第474話 ヤーランの影と通じない話
「腕は確か……こう言ってはなんだが……信じられないな」
ロレーヌも呆れた顔である。
「気持ちはわからんでもないが、本当じゃぞ? 嘗めてかかると痛い目に遭うでな。気をつけることじゃ」
イタいのはあいつらではないのかな、とつっこみたくなったが、そんなことは老人も百も承知だろう。
そう思って、俺はとりあえず黙る。
すると、数歩先で妙なポーズを決めている二人は、俺たちの方を見てしゃべり出す。
まず、男の方……《剛鉄》のヴァサ、と言ったか。
そいつの方だ。
「……爺さんに、《ゴブリン》。お前たち、よくもノコノコと拠点に帰ってこられたものだな! 特に爺さん! あんたには失望した。《ゴブリン》から聞いた。戦って負けたなど……そんな嘘、誰が信じると言うのだ!」
戦って負けたことに失望しているのかと思ったら、そうではないらしい。
ヴァサは続ける。
「あんたの力をもってして、銀級程度の奴に負けるわけがない。俺だとて銀級二人くらいなら十分に相手をできるのだからな! そんな俺が何度やろうとも子供みたいにあしらうあんたが! なぜ負けるというのだ!」
そういうことのようだ。
これに対して、まず返答したのは《ゴブリン》だった。
「お前、人の話聞いてなかっただろ? 何度も説明しただろうが。俺もそのときは遠くにいたから直接見た訳じゃねぇが、それでも見えるくらいに大規模な魔術がじいさんに何度も叩き込まれたのは分かったってよ。実際、じいさんに聞いてみたらそうだとも言ってたって。このじいさんが、自分は負けたってはっきり言ったんだぜ?」
「そんな話はなぁ! 嘘だ!」
完全にそう断言するヴァサに、《ゴブリン》は額をぺちりと叩いた後、俺たちの方を向いて、
「……こりゃ、だめだ」
と疲れたように言った。
確かに全くダメそうなのは間違いない。
続けて、会話のバトンを受け取るように今度は老人がヴァサに話しかける。
「お主、嘘だと言うが、なぜそう思うんじゃ? わしがそんなことをして何の得がある?」
真正面からの疑問だ。
実際、老人が俺たちに勝てる、とか勝った、というのであればこんな状況にはなっていない。
俺たちは殺されて、それで話は終わっていた。
つまり、老人がその点について嘘を言う意味はまるでないのだ。
だがヴァサは、
「……爺さんが何を考えてるのか、その詳しいところは俺にはわからん! 頭が悪いからな! だが、いつも小難しいことを考え、依頼や組織の者たちのことを俺には想像もつかないほど深く、広く考えていたことは知っている! そのあんたがすることだ! きっと何か意味があるはずだ!」
「中途半端に考えてるなこいつ……何かって、何だよ……まぁ、微妙に当たっている辺り、バカの勘もバカには出来ないが」
小声でそうつぶやいたのは《ゴブリン》である。
続けて、
「ふむ……お主の言うことが正しいとすれば、わしは今、組織のために動いているということになるな。そうであるならば、お主がわしの邪魔をする意味はそれこそないじゃろう? なんだ。安心したわい。さぁ、ヴァサ。わしらをこのまま《長》のところへ案内するのじゃ……つもる話もあるでの。歩きながら雑談に花を咲かせようではないか」
老人が穏やかな雰囲気でヴァサにそう言うと、ヴァサは空気に飲まれたのか、乗せられたのか一瞬頷きかける。
「あぁ、そうだな……って、違う! そうではない!」
途中で、隣に立つフアナに腰をつつかれてヴァサは我に返ったようにそう叫ぶ。
「チッ。ひっかからんかったか……。それで、何が違うんじゃ?」
ヴァサに言っているようで、ほぼ独り言のような声である。
これに答えたのは、今まで黙っていた《魔賢》フアナの方だった。
「相も変わらず油断も隙もないジジイね! でも今の私たちはだまされないわよ! ジジイに魔術でダメージですって!? 私の魔術で一度でも倒れたことがあったのかしら!?」
これに老人は思い出すように遠くを一瞬見つめ、それから思い出の検索が終わったのか頷いて、
「……ないのう。お主の魔術では火力不足じゃ」
「火力不足! 城壁くらい吹き飛ばせる私が火力不足! はっ! 聞いて呆れるわ! そんな馬鹿げた耐久力のジジイが、どうして一人の銀級の魔術くらいで負けるのよ! ありえないわ!」
体が小さいのによくあんな大声がでるなぁと感心している俺である。
ロレーヌはフアナをその魔瞳で見つめていた。
どれくらいの魔力量なのか、魔術師としての実力はどの程度なのか、完璧に把握することは流石に彼女でも無理だろうが、事前に得られる情報は全部得ておこうという腹なのだろう。
しばらくやっていったからか、概ね見終わったらしく、ロレーヌは俺に言う。
「意外と魔力が多いな……。今のお前の三倍ほどあるぞ」
と悲しい報告をしてくる。
強くなったと思ったのに、まだまだ全然だと言われたような気分だ。
そんな俺の悲しみを察してか、苦笑しつつ言う。
「お前の本職は魔術師ではなく剣士だろう。それに、全部持ちなのだ。単純に比べてどっちが上、なんていうのは間違っている」
「でも、俺の三倍魔力があるんだろ?」
「まぁな……。あれなら冒険者になってもいいところまでいけそうだな。魔術師としても一流どころだろう。なるほど、油断するなと言うのはよく分かる話だ」
「そこまでか……そうは見えないな。バカっぽい」
「バカっぽさと実力は無関係だ。考えても見ろ。ニヴだって普段は若干そういうところがあったろう」
「あいつは……普段から周囲に威圧感を放ってるような奴だったからな。バカっぽいと言うより本当に何を考えているのかつかめない、底の知れない奴だった」
「底の知れなさ……は確かに。ニヴにはあったが、あの二人にはあまり感じられないな」
「だろう?」
「あぁ」
バカっぽい二人を見ながら、俺とロレーヌは心底頷いた。
それから、俺はロレーヌに尋ねる。
本題だ。
「それで、勝てそうか?」
「異能次第だが……たぶんな。お前は?」
「俺もご同様だ。完全物理タイプっぽいしな。異能についても。相性がいいというのはその通りだと思う」
「武器は大丈夫か? こないだの戦いでどうにかなってしまったと思うが」
「まぁな。まだ原型は保っているし、使えないこともないと思うが……今回は予備の剣を使うことにするよ。気しか通らない安物だが、今回はかえってその方がいいだろう」
「遠距離魔術はまず効かんという話だったな。魔力を通した剣が効かないかどうかは分からんが、その方がいいか……」