第478話 ヤーランの影と一矢
さて、概ねヴァサの能力については理解した。
もちろん、俺と同じようにまだまだ隠し玉を持っている可能性はあるのは分かっているが、それを気にして攻めない、というのではいつまでも決着が付かない。
戦いには常にリスクがあるものだ。
そうと分かっていても踏み込む者の手に勝利はもたらされる……かもしれない。
「そろそろ仕切り直しだ……行くぞ」
わざわざそんなことを言ってやる必要もないだろうが、今のヴァサは色々衝撃を受けてボケている感じがある。
そのまま攻めた方が有利なのは分かっているが、終わった後にあれは……みたいに文句を付けられても困る。
はっきり、正々堂々と戦って、勝つのだ。
致命傷を受けてもなぜか何度か無傷で立ち上がれる体を持っていることを正々堂々と言えるのかどうかは疑問だけれど。
「……っ! 来い!」
俺の言葉にはっとしたヴァサは、半ば放心に近かった表情を改め、構えた槍に力を入れる。
その立ち姿に油断も緩みも見られない。
どこまで立ち直ったのかは分からないが、とにかく相手がどれだけ化け物じみた体を持っていてもそれを気にしていられない、というのは理解したようだ。
それを確認して、俺は再度ヴァサの元へと突っ込む。
今度はまともな剣術を駆使しての切り込みだ。
人間離れした動きは相手が人間である場合にはその虚をつけるのでいいものだが、やはり威力、という面では無理矢理な挙動すぎて七掛けくらいになってしまうのは否めない。
気や魔力で無理矢理強化して、やっと使い物になる、というくらいだ。
まともに戦うのであれば、冒険者になってずっと磨き続けてきた剣術の方が使いやすい。
しかし、やはり読みやすいのか、俺の振りかぶった剣の一撃を、ヴァサはその槍でもって弾いてきた。
さらにそのまま即座に槍の穂先を下ろし、俺の胸元を狙って突いてくる。
当然、俺の胸元はがら空き……であるけれども、やはり、これも背中を反らして避けた。
「……また、それかっ……!?」
二度目とはいえ、対人戦においてはまるで想定していない動きなのだろう。
まだヴァサは順応できずにどう槍を進めるべきか、一瞬迷いが出る。
俺は反ったまま、地に手をつき、その勢いのまま、足を浮かせて逆立ちのような形になり、一瞬停止した槍の穂先の少し下を思い切り蹴飛ばす。
さらに勢いを止めずにバック転をし、地に足を着けると、ヴァサから距離を取らずに、むしろ彼の方に向かって地を思い切り蹴った。
ここまで一瞬のことで、ヴァサは槍をまだ、中段に戻せていない。
視線は俺を見ていて、動きもとらえていることは分かる。
が、今の彼に俺を止める手段はない。
ヴァサの懐まで入り込んだ俺は、後ろ手に構えた剣で、その胸当たりを思い切り横に薙ぐ。
しかしなぜか、
ーーキィン!
と、高い音が響いた。
見れば、ヴァサの胸元辺りが金属の板のようなもので覆われている。
着衣は革の軽鎧だったので、はじめからそこにあった、というわけではないのは明らかだろう。
つまり、彼の異能によるものだ。
それを証明するように、その金属の板は次の瞬間、形を変え、小さな矢のようなものが俺に向かって何本も射出される。
大きさは先ほどの短剣よりずっと小さいが、数が多いだけあって避けにくい。
距離が近く、反って避けるというわけにも行かず、右に左にと後退しつつ動いて避けた。
しかし、ぎりぎりで避けきれなかったものもあり、肩に少しかする。
それでも、俺にはローブがある。
これの防御力は折り紙付きで、滅多なことでは傷つかない。
あの程度のであれば普通に弾いてしまう。
ただ、俺が下がったことに気をよくしたのか、今度はヴァサの方から攻めてきた。
槍の猛攻である。
縦からの切りつけから始まり、避けた俺の進行方向を即座に追いかけて横薙ぎを、さらに下がれば突きを放ってくる。
剣は地に落とされていて、戻しても間に合わないタイミングだ。
また、突きには捻りが加えられていて、命中すれば一撃で体の深いところまで抜いてくるだろうものだ。
それは確実に避けたいところなのだが、避けようとすると、そうしたい方向に金属の矢が出現し、向かってくる。
かなりうっとうしい。
ヴァサの能力はこういう場面において、かなり有用だなと思わざるを得ない。
槍を選ぶか、矢を選ぶか……。
どちらを選んだところで突き刺さってしまうわけだが。
まぁ、しかしそれでも、威力からすると矢の方がましであるのは間違いない。
こうなったら仕方がなく、俺はそれに自ら刺さりに向かう。
でなければ逃れようがないからだ。
「……っ!?」
これくらいなら刺さったところでどうにでもなる。
それが俺の体であり、だからこその行動だったわけだが、これもヴァサの予想外だったのだろう。
驚いたような表情だが、それでも先ほどのように一瞬でも穂先が停止することはなかった。
止まってくれれば逃げようがあったのだがな……。
ともあれ、案の定、俺の突っ込んだ左半身にヴァサの異能による金属の矢が突き刺さるが、出現から間もなく、勢いのついていない状態で行ったことなので思ったよりも威力が低く、軽く刺さった程度で済んだ。
よかったな、と思いながら、刹那の間を得ることが出来たので、俺は剣を戻し、そして槍の穂先を狙い、剣に気を込めた。
ここまで近づいたのは俺にとってピンチであったが、同時にこれを狙える最大のチャンスでもある。
さらに、矢を俺が受け、突き刺さっている状態なので、ヴァサの異能による防御も考えにくい。
先ほどから観察するに、一度出した金属を一端引っ込めないと、次が出せないようだからだ。
そういう見せかけ、という可能性もあるが、今は気にせず賭けるところだろう。
実際、俺は賭けに勝ったらしい。
気をたっぷりと込めた剣はヴァサの槍の穂先、その少し下に吸い込まれるように命中し、そしてその穂先を飛ばしたのだ。
「……くそっ!?」
と、ヴァサは叫び、そしてこのまま近距離にいるのは賢明でない、と判断したのか、猛攻を中断し、後退する。
……とりあえず、一矢報いたかな。
と思った俺である。
武器を破壊したから俺の勝ちにならないかな、とちょっと思っていたところもあったのだが、ヴァサを見るに、まだやる気はあるようだ。
戦いはまだ、続く……。




