第48話 新人冒険者レントと見覚えある魔物
「……さて、いく、か」
視線の先のボス部屋で、戦闘が終わったことを確認して俺がそう言うと、
「いやいやいや! ちょっと待て! おいっ! 何にも解決してねぇぞ!」
と後ろからライズに思い切り突っ込まれた。
俺は後ろを振り返って大きく首を傾げ、
「……はて。そう、だった、か……?」
と恍けるようにつぶやく。
そんな俺と、ライズのやりとりを冷静に見ていたローラが、ため息を吐きながら言った。
「思った以上にさっきの人たち、弱かったですね……瞬殺の上、回収されていっちゃいました……あれ、冒険者組合職員の人ですよね?」
そう、先ほどのガラの悪そうな冒険者四人組。
彼らの戦いを参考にしつつ、ボス戦に対する心構えを築き、かつ対策を立てようと観戦していたわけだが、彼らが思った以上に簡単に負けてしまったのだ。
あぁ、あの攻撃が命中すれば死んでしまうだろうな、という最後の瞬間に、どこからともなく黒装束の人物が二人ほど現れて、魔物の攻撃をうまくいなしたうえ、冒険者たちを気絶させてどこかに引きずっていったのである。
試験で死人を出さないための配慮であろうなと分かったが、はたから見ていると色々とシュールな光景ではあった。
ちなみに彼らの戦いの一体何が悪かったのか、と聞かれれば色々と思いつくことはあるが、端的に言えば、地力が足りなかった、と言う話になるだろう。
数々の妨害や罠を乗り越えてここまで来れたのだから、何かしらの実力はあったのだろうが、斥候など情報戦に長けているタイプで、戦闘の方は今一だったということなのかもしれない。
まぁ、それでも、もう少し修行すればそのうち勝てるようになれるだろう、というくらいの惜しさは感じられたので、それだけが救いだろうか。
ただ、これを見せたところでライズの不安が取り除かれたのかは謎だ。
いや、却って不安が倍増してしまったかも……と思い、ライズの顔を見てみると、
「……なんだか、ビビってたのが馬鹿らしくなったぜ……。いくら何でも、俺だってあんなに簡単にはやられないぞ?」
と意外にも前向きな発言をした。
彼のこの言葉が、ただの暴勇なのかと言えば、別にそんなことはない。
そもそも、ライズにしろローラにしろ、この年代にしては頭一つ抜けた実力を持っているし、鉄級から銅級になろうとする冒険者としても、上位の方にいるだろうと俺は感じている。
彼らなら、十分な実力さえ出しきれば、合格はそれほど難しくないはずだ。
先ほどのボスにしたって……。
だから、やる気が出てきたと言うか、しり込みがなくなってきたのはいいことである。
この調子なら、このままボスに挑んでも動けなくなる、ということないだろうと判断した俺は、二人に言った。
「……なら、いくか? おまえたち、しだいだ」
すると、二人は先ほどまでの不安そうな表情が嘘のように明るく、
「おお! さっきの奴らみたいには負けないぜ!」
「むしろ後で合格したって言ってやりましょう!」
と気合十分に叫んだのだった。
◇◆◇◆◇
――しかし、少し目論見から外れたな。
ボス部屋に足を踏み入れ、中心部で俺たちを待ち受けている魔物の姿を見て、俺は少し残念に思った。
なにせ、もしも魔物を先に倒されていたら再湧出にそれなりの時間がかかり、結果としてここを素通りすることも可能だっただろうからだ。
試験において求められた条件は、あくまでも《目的ポイントに到達すること》である。
したがって、いかにもなボス部屋がここにあり、そしてボスを倒さなければ通れないのだとしても、ボスを倒さずに通ると言う選択肢は別に排除されていないはずだ。
なにせ、そんなことは一言も言われていないのだから。
俺としては、その方が楽だな、と思って先ほどの四人組を先に行かせた、というのもある。
まぁ、若干ずるい手段であるし、冒険者にそれなりの憧れがあるであろうライズとローラに告げるには夢を壊すようなところのある方法なので、これについては黙っているが。
もし目論見通りいっていたら、ラッキーだったな、で済ますつもりだった。
しかし、現実は何もかも思い通りに行くわけではないらしい。
人生、それなりに苦労をするのも大事、ということだろう。
誰かがそう言っているのだ、きっと。
ボス部屋の中央にいる存在、それはある意味で見慣れていて、ある意味では珍しい魔物であった。
「……スライム。いや、大スライム、か」
ライズがその大きさに感嘆するようにそう呟いた。
彼の手には当然、剣が構えられていて、いつ襲い掛かられてもいいように万全の準備をしている。
ローラ、そして俺も同様だった。
通常のスライムよりも二回りは大きなその個体は、大スライムと呼ばれるスライムの上位個体の一種だ。
迷宮でも深層では普通に徘徊しているらしい魔物だが、低層においてはこうしてボスとして出現することもある強敵である。
その理由は、単純にスライムが強化され、巨大化したものであるが故の恐ろしさにある。
つまりは、物理攻撃はあまり効かず、魔術のみが高い効果を発揮するその肉体。
さらに、その体が巨大であるために質量も半端ではなく、下手な位置取りをすれば一瞬で潰される可能性すらある。
これを試験の最終関門に選ぶ冒険者組合の性格の悪さが分かろうと言うものだ。
……受からせる気はあるのか?
と若干思わないでもない。
じりじりと俺たちが近づく中、ぽよぽよと身を震わせる、大スライム。
その見た目は、体内で獲物を消化していない限りはかなり愛らしく、ローラなどはそれを見ながら、
「これくらい大きなぬいぐるみが欲しいような気も……」
とぶつぶつ言っている。
まぁ、あったら抱き着けていいかもしれないが、置き場所がどうにもならないだろう。
まさか宿の一室をこいつで埋め尽くすわけにもいかない。
そして、じりじりと近づいていた俺たちがやっと部屋の中心部に辿り着くと、大スライムは俺たちに気づいたらしく、体を大きく震わせ、そして試合開始の合図が、と言わんばかりにその体から一発の巨大な酸弾を放ってきた。
その大きさは、通常のスライムの放つものの十倍はあり、当たれば少し火傷する、くらいでは済まないだろう。
ただ、その攻撃は、俺たちが観戦していた四人組のときにも散々見たものである。
ある程度のところまで近づけば必ず来るだろうと予測していただけに、その対処もすでに相談していた。
つまり、射線から横合いに跳べば、簡単に避けられる、ということだ。
もちろん、それが来ると分かっていなければ、あまりの大きさに避けることもままならず命中してしまうことになるが、こればっかりはあの四人組が多少役に立ったと言えなくもなかった。
それから、ライズが走りこんで、大スライムに近づき、剣を振るう。
物理攻撃に対して強い耐性を持つ大スライムであるが、全く効かないというわけでもないし、体の中を動き回る核を狙って突きを刺し込むことで、大スライムを怯ませることも出来るのである。
実際、ライズは核を狙って突きを放ったが、やはり一撃でそこに届かせる、というわけにはいかなかった。
通常のスライムであれば当てることはともかく、核まで剣を届かせることそれ自体は、難しくない。
しかし、大スライムは、通常のそれよりも、体に粘性があり、突きへの抵抗が強いのだ。
さらに体積それ自体も大きく異なって、生半可な威力の突きでは、大スライムの体の奥深くまで剣を届かせるのは難しいのである。
そして、突きに失敗したライズを、大スライムの体の一部がうねうねと動き出し、手のように伸びてライズの腹部を叩き、吹き飛ばす。




