第484話 ヤーランの影と切り札
「……こんなものか? であれば、そろそろ決着をつけるぞ」
ロレーヌが向かいに立つ、焦げつつも闘争心の失われていない少女の瞳をまっすぐ見つめながら言う。
その様は、いったいどちらが悪者なのか分からない。
ロレーヌは善良な冒険者であり、フアナは暗殺組織の一員ということを考えればフアナの方が悪だと言えるだろうが、どう見てもロレーヌの方が悪役に見える。
未だあどけなさの残る少女を見下ろしながら少しずつ追いつめていく魔女というか……。
フアナはそんなロレーヌに対して、
「……まだ終わらないわ……よッ!」
そう叫び、再度、地面を蹴った。
ロレーヌの雷撃によってその体はすでにかなりのダメージを蓄積しているだろうに、それを感じさせない速度であった。
ロレーヌの直前まで一瞬で距離を詰め、拳を振るう。
しかしロレーヌは無数の魔術盾により守られているのだ。
それをフアナは拳のラッシュで一枚一枚破壊していくが、ロレーヌはそれに匹敵、いや上回る速度で魔術盾を再形成し、フアナの攻撃が自らに直撃することを認めない。
しかも、それだけでなく、
「……《雷槍牢獄》」
攻撃も怠りはしない。
ロレーヌがそう唱えると、フアナの周囲を囲むように天から十本ほどの雷槍が出現し、地面に突き刺さる。
フアナは上部がまだ開いている、とすぐに理解しそこから逃げようとするが、その前にそこはちょうど蓋をするように雷撃で塞がれてしまう。
そして、
「……《解放》」
ぽつり、とロレーヌが口にすると同時に、フアナを囲んでいた雷の槍はバリバリと音をたて、電撃を内部に放った。
それはまさに、雷の豪雨である。
避けることも出来ず、フアナはそのすべてを自らの身で受けるしかない。
こんなものをお見舞いされては普通ならとてもではないがもう立ち上がることなど出来ない……そのはずだったのだが、十数秒の雷撃が放出され終わり、そして雷の牢獄が開かれると、驚いたことにそこからフアナがものすごい勢いで飛び出してくる。
「……ほう。耐えたか? 直撃したと思ったのだが……」
ロレーヌが面白そうな声でそういうと、フアナは、
「……ふん。あんたの魔術はもらったわ!」
「……? っ!?」
なにを言うのか、と思ったロレーヌにフアナの拳が向けられる。
先ほどとほとんど変わらない行動に、馬鹿の一つ覚えか……と一瞬思ったロレーヌ。
しかしその予測は次の瞬間、たたき込まれた一撃で覆された。
「……ぐっ!」
フアナの拳が、初めてロレーヌの魔術盾すべてを一撃で抜いたのだ。
結果、ロレーヌの腕にその拳が命中した。
もちろん、しっかりとガードしたが、基本的には魔術師であるロレーヌである。
魔力で強化しているとはいえ、無傷ではいられない。
フアナから離れ、距離をとるロレーヌ。
しかも、腕には……。
「……少し、痺れたな……」
雷撃を受けたときのような痺れを感じた。
少し離れた位置からさらにロレーヌに追撃を加えるべく追ってくるフアナを観察してみると、その体にバリバリとした電撃が纏われているのが確認できた。
あれは……。
色々考えているうち、フアナはまた、ロレーヌに拳をたたき込んでくる。
やはりその攻撃はロレーヌの魔術盾を抜いてくるが、今度はその威力が概ね分かっていたので、さらに盾の枚数を増やし、強度を上げることで、体に届く前に防御することが出来た。
しかし、フアナはそれであきらめはしない。
身を捻り、たった今、拳をたたき込んだところへさらに回し蹴りをしてきたのだ。
盾は破られ、蹴りは通り、ロレーヌは吹き飛ぶ。
空中に浮かんだロレーヌをフアナは見逃しはしない。
さらに思い切り地面を踏み切り、距離を詰めてきた。
「……これで、終わりよ!」
フアナはそう言って、くるりと空中で宙返りのように回りながら、地面に向けて蹴りを放ってきた。
足にはやはり、雷の輝きがある……。
ロレーヌは思う。
面白いと。
しかし同時に……。
「……未完成、だな」
そうつぶやき、空中で火弾を放って自らの姿勢を制御し、フアナの攻撃を避けた。
そして地面にフアナより先に着地し、未だ宙に浮くフアナめがけて、
「……《雷嵐》!」
そう唱える。
雷が球体に形成され、フアナを包み込み、そしてまさに嵐のように雷撃と風の刃がフアナをおそった。
「……あぁっ!」
時間にすれば、十秒ほど。
しかしそれだけの時間を雷と風の牙の中に身をおいていたのでは、とてもではないが無事ではいられない。
実際、フアナはぶすぶすと煙をたてながら、地面に墜落したのだった。
それからロレーヌが老人の方を見ると、老人は闘技場まで降りてきて、フアナの様子を確認し、
「……死んではおらんな。丈夫だけが取り柄じゃから大丈夫じゃろ。おっとそうじゃった。勝者はロレーヌじゃ」
そう言ったのだった。
◇◆◇◆◇
「しかし、よく対応できたのう。わしもあれは知らんかったのじゃが」
観客席まで戻ってきたロレーヌと老人。
老人はロレーヌに感心したようにそう話す。
「あれとは、雷を纏っていたように見えたあれのことか?」
「そうじゃ。あれは一体……」
「はっきりとは分からないが、私の放った魔術を鎧のように纏ったのだと思う。オリジナルの魔術だろうな。《魔賢》というのもあながち間違ってはいないかもしれん」
「ほう、それほどの……」
ただ、横で聞きながら俺は思う。
「だが、最後は雷嵐で倒しただろう? 他人の魔術を纏えるって言うなら、あれも纏えなかったのか?」
「その辺りも本人に聞いてみなければ正確なことは言えんが……まだ未完成の魔術のようだな。私の雷を纏ってはいたが、よく見ればダメージを受けていた。切り傷が刻一刻と増えていっていたし、フアナ自身の魔力の減り方もすごかったからな。ただし、発想は面白い。単純なようでいて、奥が深い魔術だと私は思う。私も研究してみたいな」