第487話 ヤーランの影と経緯
「……なぁ、俺たちって生きて帰してもらえるのか?」
もうこの際だし、と思って考えられる限り最も直截な聞き方をしてみた。
遠回しに聞いて微妙な答え方されても面倒くさいし、帰してもらえないなら素直にそう答えるだろうと思ってのことだ。
これに《長》ジャンは目を丸くし、それから吹き出して、
「……ぷっ。なんだよ、そんなこと気にしてたのか? ちゃんと帰すから気にするな……お前、ウルフのお気に入りだろ? そんなお前を消したらどんな目に遭わされるかわかったもんじゃねぇ」
そう答えた。
「……ウルフはあんたが……」
俺が気になったことを尋ねようとしたら、ジャンはその先を予測してすぐに首を横に振る。
「いや、あいつは知らねぇよ。別に教えたって構わねぇんだが、そうしたらあいつの仕事が増えるしな。あいつあれで結構まじめだろ? これ以上負担をかけさせるのもなぁ……俺が言えたことじゃねぇが」
どうやらウルフはジャンがこの組織の《長》であることを知らないようだった。
意外だな。知ってるものかと思った。
いや、知っているが知らないふりをしている、という可能性もあるかな。
ウルフはそういう男だ。
そのあたりは本人に聞かないと分からないが……まぁ、あんまり踏み込むのはよそう。
やぶ蛇になりそうな気がすごい。
余計なことを背負わないためには、俺も可能な限り知らないふりだ……。
あぁ、なるほど、ウルフもこんな気持ちで黙っているのかもしれない、とピンと来る。
ただ、確かめることはやはりないだろう。
なにか、余程のことがない限り、は。
「確かにな……俺は今回、あんたを迎えに来るようにと頼まれて王都まで来たんだ。この組織も大事なのは分かるが、早く仕事を終わらせて俺たちとマルトまで来てほしい」
「あぁ、そうだったのか? それはまだ聞いていなかったな……俺はウルフに直接来るように言ったんだが。マルトの細かい話も聞きたくてよ」
「それは……迷宮のことか?」
「ああ。あそこには今、《塔》と《学院》の奴らが行ってるだろう? それはお前たちとも無関係な話じゃねぇんだぜ。だからな……」
ん?
何がだろうか。
俺たちが狙われた理由について、それと関係がある……?
「まぁ、いい。とりあえずは説明しておく話が色々とある。お前等の方からもあるだろう。場所を移そうか。仲間も一緒に聞いた方がいいだろう?」
ジャンはそう言って、闘技場の中にいるロレーヌたちを示す。
俺は頷き、観客席の縁まで向かって、それからロレーヌたちに戻るように合図したのだった。
◇◆◇◆◇
「……全く気配に気づかなかったな」
ロレーヌがジャンの背中を見ながらぼそりと俺にそう言った。
そのジャンは先導して闘技場内の通路を歩いている。
地下から地上へと登り、そしてさらに上へと進んでいく。
ジャンの執務室にあたる部屋は、この闘技場の最上階部分にあるらしい。
そこには王族や貴族のための貴賓室も存在し、地上部分の闘技場をゆったりと眺めることが出来るという。
一般人でもそこから観覧することは可能だと言うが、一部屋ごと独立していて、そこから見るためには一年分の賃貸料を支払う必要があるという。
値段を聞いて、俺は普通に下で見た方がずっといいなと思った。
そもそも、場所的には優雅な気分でいられるだろうが、実際に観戦するとなると少し遠すぎやしないか、という気がするところになるからな。
望遠の魔道具なども設置してあり、むしろよく見えるというが、俺としてはしっかりと生で見たいのである。
そういうのは平民じみているのかな?
分からない。
「俺も気づかなかったし、《スプリガン》も気づかなかったんだろ?」
ジャンと一緒に歩いているのは、俺、ロレーヌ、そして《スプリガン》である。
他の三人……《ゴブリン》とヴァサ、フアナはあの地下闘技場に残った。
フアナがロレーヌから学んだ古代魔術を練習する、と言ったので、そのための的をヴァサが、地下闘技場の魔力壁操作を《ゴブリン》が行うためだ。
実際にフアナがあの古代魔術を使えるようになるかは微妙なところらしい。
なので、というわけでもないが、ロレーヌがすぐに改善できると思った魔吸鎧の欠陥を指摘していたので、フアナはこれからその改良もすると言っていた。
フアナもあれでロレーヌと似たような研究者気質なのだろう。
あの登場の仕方と性格から、《魔賢》などとよく言ったもの、と若干、馬鹿にするような思いでいたが、結構間違っていないのかもと見直した。
「全く気づかなかったのう。まぁ、仕方あるまい。こういうお人じゃ。だいたい、わしがこの組織に入った経緯もひどいものでな」
「叩き潰す以外の職業を探して入ったんだろう? 仲間がいてちょうどいい、と思って」
そんなことを言っていた。
しかし、これは微妙に違うようだ。
「間違ってはおらんが、普通に探して見つけたわけではなかったんじゃ。闘技場で日銭を稼ぎながら戦い、普通の仕事を探してたんじゃが……ある日、おかしな男に話しかけられてのう。その力を生かしてみないか、と言われた。そういう奴らは当時、結構いてのう。自分の下につけと言うんじゃ。盗賊の頭とか貴族の使い走りとか……じゃが、そういうのには面白味を見つけられなかった。じゃが、その時は違ったんじゃ。その男は言った。《仲間》も大勢いる、と」
「《仲間》っていうとやっぱり……」
「そう、《異能者》たちじゃ。わしは当時、自分の力が異質であるとは思っていたが、《異能》だとは分かっておらんかった。まともに研究している者などあまりおらんし、普通の人間にはまず、関わりのない力じゃ。それに今よりも力はずっと弱かった。巨人になれる時間は短く、普段は手足を大きくするくらいで精一杯でのう。それでも膂力は普通の人間を遙かに上回っておったから闘技場でも負けなしじゃったが……」
やはり、《異能》とはいえなんの研鑽もなく強くなれるような都合のいい力ではない、という感覚は間違っていなかったようだ。
それでもこの老人は当時から規格外だったようだが……。
老人は続ける。
「わしは、《仲間》と言われても意味不明じゃったからの。断ったんじゃが……そうしたらその男に問答無用で倒されてのう。どこかに連れられて、その《仲間》がどういうものか教えられた。魔力や気、聖気を使わずに超常の現象を起こす者たちを見せられ……そしてなるほどと思った。その後は、その男と、《仲間》と共に、組織を作って……今に至る訳じゃな」