第491話 ヤーランの影と内部事情
「つまり、今、マルトに《塔》と《学院》が入っているのは……」
ロレーヌがそう口にすると、ジャンは頷いて答えた。
「あぁ。《塔》の方はその迷宮核を見つけるためだ。《学院》も目的は同じだが……あっちは第一王子の息がかかっているからな。どっちが先に見つけるか競っている」
「ということは、第一王子も、王杖の修理に迷宮核が必要であることを知っていると言うことか?」
俺が尋ねると、ジャンは言う。
「あぁ。ジゼルの奴がわざと漏らした。とにもかくにも迷宮核を持ってる奴を捜す方が先決だからな。迷宮をくまなく探すためには可能な限り人数を増やした方がいい。人海戦術だな。だからだ。そして《学院》の方が先に見つけたら、それを奪うつもりなのさ」
合理的と言えば合理的だが、血なまぐさいことをやるなと思う。
出来たばかりでそれほどの広さはないとは言え、すべてを探すためにはそれなりの時間がかかる。
一年、という区切りがある以上、悠長にやっていられないから、可能な限りの人員を投入したい、というのは理解できるが……。
最後には迷宮核を争って戦おう、というのはなんというかな……。
ただ、その迷宮核の場所を明確に知っている俺たちからすると、その争いが起こることはない。
迷宮の中でラウラが見つかる日は来ないわけだし、仮に、百歩譲ってラウラが迷宮核を持っていると分かったとしてもだ。
あの人からどうやってそれを奪うというのだろうか。
ラウラが戦っている姿をじっくりと見ることは出来なかったが、それでも少しだけ見たその姿からだけでも化け物染みた実力は明らかだ。
しかもラウラはあのラトゥール家の館にいる。
あそこに詰めている人材を考えると……。
使用人一人をとっても、最低でも中級吸血鬼なのだ。
それも、あくまで最低でも、というだけで、そのほとんどが上級吸血鬼である。
一国とすら戦争できる戦力だ。
田舎国家ヤーラン王国の《塔》と《学院》程度で勝負になるだろうか?
いや、ならないな……。
ラウラから迷宮核を奪い取る、なんて無謀な行動に出るくらいなら、どう考えても他の方法によった方がいい。
なんなら国王を説得する方が楽なはずだ。
俺とロレーヌは心の底からそう思うが、ジャンにその辺りをすべて説明するというわけにもいかない。
何とも言いようがなく、とりあえずその辺りは置いておくことにして、俺たちにとって重要な話題の方に話を移すことにする。
「……まぁ、迷宮核の話は分かった。しかし、それでどうして俺たちを殺す、という話になったんだ?」
「それは、第二王女が新たな王杖をハイエルフに作ってもらおうとしていたからだな。そして、その運搬役にお前等が選ばれたと思った」
たしか、老人もそんなことを言っていたな。
「だが、それの何が悪いんだ? 新しい王杖が出来れば古い王杖は使わないで済むだろう。問題ないじゃないか」
「確かにそうだ。だが、第二王女は新しい王杖が出来ても、国王に渡すつもりはなく、国王が杖にすべての命を啜られた後に、自らが王座につくためにそれを利用する予定だ」
ジャンはそんなことを言った。
俺は即座に、
「そんな訳ないだろう。そういうことをしそうなタイプには見えなかったぞ」
「そうだろうな。そこのところで、最初に言った情報伝達の不全があった。王族のとこに入れてた奴が、そんな話を持ってきたんだよ。で、それに基づいて組織が動くことになっちまったわけだ……俺はそのとき、所用で組織にいなくてな。第二王女の人柄をよく知ってる奴がいなかった。杖についての細かい事情も組織の奴にもほとんど説明してなかったし、それも含めて正確な判断を出来る奴がいなかった。で、そういう諸々の事情の中、ギリーの奴にお前たちを殺し、その第二王女の企みを排除すべし、という指令が出ちまって……戻ったときにはすでに出ちまってて、止める間もなくてな」
これに驚いたのは、ギリーである。
つまり、老人だ。
「……《副長》からの指令じゃったから、疑わなかったんじゃが……」
「その《副長》はどうも昔からのジゼルの使い走りだったみたいだぜ。もう処理したけどな。《副長》もそのスパイも、もういない」
さらっと恐ろしいことを言っているジャンである。
その言葉の意味は組織にもういない、ではなくこの世にもういない、ではないだろうか……。
忙しくしていた、というのはその辺りのことなのだろうな。
裏の組織のトップとは言え、権力争いはあり、大変なのだろう。
しかし、それにしても……。
「その《副長》がジゼルの使い走りだってずっと気づかなかったのか?」
だとすればかなり間抜けな話に思えるが……。
俺の質問にジャンは頭を掻いて、
「反論が出来ねぇな。だが……俺たちの組織は初めからこんな大きかったわけじゃねぇ。少しずつ、他の組織を潰し、吸収して大きくなった。その中に《副長》の組織もあってな。三十年、ずっと奴はその秘密を守り続けてきた。あいつの下についた奴もそのことについて一切知らなかった。これはもう、あっぱれと言うしかねぇぜ」
つまり、いざというときのために、ずっと秘密を抱えて生きてきた、と。
仲間にも部下にも何も言わず、そのときまで勤勉に働いてきた。
そうなるともう疑いの種すら生まれないというのは仕方のないことかもしれない。
しかし、結局、その指令も失敗したわけだ。
なんだか寂しい人生のような気もするが、本人が忠誠に殉じたのならまぁ、それはそれでいいのかな……。
ひどい目に遭わせてくれた張本人とは言え、ある意味で一本筋が通っていた人物であることは間違いなく、なんだか感傷的な気分になってしまう。
会ったこともないし、問題なく危難を切り抜けられたからこそそう思えるのだろうが。
何か被害が出ていたら死ぬほど恨んでいただろう。
「しかしそういうことだと……これから、貴方たちはどうするつもりだ? ジゼルのしていることを鑑みるに……何が何でも第一王女を国王にするためになりふり構わずすべてを投入している感じだが。ここまで分かっていて、ジゼルに協力し続けるのか?」
「いや、もうあいつとの契約は終了よ。だいたい、第二王女が王杖の新品を持ってこれるってんならそれでいいからな。素直に国王に渡すだろうよ。だが、問題は、本当に持ってこれるのかってことだ。実際、その辺りはどうなってんだ?」