第492話 ヤーランの影と相談の終わり
「……それについては私たちの口からは言えないことだ。ここまで話しておいてなんだが、一応、守秘義務というものがある」
ロレーヌはそう言うが、実際のところ、この件についてそんなものないだろうな。
別に依頼を受けているわけでもないし。
ただ王族関係ということもあり、これ以上、首を突っ込むと面倒くさそうだ、というところだろうか。
あとはあんたたちで何とかしてくれ、私たちは関係がない、というスタンスで行こうとしている。
俺としてもそれで賛成だ。
ヤーランに大量に不死者が現れるのは避けたいところだが、かといって、王杖周りの問題にこれ以上踏み込むと俺たちの命が危うい。
まぁ、俺の命はともかく、ロレーヌやオーグリーたちはな。
それに、そうでなくともジゼルとかその辺りの国の権力者に変に目を付けられても困る。
もっと冒険者として格が高ければ、国の平和を守るのも俺たち冒険者の仕事だ、なんてかっこよく言えるのかもしれないが、今の俺のランクではそんなことを言う前にまずは自分のことだ。
となると、とりあえず、命をジャンたち組織に狙われる危険がなくなった、というところで満足し、後はご勝手に、というのが一番だろうと思う。
ただ、ジャンにはとりあえず一端マルトに来てもらう必要があるのだが……。
どうしたものか。
ロレーヌの言葉にジャンは、
「……まぁ、それもそうか。第二王女には明日にでもお目通り願って話してくるよ」
と比較的簡単に引いた。
まぁ、ジャンは第二王女とは顔見知りのようだし……というか国王とも知り合いみたいだしな。
会おうと思えばそれほどの手間なく会えるからこその言葉だろう。
「それが一番確実だろうな。それと……私たちのもう一つの目的の方だが、貴方はマルトに来てくれるつもりはあるか?」
ロレーヌがついでに聞いてくれる。
来る気がないならないで、その旨、手紙にでも書いてくれればそれで大丈夫なはずだ。
ウルフも思い出してみるにこの人に来てもらうのはなんだか気が進まなそうな感じだったしな……。
むしろ喜ぶのではないだろうか、とすら思う。
しかしこれにジャンは意外にも、
「……あぁ、そうだな。一度、行ってみる必要はあると思ってた。明日は……さっき言ったように第二王女のところに行かなきゃならねぇから無理だが、明後日、マルトに発とう。それでいいか?」
と、了承した。
「……いいのか? 色々と忙しいんじゃ……」
この組織についてもさることながら、表の冒険者組合についてもそうだし、王杖についてもそうだ。
ジャンにはやることが山積している。
俺も俺でハトハラーに報告に行ったり、銀級試験の対策をしたりなど、やることが色々と積もっているが、俺の場合はすべて個人的なものだからな。
ジャンとは責任が違う。
そう思っての質問だったが、ジャンは、
「王杖については今日明日どうこうって話じゃねぇからな……それに、マルトで先に迷宮核を確保されても困る。《塔》にしろ《学院》にしろその進捗状況を確認しておきたい。あと、個人的な興味だ……《塔》が作った疑似的なものならともかく、本物の新造の迷宮ってのは流石の俺も見たことがねぇからなぁ。どんなもんか気になってるんだ」
まず間違いなく、何も進捗していないだろう、というのは俺とロレーヌにとっては明らかだが、それを言うわけにもいかない。
言ったらどうしてそんなことが分かるんだ、という話にしかなりようがないからだ。
そして説明するとなれば細かく話さなければならない。
嘘を判別できるという《異能者》がいるらしいからな。
その判別を避けるためには、そもそもそいつが出てくる必要がないように話を持って行くしかない。
それに加え、ジャンのこの提案は俺たちにとって悪いものではない。
そもそもの目的であったジャンをマルトに連れて行く、という依頼がこなせるからな。
ウルフは出来れば連れてこない方で話を進めて欲しかった、と思っているかもしれないが、そこまで忖度してやる理由もない。
俺にこんな依頼を押しつけてくれた責任くらいはとってもらう必要があるだろう。
俺はそんなことを考えつつ、ジャンに言う。
「なら、そういうことで頼む。明後日、マルトに発つ。そういうことでいいな?」
「あぁ……お前らもしっかりと準備しておけよ。あぁ、馬車については……」
「それならこちらで用意があるので手配は不要だ。では、よろしく頼む」
ロレーヌがそう答え、とりあえずの話し合いはそんなところで終わったのだった。
◇◆◇◆◇
「……ははぁ。随分と事情が込み入ってたんだね……。こんなことに巻き込まれるなんて滅多にないいい経験と言えばいいのか、おそろしく不運だったと言えばいいのか……」
宿に戻ったあと、オーグリーにすべてを報告すると、そんなことを言いながらため息を吐いた。
《セイレーン》は《スプリガン》に回収されて組織に戻ったので、今ここにいるのは俺とロレーヌ、オーグリーの三人だけだ。
すっかりと人数が減って、落ち着いたというか、少しだけ寂しいというか。
初め、命を狙って来た相手だったとは言え、色々と危難をともにしただけあって、《スプリガン》たちには情のようなものを感じていたからな。
いなくなるとそれなりになんだかそういう気分にもなるというものだ。
まぁ、今はもう敵というわけではなくなったようなので、殺し合いをすることはもうない、と思いたいが……。
あれで裏の仕事を請け負う組織だからな。
またかち合う可能性はゼロではないだろうが、ジャンや《スプリガン》の感じからして、そういうことにならないように調整してくれるものと信じたいところだ。
「……間違いなく、不運の方だった、と思うが色々と収穫もあったことだ。プラスマイナスゼロ、くらいだったと考えるのがいいだろう」
ロレーヌがそう言った。
彼女は新しい術式を得られたわけだし、また《異能》の持つ可能性も見ることが出来た。
それに、仕事を依頼することがあるかどうかはともかく、かなり広汎に活動している裏の組織と知己を得ることが出来たというのもメリットと言えばメリットだろう。
下手にその存在について口にすればまた狙われる可能性もあるだろうが、そういうところに配慮している限りは何かしらのタイミングでそのコネを使うこともあるかもしれない。
「前向きすぎる気もするけど、心配事が片づいた今となっては、そう考えた方がいいだろうね……しかし、明日で二人ともお別れか。また寂しくなるなぁ」
オーグリーがしみじみ、といった様子でそうつぶやいた。
確かに、そういうことになるな。
オーグリーは王都で活動する冒険者だが、俺とロレーヌは違う。
またここに来る機会はあるだろうが、しばらくのお別れ、ということになる。