第482話 ヤーランの影と本来の戦い方
一目で魔術の一番弱いところが分かる。
それは確かに強力そうな異能だなと思う。
魔術師に対しては天敵のように思える。
ヴァサの持つ、魔術の無効化体質と為を張れるようにも思える。
しかし、
「フアナもロレーヌにとってはあんまりいい相手じゃなさそうだな」
俺がそう言うと、老人は少し首を傾げて言う。
「そうとも言えん。ヴァサは何もせずとも魔術の効果をかき消せるが、フアナはそうでもないからの……ほれ」
言われて見てみると、ロレーヌがおもしろそうな顔でフアナの周囲を走り回りつつ、一定の間隔を置きながら魔術を放っていた。
岩弾、水弾、風弾……という順番で、各属性のもっとも基本的な魔術を放っていくロレーヌ。
しかし、いずれもフアナは手を前に出し、触れる直前で魔力を放ってかき消していく。
先ほどの火弾をかき消したときは直接に火の弾に触れているように見えた彼女だが、厳密には触れる直前で手のひらから魔力を放ち、魔術の構成を破壊することによってかき消しているようだった。
便利だな……俺も出来るなら身につけたい技術だが、魔術の構成のもっとも弱いところ、なんて一目で判別できるわけもない。
形が一定のものではないし、その弱いところは常に動いているだろうからだ。
実際、フアナが手のひらを向けるところは同じ魔術であっても狙いどころが少しずつずれているのが分かる。
なるほど、《異能》でなければ出来ない芸当、ということなのだろうと思った。
流石にこれではロレーヌも厳しいか……と思って見ていたが、しかしロレーヌの表情を見るにまだまだ全くの余裕である。
むしろ、楽しそうな顔だ。
あれは面白そうなものを見つけたときにする顔であり、苦境に立っているときに浮かぶものではない。
実験にしろ何にしろ、うまくいっていないときの顔は分かる。
しかし、今はまったくそんなことはない、ということだ。
つまり、彼女には余裕がある……。
しばらくして、一通りの属性魔術を何発か打ち込んで満足したのか、ロレーヌは今度は別のことをやり始めた。
火弾を放った……と思ったら、よく見るとその中心には岩があるのが見える。
火岩弾、という魔術もあるが、どうもそれとは違うようだ。
というのは、火岩弾、の場合は火に包まれた岩が赤熱して飛んでいくのだが、今ロレーヌの放ったそれは、内部の岩の色は土気色である。
もちろん、ロレーヌであればそういう調整も出来るだろうが、やはり違う、と俺が確信したのは、その魔術を向けられたフアナが今までのようにかき消すことなく、避けたからだ。
あれが火岩弾であったら、そんなことはせずに、普通にかき消したのではないだろうか。
そう思いつつ老人を見ると、彼は、
「……器用なことをするのう」
と言いながらうなずく。
どういう意味か、と思ってその顔を見て説明を求めると、老人は、
「あれは火岩弾ではなく、おそらく火弾と岩弾を重ねたものじゃろう」
それに俺はうなずく。
いくつか考えられた可能性のうちの一つだったからだ。
しかし、それをしてどういう意味があるのか……。
そう思っていると、老人は続けた。
「つまり、二つの魔術を重ねているわけじゃな。あれをフアナがかき消そうとすると……」
そこまで言ったところで意味が分かる。
「そうか。二つの魔術を消さなければならないから、フアナにとっては手間がかかると」
「そうじゃ。それに……まぁ、わしにははっきりとはわからんが、先ほどまでのフアナの魔力の放ち方を見るに、火弾と岩弾の魔術の弱い部分はかなりずれているようじゃからのう。重ねられてしまっては、そこを一瞬で狙うのは難しい、ということではないか」
それはつまり、二匹の獲物の心臓を一発の矢でしとめるようなことだからだ。
よほどの達人であっても出来るようなことではない。
だからこそ、フアナには避けるしかなかったのだろう。
意外と単純なところに穴がある能力だな。
その辺り、ばれない間は十分に使えるだろうが、あくまで初見殺しでしかないのかもしれない。
そう思っていると、老人が補足するように言う。
「しかしあんな魔術の使い方をするものはあまりおらんじゃろうて。多重魔術はそもそも簡単な魔術であってもかなり高度な技術であるし、魔力消費も激しい。制御に失敗すれば自らも傷つくことのある諸刃の剣でもある。よほど魔術の制御に自信がなければ実戦で使おうなどとは思うまい」
……うーん。
ロレーヌは干渉しあうと言われる魔力増幅効果を持つ品を大量に身につけて自爆するような女だからな。
自信があるというか、あれで案外向こう見ずなタイプであるだけでは……と思うが、ロレーヌの誇りのために黙っておこう。
もちろん、それだけの制御力を持っている、ということでもあるのだが、それでもちょっと頭の方は大丈夫ですか、と聞きたくなるような無謀であることは間違いないのだから。
しかし、対フアナにおいては、今のロレーヌの戦い方は間違いなく正解なのだろう。
二つ以上の魔術を重ね合わせ、その弱点を保護する。
そうすればフアナはその能力を十全に発揮することが出来ず、逃げるしかない……。
そんな戦いの様子がしばらく続いたため、これはもう、ほとんどロレーヌの完封勝ちかな、と思ったが、次の瞬間、先ほどと同じように火弾と岩弾を重ね合わせたロレーヌの魔術に、フアナが立ち向かった。
あれをかき消すつもりか?
しかし、それは出来ないのでは……。
そう思った。
フアナは先ほどまでとは異なり、その手を開かずに握り、拳でもって火弾と岩弾の重なった魔術に対応する。
すると、その拳がまっすぐに振られると、ガツッ、と火に包まれた岩に命中し、そしてそのまま振り抜かれた。
拳は岩を掘削し、そして途中までたどり着くと……その瞬間、魔術は消滅したのだった。
フアナがその魔術をかき消したことは明白である。
その方法は……ほぼ物理押しであり、なんというか、無茶じゃないかと思えるが、しかし。老人はこうなるということは分かっていたようだ。
事前の説明にもそれについての言及はあったので、ロレーヌも予測していたと思われる。
それはつまり、こういうものだ。
「フアナは魔術師じゃが、魔闘師でもある。武器は拳じゃ。あのなりで、な」