第479話 ヤーランの影と人外
しかし、ヴァサはどうやって戦うつもりなのだろうか。
そう思って見ていると、ヴァサは何かを念じ始める。
すると、折れた槍の穂先に、金属が出現し、新たな穂先を作り出した。
……なるほど。
確かに能力的に考えればそんなことも出来るか。
問題はどれくらいの強度や威力があるかだが……。
まさに付け焼き刃、という感じに近いからな。
まぁ、やってみれば分かることか。
俺はヴァサの準備が完全に出来る前に地面を踏み切り、彼の元へと攻め込む。
「……ッ!」
ヴァサも別に俺が待っていてくれている、とは思っていなかったのだろう。
すぐに反応してきた。
俺が振り下ろした剣をその槍の持ち手部分で弾く。
見れば、持ち手部分にも薄く金属が張られており、強度が上昇しているようだった。
本当に色々と汎用性が高い能力である。
もっと考えて磨き上げれば相当な存在になりそうだ。
たが、今はまだ、俺でも十分に相手になるくらいのようだけどな。
老人もヴァサには期待しているのかも知れない。
色々な敵と戦わせて経験を積ませれば……ん?
考えてみると、俺もその一部にされているのかもな。
老人もあれで全くただで起きるつもりはないということだろう。
ヴァサの動きは、先ほどまでとは少し違っている。
鈍っているというわけではなく、性質が違うのだ。
先ほどまでは槍の穂先で刺す、叩く、と言った槍術師として一般的な動きだったが、今はどちらかというと棒術師的な動きをしているのだ。
穂先を破壊されても戦えるようにどちらも身につけているということなのだろう。
戦っているうちに穂先を異能で修復してしまえばまた、槍術師としての戦い方にシフト出来るわけだし、合理的である。
それに彼の本職を考えると……必ずしも標的を殺せ、というものだけではなく、生け捕りにしろ、というものもあるだろう。
誘拐して、相手に何か要求を通すとか、ありそうだ。
そういうときに槍で刺し殺してしまっては問題である。
棒術でもって痛めつけ、意識を奪う、ということも出来るようにしておくのは嗜みの一つなのかもしれなかった。
踊るように棒を繰り出し、俺の剣を弾くヴァサの動きに対して、俺は彼の意識の間隙を縫うように人には出来ない角度、タイミングで突きや斬撃を放つ。
ヴァサも俺の体の気持ち悪さ、予測の出来なさにはなれてきている部分もあるようだったが、長年体に染み着かせた動きの癖というのはそれほどすぐに修正の利くものではない。
通常の人間の可動域を想定して汲み上げられた槍術の動きは、俺の動きへの対応を難しくしている。
もちろん、超一流どころまでになれば、俺がトリッキーな動きでどうにかしようとしたところで易々と対応されてしまうのは見えている。
現にニヴなんかは分化を駆使する吸血鬼を相手に美しい動きでもって対応していたからな。
あそこまでなるともう次元が違う。
しかし、ヴァサはそうではないわけで……。
俺の攻撃はヴァサに徐々に命中し始める。
彼のスタミナも切れつつあるということだ。
いつもと違う動き、想定もしていない方向から来る攻撃に対応し続けるのは、体力のみならず精神力も削られていく。
対して俺は体力という概念がほぼないし、精神力も人間だったときに比べてあまり波立たなくなっているからな。
その気になれば三日でも四日でも戦い続けられるだけのものがある。
不死者相手に勝利を収めるのに、持久力勝負をするのは厳しいのだ。
なのに、俺は何度となく致命傷を無効化出来るのだから、古い時代より不死者が恐れられてきた理由が分かろうというものである。
「……くそっ!」
自分がじり貧の状況に置かれていることが分かったのだろう。
ヴァサはそんなことを呟きながら、俺をにらんだ。
それから、自分の槍を強く握る。
すでに穂先は完全に修復され、動きも槍術師のそれに戻っている。
「そろそろ、決着だな」
俺がそういうと、ヴァサは、
「まだ、まだだぁ!」
そう言って槍を構えて突っ込んできた。
傷だらけのヴァサに対し、俺はほとんど傷を負っていない。
いや、厳密に言うなら、傷は同じくらい負ってはいた。
切り傷と言うより打撲だが。
しかし、そのたびに不死者の体がすぐに修復をしてしまうのだ。
だから、見かけ上は完全に無傷である。
命のストックに限度があるとは言え、それがつきるまでは身体的に完全な状態でいられる、というのはかなりのずるだなと思う。
ただ、意識的にそうしているわけではないので許して欲しいところだ。
正々堂々感がないのでちょっと申し訳ないけどな……。
ヴァサの突きが俺に迫る。
その勢いは、弱い。
これなら避けるのも容易……と思ったら、
「……ここだ!」
とヴァサが叫ぶと同時に、槍の穂先が矢のように飛び出してきた。
あぁ、そうだ。
あの部分は彼の異能で作られたのだからそれくらいのことは出来る。
想定はしていた……が、その勢い、速度については若干、その想定を上回っていた。
火事場の馬鹿力か、このタイミングにすべてを賭けるためかは分からない。
だが、その穂先の矢は、確かに俺の腹に向かって飛び、避ける前に突き刺さった。
「……よし……!」
それに勢いを得て、ヴァサはさらにこちらに向かって追い打ちをかけようと近づいてくる。
これだけの傷を負った場合、普通ならどう頑張ってもその反応は遅くなるからだ。
けれど……。
「……ちょっと痛いな」
腹に穂先が刺さったまま、しかし特にそこを庇うこともなく、先ほどまでとまるで変わらない動きで俺はヴァサに迫る。
「……な、なんだと……っ!?」
流石にここまで手応えがないことは考えていなかったらしく、ヴァサの表情が焦る。
仕方のないことだろう。
腹を突き刺されて顔色を全く変えず、動きにも影響が出ない人間なんて存在しない。
ヴァサの敗因は、俺が人間ではなかった、それだけにつきる。
俺が人間だったら……まぁ、まず勝てなかっただろうな。
そう思いつつ、俺はヴァサの頭部を狙って、剣を振るう。
流石に殺すわけにはいかないので、剣の平で、である。
俺の剣は確かにヴァサの頭に吸い込まれ、そして命中する。
「……がっ……!」
直後、ヴァサはうめき声を上げ、地面に崩れ落ちた。
目は白目を剥き、ぴくりとも動かない。
「……生きてる……よな?」
ちょっと手加減できたか不安になって近づき、色々確認してみる。
……どうやら生きているようだ、と確認できたところで、老人を見た。
「完全に気絶しておるの……おまえの勝ちじゃ。レント」