第493話 ヤーランの影と聖女の提案
エルザ=東天教の僧正
次の日の朝。
「おう、レントにロレーヌ。あんたらに冒険者組合から連絡があったぜ。顔を出せとよ」
朝食をとっていると、ついでに、と言った様子で宿の亭主からそう言われた。
「……ジャンからかな?」
昨日の今日の話である。
彼の印象が強くてすぐにそう思ってしまったが、ロレーヌが首を横に振って答えた。
「いや、違うだろう。そっちではなく、ほら、つい先日の……」
「あぁ! なるほど……」
否定されて、なんだったか、と思いだし、すぐに思い至る。
あまり待たせるのもよくないだろう、と思った俺たちは素早く朝食を食べ終え、宿を後にし、冒険者組合まで向かった。
◇◆◇◆◇
「……お二人とも。よくいらっしゃいました。用件の方は……」
冒険者組合の職員がそう言うと、ロレーヌが先んじて答える。
「分かってる。エルザからの依頼の話だろう?」
「あぁ、もう連絡が行っていましたか? その通りです。東天教の僧正、しかも聖女様からの直接の指名依頼なんて、非常に珍しいことで……。細心の注意を払って遂行していただければと思います」
職員は若干の緊張とともにそう言った。
実際にエルザに会った俺たちからするとそんなに緊張することもないように思えるのだが、聖女に対する普通の反応はこんなものなのかもしれない。
それを言ったらロレーヌもすでに聖女なのだが、能力は加護をくれたあの神霊の貧弱さから大したものでもないしな。
格が違うと言うべきか。
それに、国一つを覆うような宗教団体の幹部クラス、となればもうそれだけで違うか……。
「それはもちろんだ。手紙については……ここで?」
「いえ、それは直接お渡ししたい、とのことでした。ですので、お手数をおかけしますが、エフェス大寺院まで受け取りに行っていただけますか?」
また二度手間だな、という気もするが、それだけ大事な手紙と言うことだろう。
それに、そもそも冒険者組合を通した依頼とすることでクラスをあげるための点数稼ぎをさせてもらうためにこういう手続きになっているだけだしな。
どちらかと言えば俺たちに配慮したが故のことである。
文句を言うのは筋違いだろう。
俺たちは職員の言葉にうなずき、そのまま冒険者組合を後にし、エフェス大寺院に向かった。
◇◆◇◆◇
エフェス大寺院にたどり着くと、その前には年輩の僧侶が立っており、俺たちを見つけるとすぐに駆け寄ってきて、
「ロレーヌ殿とレント殿でいらっしゃいますな?」
と話しかけてきた。
俺たちが頷くと、
「お待ちしておりました……どうぞ、こちらへ」
と流れるような仕草で案内を申し出てくれ、前回と異なりすぐに奥の方へと通される。
エルザから言いつけられていたのだろうな。
前回通された応接室に通されると、僧侶は深く頭を下げて辞去し、それからしばらくして、応接室の扉がたたかれる。
「どうぞ」
ロレーヌがそう言うと、
「……失礼します」
という言葉とともに扉が開き、そこからエルザ僧正が現れたのだった。
「数日ぶりですね。お二人とも。王都でのご滞在、楽しんでおられますか?」
そう言いながら、立ち上がって彼女を迎えた俺たちに再度席を勧めるエルザ。
俺たちがそれに応じて腰掛けると、彼女もまた席についた。
「……あまり王都自体は楽しめていないかもしれませんね。ほとんど依頼に時間をとられて、王都をゆっくり歩く時間もなく……」
オーグリーがガンガン依頼を入れてくれたお陰でそんなことになった。
とはいえ、それは彼に協力してもらった俺たちが払うべき対価だったわけで、文句を言うわけにも行かない。
それに、依頼を受けたおかげで俺は銀級試験の受験資格を満たせたしな。
今回の依頼がなければもう少しかかっていたと思われる。
俺が単独で受けられるのは基本的に銅級向けの依頼だけだからだ。
やはり、上位ランクの依頼はいろんな意味でおいしい。
「そうでしたか……。実のところ、手紙の方はもう少し前に書き終わっていて、みなさんが戻り次第、連絡するように頼んでいたのですが、そういう事情だったのですね」
エルザがそう言った。
そりゃあ、手紙を書く、くらい一日もかからずに終わるだろうしな。
それまでしばらく待っていてくれたと思うと申し訳なくなってくる。
「それについては、申し訳なく……」
と俺が言えば、エルザは慌てて首を横に振り、
「いえ! 別に責めているわけではないですので! ただ、最近、色々と物騒な話も聞きます。何かに巻き込まれているのではないかと心配していたのです。こうしてお元気そうなお二人の姿が見られて、ほっとしております」
そう言った。
……まさに物騒な話に巻き込まれて、危うく死んでいたところだったわけだが、まさかそんなことを話すわけには行かない。
それとも、エルザはその辺りの事情をすでにつかんでいて、ひっかけようとしているのだろうか?
……いや、まさかそんなことはないだろう。
確かに東天教はヤーランにおいては巨大宗教団体だが、そこまで何でもかんでも情報を集められるような組織というわけでもあるまい。
それに、もっと国家とか貴族とか大商人とかに関わるような話を集めるならともかく、俺やロレーヌについての情報を集めたところでどれだけの意味があるというのだ。
内実はどうあれ、一般的に言えば、俺とロレーヌはただの冒険者にすぎないのだからな。
とてもではないが何か重要な物事に関わる大人物だということにはなりえない……。
「ご心配をおかけしたことも、申し訳なく……。ただ、ご覧のように全くの無事ですので。明日、マルトに発つことも決まりましたし、手紙を頂戴するのにも丁度よかったかと」
ロレーヌがそう言うと、エルザは、
「まぁ、明日ですか。それでは、本当に王都を見る時間などほとんどなかったでしたでしょうね……」
「ええ。でも、今日これから色々歩いてみようとは思っています。マルトの友人たちにもお土産を頼まれておりまして、それを今日のうちに揃えておかねばと……元々王都に住んでいた者からの頼みで、大変指定が細かくて……迷わなければいいのですが。正直、誰か案内人でも雇いたい気分ですよ」
ロレーヌが苦笑しつつそう言う。
実際、若干心配なのは本当でもあった。
ロレーヌは何度か王都に来ていて、ある程度の地理は把握しているわけだが、リナからの指定は流石、地元娘だけあり、かなり細かく、正直回りきれるかどうか不安だった。
そんな俺たちの不安を読みとったのか、エルザは少し悩み、
「あらあら……そうですか。そうですね……でしたら、わたくしがお二人に王都をご案内しましょうか?」
そんなことを言い出した。