第46話 新人冒険者レントと待ち伏せ
「に、人間って……!?」
「どうして、人間が待ち伏せを? 何か私たちに用事とか……?」
ライズとローラが動揺しつつ、俺にそう尋ねた。
俺はそれに答える。
「そういう、かのうせいも、ないではない。だが、これは、じゅっちゅうはっく、ちがうな。ようじなら、けはいを、かくす、ひつようは、ない……」
そうだ、もし彼らに何か俺たちにどうしてもしなければならない話があると言うのなら、待ち伏せなんて迂遠な方法をとらずに、普通に近づいてきて声をかければいいだけの話だ。
迷宮内において、冒険者同士が出くわした場合、お互いの獲物を取り合いしたりはしない、というルールがあるが、話しかけてはいけないというわけでも近づいてはならないというわけでもない。
それなのにそうしないということは、隠れていなければ出来ない用事があって隠れている、と考えるべきだ。
そう、俺が二人に話すと、
「……それって、まさか」
「やっぱり、ですかぁ……!?」
と、察したようで、俺は二人に頷いてその想像が正しいことを伝えた。
――二人の想像、つまりは、冒険者による、他の冒険者への襲撃である。
まぁ、もちろんそうはいっても、百パーセントそうだ、という訳でもない。
もしかしたら何か他に特殊な事情がある場合も、少しはある。
それに期待するのは愚の骨頂だが、決めつけて対応してしまうのも違うだろう。
だから、
「……たしかめることに、しようか」
俺は二人にそう言った。
もちろん、遠くには聞こえない小声である。
二人はそれに首を傾げ、
「どうやって……確かめるんだ?」
「正直に聞くとか……?」
と言っているが、俺は、
「とりあえず、いつでもたたかえるよう、じゅんびを、ととのえておけ……かどまで、おれがいく」
そう言って歩き出した。
確かめるとは、実際に待ち伏せされているところまで行って、襲われるか否か、それを試す、ということである。
この役目は、二人には任せられない。
ライズもローラも腕はそれなりにあるのだが、まだ経験が浅いし、人間相手の戦いと言うものに対する躊躇も出るかもしれないからだ。
それに、最大の理由は、二人は切られたら死ぬからだ。
これは冗談ではなく、俺の場合はたぶん、ちょっとやそっと切られたくらいじゃ死なない。
なにせ、俺は不死者である。
中でも屍鬼というのは、首が飛んでもまだ死なないというちょっと考えられない生命力を持っていることでも知られている存在だ。
まぁ、流石に俺も首だけで生きていても動けるとは思えないが、胸を突きさされたくらいでは死なないというのは大いなるアドバンテージだろう。
だから、俺が適任なのだ。
二人はそんな俺を止めようとしたが、二人の手が俺に届くよりも早く、俺は迷宮の通路の角に向かっていた。
それを見て諦めたらしく、二人は武器をしっかりと構えてそのときを待った。
いい判断だろう。
俺を止めるために大声を出して止める、という選択肢もあっただろうに、そうはせずにしっかりと現実を見据えて行動している。
それは、冒険者にとって重要な資質だ。
この世界は甘くない。
油断し、騙されればすぐに死ぬのだ。
――俺のように。
冗談にもならないけどな。
そんなことを考えながら、俺が目的の角に辿り着くと……。
「うるぁぁぁっぁ!!!」
そんな声と共に、空気が大きく動き、そして横合いから冒険者と思しき男が飛び掛かって来た。
手には剣を持っており、振りかぶっている。
俺を切るつもりなのだろう。
また、その後ろには弓を持った男と、魔術師らしき男もいる。
やはりな。
想像通りの成り行きに、ふっと口元に笑みが浮かぶ。
剣を抜き、飛び掛かって来た男の剣を弾くと、
「……ふたりとも、きを、つけろ」
背後にいる二人に、そう言った。
しかし、もしかしたら余計なお世話だったかもしれない。
俺が何を言うまでもなく、二人の顔つきはしっかりと冒険者のそれだ。
俺に事実を伝えられて浮かんでいた困惑も、今の二人の顔にはない。
今は、目の前の敵を片づける、ただそれだけの感情が二人の顔には満ちていた。
やっぱりかなり見込みがあるな。
そう思いつつ、俺もしっかりと戦うことにする。
ライズに目配せし、とりあえず前衛を務めているらしき男のことはライズに任せ、俺は奥の方にいる弓使いと魔術師の方を片づけることにして、地面を踏み切る。
以前よりも遥かに増した身体能力が、俺の体を即座に弓使いのもとへと運んだ。
「……なっ!?」
唐突に目の前に現れたように見えたらしい俺に、弓使いが驚愕の表情を浮かべる。
しかし、それだけで終わらずに、即座に弓につがえた矢を俺に向けようとしてくるあたり、中々の使い手なのかもしれなかった。
ただ、俺はその矢が俺に放たれる前に、素早く弓の弦を切り、さらに剣の平で思い切り弓使いの胸を叩き、昏倒させる。
さらに、その奥で魔術を放とうとしている魔術師に向かい、同じく胸を打って気絶させた。
これで、あと一人だな。
そう思って振り返ってみれば、そこではライズとローラが剣士と戦っているのが見える。
おそらく、あの男がこの中で一番の使い手なのだろう。
そういう立ち振る舞いをしている。
そんな男と十分に立ち会えているあたり、ライズもローラも中々である。
手を貸すべきかどうか一瞬迷ったが、これは貴重な対人戦だ。
彼らの経験のためにも、ここはいざというときまで黙って見ている方がいいだろうと思い、やめた。
その間に気絶させた二人を縛り、迷宮の端に転がしておく。
これで起きたとしてもいきなり攻撃される心配はしなくていいだろう。
それでも他に問題はないではないが……まぁ、たぶん大丈夫なはずだ。
それからしばらくして、ライズが剣士の剣を弾き、一瞬生まれた隙に、懐に入り込み、体当たりを食らわせた。
剣士はその勢いを殺しきれず、足元を崩す。
そこに後ろからローラが土の砲弾を放った。
そのままなら、ライズに命中してしまうような軌道だったが、事前に練習していたのだろう。
ギリギリのタイミングでライズがその場から離脱し、ローラの魔術を回避した。
剣士の男から見れば、突然目の前に土の塊が出現したように見えただろう。
それは男の腹部にめり込むように命中し、そして、男は気を失ったのだった。
◇◆◇◆◇
「やった、か」
剣士の男を倒した二人に俺が話かけると、
「あぁ……なんとか、な」
「すごく驚きました……どうして、冒険者が私たちを?」
と困惑しながら言う。
俺は彼らに説明する。
「……ぎるど、で、いってただろう。きょうそうだから、はやく、とうたつすれば、かちだ、と」
あの言い方には色々と引っかかる部分があった。
そのまま受け取るなら、目的地に早くつけば合格だと言う話になる。
そしてそうなると、必然的に遅くついた者は失格と言う話になる。
そして、ここからが恐ろしい話なのだが、それならば、そもそも受験者の数を減らせば合格できる可能性が上がるのではないか?
そう考える者も中にはいるのだ。
「つまり、こいつらは受験者で、俺たちを失格にさせようとしたってことか?」
「おそらく、は」
こういう輩は毎回出てくる。
そして、冒険者組合はあえてそういう奴らが出てくるように試験概要を伝えている。
あんな言い方をしているのは、そういう理由がある。
そしてなぜそういうことをしているかと言えば、冒険者組合なりの教育と言う話になる。
まぁ、これについては、すべてが終わってから二人に話そうと思っているから、今は置いておくことにしよう。
「……ともかく、こういうことが、これからも、ある。きをつけて、すすむことに、しよう。ちゅうちょは、するな」
そう言った俺に、二人が深く頷いたのを確認し、俺たちは再度、迷宮を前に進み始めた。
前を歩く二人を見ながら、俺は少し立ち止まり、後ろを振り返る。
それから、
「……はやく、かいしゅうして、やれ」
そう一言言うと、背後で気配が蠢いたのを確認し、二人を走って追いかけた。
◇◆◇◆◇
その場にレントたちがいなくなったあと、闇からはい出すように一人の人物が現れる。
暗い迷宮の中、周囲に紛れ込むような、目立たない黒装束を身に着けたその人物は、その場から先ほど去った三人組の進んだ方向を見つつ、
「……あの人、気づいていたのか。いやぁ、新人のはずなのに……?」
そう、つぶやく。
声からして、男性のようだ。
そんな人物に、その場で倒れ伏していた三人の男がゆっくりと動き出し、そのうちの一人、剣士の男が言った。
「それはいいから、とりあえず縄をほどいてくれよ」
「あぁ、ごめんごめん。しかし、仕事とはいえ、大変だよね」
その人物は剣士の男に気さくにそう話しかけると、男も笑いながら、
「それはお互い様だろ。まぁ、お前は気づかれてたみたいだけどな」
と馬鹿にするように言った。
しかし、黒装束の男は反対に嘲るような表情で、
「まるで自分は気づかれてない、みたいな言い方だけど、君たちもたぶん、冒険者組合の回し者だと気づかれてたよ? あのローブの人には。他の二人はともかくね」
その言葉に剣士の男は目を見開き、
「うえっ!? マジかよ……何もんだ、あいつ?」
そう言ったが、黒装束の男は首を傾げつつ、しかし少し考えるような表情で、
「……さぁ。少し、思い浮かぶ人はいないでもないんだけどね……彼女の言っていた通りなのかな」
「あ?」
「いや、こっちの話。じゃあ、とりあえず撤収する? 他の冒険者は何人か削ったんでしょ?」
「おぉ。二組ほどな。最近の若い奴らはなっちゃいねぇぜ。さっきの奴らは受かるだろうがな……」
そんな話をしながらその場から去っていく……。




