第488話 ヤーランの影と暗殺の理由
「さて……と。あんたらもかけてくれ。ギリーもな」
ジャンの執務室につくと、彼はまず俺たちに席を勧めつつ、自分も座った。
柔らかい革のソファは見るからに高級品であり、かなり儲かっていることが分かる……まぁ、王都にこんな巨大な施設を構えていられるんだから儲かっていないわけがないか。
表向きの稼業だけでもかなりの金額を稼ぎ出しているだろうしな。
闘技場では金が飛び交うものだ。
賭けについても届けを出し、許可が出される限りは禁じられていない。
もちろん、それでも勝手にやる奴らもいるわけで、そういう奴らは大抵が裏稼業の人間だったりするが、まさにジャンたちがそれだからな。
表裏、どちらででも儲かっているだろうことは想像に難くない。
税金はちゃんと払っているのかな?
微妙な話だ。
俺たちがソファに腰掛けると、ギリーは使用人と思しき女性に合図をし、全員に飲み物を淹れさせる。
紅茶だな。
匂いからして、高級品だ。
ロレーヌが好きだからご相伴に預かることも少なくなく、全く飲む機会がないというわけではないが、そもそも高いからな。
あんまり飲むことはない。
ただ、味は好きだ。
使用人はついでにしっかりとお茶請けも用意して置いてくれたのでうれしく思う。
使用人は全員のところにお茶が行き渡ったことを確認すると一礼して部屋を出ていった。
その足音がこつこつと遠ざかっていったのを確認したところで、改めてジャンが口を開く。
「……どこから説明したもんかな」
そう言った彼に、ロレーヌが先んじて言った。
「その前にだ。私とレントは貴方……というか、この組織に、もう二度と刺客を派遣しないように頼みにここにきた。それについて検討してからにしてくれないか」
彼女にしてはずいぶんと真正面から行ったな、と思うが、ジャンに対してその方が良い、と判断したのだろう。
ここにたどり着くまでの間に、地下闘技場の観客席でした会話もおおむね伝えてあるからな。
俺が感じたジャンの人となりも。
もちろん、後者については丸飲みはしていないだろうが、ジャンが俺たちを殺すつもりはなさそうだ、ということはおそらく間違いないだろう。
だから、確認の意味で言っているというのもあり、そのためにこのような言い方なのだろう。
これにジャンは、
「あぁ、そっちが先の方がいいか。もちろん、もうそんなことはしない。それについてはレントにも話したが……うちらの組織内部で情報の伝達不全が起こっていてな。具体的に、しかもわかりやすく言うと……王族のところにスパイを送り込んでいるんだが、そいつが裏切ってた。で、そいつの話を信じて行動することにした結果、あんたらを消すべきだろう、ということになっちまった」
「なぜだ……」
ロレーヌも疑問だったのだろう。
一体どうしてそんなことになるのか。
老人の話を思い出すに、俺たちが第二王女と杖と国王の容態について聞いた、というところまでは知られていた。
ただそれは占術師からの情報だ、という話だった覚えもある。
加えて杖の運搬役に任じられていると推測された上で、それを阻止しようとしていたのだったな。
しかしそれがなぜだめなのか、よくわからないところでもある。
なぜといって、その杖がなければこの国には不死者が増えるという話だったからだ。
むしろ新しい王杖がこの国にもたらされるのは喜ぶべきことではないだろうか。
まぁ、彼ら組織を雇っていた第一王女の後見役であるジゼルからすれば、第二王女がそんな功績を挙げてしまっては困る、というのは分かるが……やはりそういうことなのかな。
「杖については聞いたんだろう?」
「あぁ。この国の邪気を弱める効果を持つ神器であるという話だったな。貴方たちはそれがあったら困る、ということか? ない方が確かに、貴方たちの仕事場は増えそうではあるが……」
加えて、冒険者の仕事も増える。
なるほど、ジャンの立場で考えると結構いいのかもしれないな。
表向きの冒険者組合も、裏の組織の仕事も増えて万歳、と。
しかし、これにジャンは首を横に振った。
「いや、そんなこっちゃねぇ。確かにそうなるだろうってことは否めねぇが、わざわざそんなことしなくても十分に食べていけているからな。まぁ、冒険者……低級冒険者についちゃ、そうすりゃ色々と劇的に改善する部分もあるだろうから少し惹かれなくもないが……」
腕のいい冒険者なら、今の状況で十分に稼げるが、低級冒険者は以前の俺やリナのことを考えればわかるように、毎日の宿にすら困るくらいの収入しかない。
しかし、不死系統の魔物が増え、その討伐出来る数が増えればそれも改善するだろう。
骨人の低位種として骨小人なんてのもおり、そういうのが増えればもっと稼げそうだからだ。
ヤーランではあまり見かけないのだが、おそらくはそれも王杖の効果だったのではないだろうか。
本当に弱い魔物から、簡単に消滅させられてしまったのではないか、と思う。
それでも魔石はとれるので十分な収入源になるのだが……まぁ、いないものは仕方ないしな。
しかし王杖の効果がなくなれば、ぽこぽこ発生するかもしれない。収入源が増え、宿くらいには毎日普通に泊まれるようになる。うん、いいな。
俺たちみたいなのにとっては。
ただ、普通の人にとってはそんな奴らでも十分に脅威である。
いないならその方がいいに決まっている。
「では、なぜ……新たな王杖の運搬を阻止しようと? あぁ、そもそも言っておくが、我々はそういった依頼は受けていないからな。だから仮にそのために暗殺しなければならない、という場合でもその必要はないことは分かってほしい」
実際に受けさせられそうなのは、聖樹のところを訪ねるというものだ。
それに一体どんな意味があるのかは今のところ分かっていないが……ただ、正式に受けたわけでもない。
口八丁手八丁でなんとか遠慮している、という状態だ。
暗殺される危険まで背負いながら受けるつもりもない。
そこまで強いつもりなんてまるでないからな。
そこまでどころか、ここにいる者の中で俺が一番弱いしな……。
本当に強くなっているのか、不安になって来るメンツであることを改めて意識し、なんだかがっくりくる俺だった。