは間違いないですよ」
「じゃあ、これで試験は終了ってことか?」
ライズがそう尋ねると、職員は頷いた。
「ええ、一応は。とは言え、もう何もやることがないかと言うとそういうわけでもないですが。とりあえずは……こちらがここに辿り着いた証のバッヂですね。人数分お持ちください。これを、マルトの冒険者組合の受付に提出すれば晴れて貴方たちは銅級です」
そう言って職員が渡してきたのは、小指大の小さな金属製のバッヂだ。
すぐになくしてしまいそうな代物だが、提出しなければならないということなので大切に持っていなければならない。
ここに辿り着けばいい、と言っておきながら実際には冒険者組合にこれを提出しなければならない辺り、面倒な話だが、実際の冒険者組合の依頼を考えれば報告までが依頼なのだから正しいと言えば正しいだろう。
それから、ローラが、
「……そう言えば、競争だから早くここに辿り着けば勝利だ、と言うことでしたけど……」
「あぁ、そうですね。一番乗りですから、他の冒険者に勝ったということで粗品があります。三位まで粗品があるんですよ。どうぞ」
職員はそう言って、一人三本の回復水薬と、それを持ち運びできる、腰や足などに装着するタイプの丈夫な革製のホルダーを人数分くれる。
回復水薬三つとホルダーとなると、冒険者にとって必須の品物だが、買えば銀貨が飛んでいくので駆け出しはある程度の貯金が必要なものだ。
それをくれるというのはありがたいもので、これについてはライズもローラも嬉しそうだ。
しかし、それだけでなく、ローラはそれを受け取りながら、複雑そうな笑顔で、
「やっぱり、勝ったから合格、と言う話ではなかったんですね」
そう呟いた。
これにライズは、
「えっ」
と小さく言い、それから少し考えて、
「……あぁ、そうか、別に合格とは言ってなかったってことか……酷いひっかけだな……」
と一人納得していた。
そこまでひどくもないと言うか、難しくはない軽いひっかけだった、と俺は思う。
むしろ、この試験は、いつも内容自体は大きく違っても、基本的に鉄級から銅級に上がる、駆け出しの冒険者たちに、冒険者としてやっていくために必要な技術を、それがなければどんな目に遭うのかを身をもって知ってもらうために設計されている。
そのため、少し考えれば分かる、くらいの罠が多い。
これがもっと上の試験になると、悪辣かつ気づかないような罠も増えてくる。
どちらかと言えば、落とす試験としての色彩が増してくるわけだ。
それと比べれば、この銅級昇格試験は大したものでもない。
まぁ、ともかく、何にせよ、この銅級昇格試験は、駆け出し冒険者にとって、重要な関門という訳だ。
これから、冒険者としてやっていくために必要なものが、大まかに分かるから。
職員は、言う。
「皆さんお気づきのようですね。ま、そういうことになります。とは言え、ここまで来れた時点でそう言った諸々を乗り越えた方々という訳ですから、合格なんですよ。別に順番とかは最初からどうでもいいのです。期限通りに依頼をこなせるか、それが冒険者にとっての基本ですから。それ以外については、自由裁量です」
つまり、究極的には期限までにここに辿り着けばそれで合格だった、というわけだ。
色々とややこしい構造をしていた試験であるが、その本質は単純極まりないのである。
それを聞いて力が抜けるライズとローラ。
俺はと言えば、昔に一度経験済みの話なので、懐かしいな、としか思わないが。
それから、職員は笑顔で、
「何はともあれ、お疲れさまでした。あとは冒険者組合に報告すればいいだけですので、気負わずにお帰りくださいね」
軽くそう言い放ったが、その言葉を額面通り受け入れる者はこの場にはいなかった。
帰り道も、何かあるかもしれない。
それくらいの感覚でいなければ、足を掬われることになるだろう、と、職員の笑顔の裏に全員が感じていたからだった。